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少年の抽斗

氷の魔物を手懐け、無下に手折られた一角獣の角のような、脆い構造を体現したカイロウドウケツの標本
海胆の化石
鬼胡桃を模した鉄の文鎮
硝子筒に入った仙人穀の実
プレパラートに磔にされた蚤の標本
焦げ目のあるサテン・バレェ・シューズ
細々とした茜の黒紫の実と
藁細工の細長い巻き貝

そんなものに混じってそれはあった
薔薇の青い枝を、久遠の時と共に閉じ込めた氷柱。
他人が見れば、乾燥させた枝を、樹脂で包み込んで、それらしく見せた置物であろう。

けれども、小宇宙の抽斗、魔法使いが効能のよくわからない薬を作るのに、おどろおどろしく奇妙な材料ばかりを掻き集めた戸棚と繋がった小窓を持つ、この少年の眼を借りてみれば、それは紛れもなく万年氷で包まれた、薔薇の青い枝だった。

置物が、ただそこにあるだけで意味を成すように、俗世界に愛想がつき、象牙の塔に引きこもる酔狂で偏屈ものの享楽者の心を慰撫するより、すごばらしく、その魔法がかけられた枝も、その抽斗の中にあるだけで、少年の心を満たしていた。

世界のどこを探したって、永遠に溶けずに中のつるつるとした、しなやかな小枝を、冷たい牢獄に繋ぎ止めている。そんな存在そのものが、他の誰でもない、自分のところにある。

それを思い起こすだけで、少年の心は満ち足りるのであった。

臙脂色の紐で括り、壁にかけられた氷柱どもは、霜の妖精(ジャック・フロスト)のながっ鼻どもは、
波板型のトタン屋根から凍りつきながら垂れ落ちる姿と、双生児の様相をしていた。
朝日が、少年の部屋に一番の祝服をもたらす時間帯、それらは出窓から斜光という名の気体より透明でとらえどころのない侵入者によって照らされ、輝き込められ、
少年の目によって、このうえなく愛でられ、眺められるのだろう。
私は、少年の喉内に糖蜜ケーキが下っている時に話を切り出したおかげか、上機嫌で本当に運良が良い時に許可が降りたので、その氷柱に触れることが出来た。

人の猫を了承もなしに撫でるように。

「溶けるのだね……」

もちろん、触った瞬間に手が張り付く程の霜も、
冷気も、
指先の温度と差し引きした分の溶けた水の感触さえ、この目にも、手にも伝わらなかった。
しかしそれは、紛れもなくあったのだ。

self portrait「Frost flower and ice column in dome

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