泣く


「ちょっと、凪。行くなら、行ってきますくらい言いなさい。
あっ、傘持っていきなさい。午後雨降るってよ」

(うるさい)
校門を通る
息を止める
笑顔をつける

「おはよう、委員長。今日のテスト、勉強してきた?
全然やれなくてさ」
「私もお」
(嘘。ちゃんとやった。寝不足だ)

「委員長、ノート見せてえ。あいつの授業眠いんだもん」
「うん。いいよ」
(ずるい)

「昨日のドラマ見た?」
「見た見た。おもしろいよねえ」
(あれのどこがおもしろいの)

「なんか最近サキの奴調子乗ってるよね」
「ねー」
(サキは私の幼馴染)

「げっ、雨降ってるし」

雑音
ザーザー
雨の音でいつもの雑音が弱まる
少し、息が吸える

「最悪傘なんて持ってきてないし」

息を止める
笑顔をつける

「帰るときにまだ降ってたら言って。私傘二本あるから」
「さっすが委員長」

ザーザー

周囲に合わせる
悪目立ちするな

自己嫌悪
でも、自分を守る方法はこれしか知らない
仮面の外し方を知らない


「さようなら」
「さようなら」

「やった雨止んでんじゃん」
「ラッキー」
「よかったね。また傘が必要なとき言ってね」
(私は何を言っているのだろう。あっ、こっちに歩いてくるのはサキだ)

「凪、久しぶり。一緒に帰らない?」

雨は止んでいる
息苦しい苦しい苦しい

顔をそむけて目をつぶる
(長い。どれくらいたった?)
「じゃあね、凪」
サキが私の横を通り過ぎていくのがわかった

目を開けたら目の前は窓で
だいだい色
夕日だ

空をそめあげていく
きれい
こことは別世界の景色が窓の向こうに広がっていく

きれい
そして、届かない

届かない現実を知っていて
その現実の影にかくれてきたから
足を踏み出せなかったから
手を伸ばせなかったから
きれいだと思ってしまう

うずくまったままだったから
とうとう人を傷つけてしまった

窓、
一滴の雨粒が流れた


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