労働判例を読む#304

今日の労働判例
【マツヤデンキほか事件】(大高判R2.11.13労判1242.33)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 本事案は、勤務成績や勤務態度が悪いとされる従業員Xが、同僚や上司に6回暴行を受け、さらに仕事のストレスでうつ病になったとして、同僚、上司、会社(Yら)に対して損害賠償を請求した事案です。この損害賠償請求に先立ち、暴行による傷害のいくつかと、うつ病について労災と認定され、労災保険が支払われています。
 1審は、2回の暴行の事実と仕事のストレスでうつ病になったことを認め、暴行した従業員だけでなく会社の責任も認めました(いずれも約600万円)。なお、上司の責任は否定しました。
 これに対して2審は、2回の暴行の事実は認めたものの、仕事のストレスでうつ病になった点についての責任を否定しました。結果的に、2回の暴行に関し、暴行した従業員と会社だけが責任を負うことになりました(約1万円~2万円)。

1.暴行の認定
 これは、1審2審の共通する点です。
 ここでは、6回の暴行、というXの主張のうち2回だけしか認められなかった点が特に注目されます。
 裁判所は、加害者が暴行を認め、又は医学的な証拠と平仄の合う2回についてだけ暴行を認めました。しかも、否定した4回のうち1回については、Xが提出した録音証拠について、Xの期待に反してXに対して不利な証拠として評価しました。Xは、加害者がXを殴打している音が録音されている、と主張していたのですが、裁判所は、殴打音と特定できない、むしろ録音されている会話の様子からXの反抗的な言動が認められ、とても何発も殴られたようには聞こえない、という認定がされました。
 会社側には、録音証拠は会社に不利と思いこんでいる人もいますが、必ずしもそのようなことはなく、むしろ本事案のように録音してもらっていたことから会社側の主張が認められる場合もあるのです。
 他方、暴行の認定については、1審と2審で異なる点もあります。
 それは、ペットボトルで殴ったとする暴行に関する2審の判断です。すなわち、暴行の態様や程度がXの主張するほど酷いものではなく、それに基づいて発生したとする傷害(三叉神経痛)は暴行に基づくものではない、と認定したのです。
 これは、労災の認定と逆の判断です。2審は、医学的な証拠(医学文献や意見書)に基づいて、三叉神経痛の発症原因を認定し、簡単には三叉神経痛にならないこと、他方、労災認定の際には医師の診断書の内容を特に吟味せずにそのまま採用したこと、などを認定したのです。
 このように、労基の判断が2審で覆されたのですが、そこでは医学的にかなり詳細で高度な検証が行われています。行政判断を訴訟で覆すことが可能であることと、しかし実際にはしっかりとした証明が必要であることがわかります。

2.うつ病
 うつ病は、1審と2審で判断逆になりました。
 すなわち、1審では労基署の認定をほぼそのまま容認しました。では、労基署はどのように認定したかというと、労基署は医師の診断書を特に吟味せずにそのまま業務起因性を認定した、と2審に評価・認定されています。
 他方2審は、医師の診断書を再吟味してその信用性を否定し、業務起因性を否定しました。
 そして、2審が医師の診断書の信用性を否定した理由は、大きく言うと2つのポイントがあります。
 1つ目のポイントは、上記ペットボトルでの殴打の態様です。裁判所は、殴打の態様に関する関係者の証言などから、その程度はXが主張するほど酷いものではない、と評価しました。その前提として認定したのは、軽くたたくつもりが、ペットボトルに入っていた水の変な動きによって手元が狂い、眼鏡にあたるなど見た目が派手な様子になったが、強さに関してはそれほどではない、というのがその概要です。
 そのうえで、Xが提出した内出血の写真について、翌日に撮影したのであれば、この程度の殴打の場合、黄色くなったり青くなったりするが、写真には赤い様子が写っており、信用できない、という認定をしています。その他にも、Xの証言の状況を否定すべき様々な状況証拠や事実との整合性を詳細に検討しています。
 2つ目のポイントは、メンタルの医学的な評価です。裁判所は、Xが提出した医師の診断書で認定された病名は、死かそれに近い経験をしなければ発生しない、という医学的な文献を多数引用し、医師の診断書を信頼できないと評価しました。
 このように、業務起因性(因果関係)に関して、労基署や1審が疑いもせずに判断の前提とした医師の診断書を、2審が緻密に再検証したことが、判断を逆にした大きな要因だったのです。

3.実務上のポイント
 上司や同僚に対して挑発的な言動を繰り返し、注意した同僚に対しては、顧客のいる売り場で大声で反抗的な態度をとったり、別の機会には唾を吐きかけたりしており、Xの扱いには職場全体が手をこまねいていた様子です。しかも、何か注意すると本事案での主張に見られるように(6個の暴行のうち4個が否定され、2個についてもその程度は主張するほど酷くないとされた)、ハラスメントであると苦情を言う状況です。
 けれども、病気による休職期間が満了したので退職した、とするYの主張は否定されました。そもそもメンタルに問題が生じたかどうかがあやしいのですから、医学的には予想される結論でした。
 医学的な主張(メンタル)と、法的な主張(ハラスメント)を使い分ける問題社員への対応に関し、Yは損害賠償金額をほぼ0にすることに成功しましたが、会社を去ってもらうことには失敗しました。むしろ逆に、会社を去ってもらうことの方が優先順位が高かったかもしれないのですが、そうすると、会社としてどのような対応をすべきだったのかが、検証されるべきポイントとなります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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