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新型コロナウイルスに有効なアルコール濃度のエビデンス

エビデンスを求めて三千里、着太郎 (@192study) です。

新型コロナウイルス SARS-CoV-2 に有効なアルコール濃度のエビデンスのまとめです。

物質表面上でのウイルスの半減期については「新型コロナウイルスの残存時間のエビデンス」でまとめています。

要約

新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)
蒸留水で希釈した30%のエタノールに30秒暴露させると失活 (A. Kratzel, et al., 2020)
水道水で希釈した50%のエタノールに1分暴露させると失活、水道水で希釈した30%のエタノールは10分暴露させても効果なし、水道水で希釈した31〜49%のエタノールおよび1分未満の暴露の効果は不明 (片山ら, 2020)

SARS ウイルスMERS ウイルス (コロナウイルス)
オキシドールを含む28%のエタノールに30秒暴露させると失活 (A. Siddharta, et al., 2017)

単純ヘルペスウイルス (エンベロープウイルス)
36%
のエタノールに10秒暴露させると失活 (神明 朱美, 2019)

インフルエンザウイルスA (エンベロープウイルス)
45%
のエタノールに10秒暴露させると失活 (神明 朱美, 2019)

新型コロナウイルスの実験

まだあまり知られていないようですが、新型コロナウイルス SARS-CoV-2 へのエタノール(アルコール)の効果について、スイスやドイツの A. Kratzel ら (2020) による手指消毒剤の不活化試験の論文が公開されています。

アメリカ疾病予防管理センター (米CDC) が発行する査読付きジャーナルの Emerging Infectious Diseases (EID) (インパクトファクター= 7.15 (2018), 7.422 (2017) ) に Early Release として2020年4月13日に掲載された論文で、それに先立ち生物学プレプリントサーバーの bioRxiv に査読前論文として2020年3月17日投稿されています。

以下の図は SARS-CoV-2 の不活化における WHO 推奨配合手指消毒剤の効果についてのものです。

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Kratzel, A., Todt, D., V’kovski, P., Steiner, S., Gultom, M., Thao, T....Pfaender, S. (2020). Inactivation of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 by WHO-Recommended Hand Rub Formulations and Alcohols. Emerging Infectious Diseases, 26(7), 1592-1595. https://doi.org/10.3201/eid2607.200915.

左側の A と C がエタノールベース、右側の B と D がイソプロパノールベースで、 C と D の右上の挿入図はコロナウイルスの不活性化の回帰分析を示しています。LLOQ は定量下限(適切な精度と正確さで定量分析できる試料中の分析対象物質の最低濃度)。濃度はいずれも体積パーセント(v/v%)。使用された新型コロナウイルス株は SARS-CoV-2/München-1.1/2020/929 。暴露時間はいずれも30秒。試験方法は浮遊試験で、混合比率は欧州標準(EN)試験法の薬液8:負荷物1:菌液1。(そのため最大濃度が80%になっています)

イソプロパノールベースの WHO 製剤Ⅱは修正版も含めて30%で、エタノールベースの WHO 製剤Ⅰも40%で新型コロナウイルスを不活性化しています。含有アルコールを計算すると、WHO 製剤Ⅰはエタノール32%、WHO 製剤Ⅱはイソプロパノール22.5%になります。修正されたグリセリン減量 WHO 製剤Ⅰの回帰分析の図を目測すると35%以下で不活性化しているので、エタノール30%程度で不活性化していることになるかと思います。

また、以下の図は SARS-CoV-2 の不活化における市販のアルコールの効果についてのものです。A がエタノールで B がイソプロパノール。

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Kratzel, A., Todt, D., V’kovski, P., Steiner, S., Gultom, M., Thao, T....Pfaender, S. (2020). Inactivation of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 by WHO-Recommended Hand Rub Formulations and Alcohols. Emerging Infectious Diseases, 26(7), 1592-1595. https://doi.org/10.3201/eid2607.200915.

エタノール、イソプロパノール 共に濃度30%以上で LLOQ を下回っています。不純物が少ない場合、エタノールは20%でも低下はしているようです。

国内の新型コロナウイルスの実験

北里大学大村智記念研究所 ウイルス感染制御学研究室Ⅰの片山ら (2020) の研究グループは2020年4月17日に、エタノール、界面活性剤成分を含有し、新型コロナウイルスの消毒効果が期待できる市販製品を対象にウイルス不活化評価を実施したとプレスリリースを出しました。

・試験系評価のために実施したエタノールについても試験結果を開示した。
水道水で濃度を調整した 10%、30%、50%、70%、90%のエタノールの不活化効果。
接触時間:1分
不活化効果あり:50%、70%、90%エタノール
不活化効果なし:10%、30%エタノール
接触時間:10分
不活化効果あり:50%、70%、90%エタノール
不活化効果なし:10%、30%エタノール

実験に使用された新型コロナウイルス株は国立感染症研究所の 2019-nCoV JPN/TY/WK-521 で、希釈は水道水を利用とのこと。試験方法は浮遊試験のようで、混合比率はウイルス液1:試験対象液9。
エタノール50%1分で不活化効果があり、31〜49%での不活化効果は不明、30%では10分でも不活化効果がなかったとしています。1分未満での不活化効果は不明です。

使用された水道水は、北里研究所の新着情報によればウイルス感染制御学研究室Ⅰが白金キャンパスであるようなので、東京都港区白金のものと考えられます。
東京都水道局の令和元年度水質検査結果によれば、地点番号No.14の検査地点、港区南青山の水質は以下の通りです。硬度以外にも色々あると思いますが参考までに。

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また、「国内複数企業へ製品サンプルの提供を要請」とありますが、実際に試験された製品は花王株式会社の製品のみのようです。
ちなみに花王は令和2年度アルコール消毒液等生産設備導入支援事業費補助金に係る公募に採択され、5月末までにアルコール消毒液等の増産設備の導入を行い、全体の2月の生産量 (例年の1.8倍) と同量の170万Lの増産を行うようです。
その他、同研究室が花王と新型コロナウイルスに対して感染抑制能を有するVHH抗体の取得に成功したと2020年5月7日に発表しています。

コロナウイルスには効果が弱いとされるベンザルコニウム塩化物0.05w/v%が有効成分の「ビオレu手指の消毒液」「ビオレガード薬用手指用消毒スプレー」が不活化効果ありになっていたのは興味深いなと思ったのですが、Q&Aを見るとエタノールを55.5w/v%含有しているようでした。

新型以外のコロナウイルスの文献レビュー

4人全員が前述の A. Kratzel ら (2020) の論文の共著者としても名を連ねている G. Kampf ら (2020) による2020年2月6日付けで公開されたコロナウイルスに対する消毒剤の文献レビューがあります。掲載されている Journal of Hospital Infectionインパクトファクターは 3.704 (2018年) / 3.354 (2017年) です。

エタノールについて触れている文献の参照はレビュー対象22件のうち、浮遊試験が M. Saknimit ら (1988)H. F. Rabenau ら (2005)H. F. Rabenau ら (2005)A. Siddharta ら (2017) の4件、表面試験が S. A. Sattar ら (1989)、 R. L. Hulkower ら (2011) の2件の合計6件。
各論文を確認する限り、Siddharta ら (2017) の研究以外は既存の消毒剤製品の原液での調査のみで、アルコール濃度の下限の調査は行われていないようです。

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レビューでは以下のように総括しています。

エタノール (78–95%)、2-プロパノール (70-100%)、45%の2-プロパノールと30%の1-プロパノールの組み合わせ、グルタルジアルデヒド (0.5-2.5%)、ホルムアルデヒド (0.7-1%) およびポビドンヨード (0.23-7.5%) は、コロナウイルスの感染力を約4 log₁₀ 以上容易に不活化した。

62–71%エタノールによる表面の消毒は、1分以内の露出時間で表面のコロナウイルス感染力を大幅に低下させる。SARS-CoV-2 に対しても同様の効果が期待できる。

Saknimit ら (1988)
Saknimit ら (1988) は日本実験動物学会が発行する学会誌 Experimental Animals に掲載された論文で、ベータコロナウイルス属のマウス肝炎ウイルス (MHV)、 アルファコロナウイルス属のイヌコロナウイルス (CCV)、キルハムラットウイルス (KRV) およびイヌパルボウイルス (CPV) に対する消毒薬等の殺ウイルス効果を検討しています。30年以上前の古い実験でヒトコロナウイルスは含まれていません。テストされたアルコール濃度は製造メーカーの推奨濃度としてエタノール70%、イソプロパノール50%のみで、蒸留水で2倍(?)に希釈した上で混合比率は1:1、室温23度で10分間反応させているようです。

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H.F. Rabenau ら (2005, Medical Microbiology and Immunology)
H.F. Rabenau ら (2005) は同年に2つ存在してややこしいですが、Medical Microbiology and Immunology (IF=2.96(2018),3.202(2017)) に掲載されている方は、エタノール78%、イソプロパノール100%と70%の濃度のようです。エタノールについてはドイツの Desderman N という製品でオルトフェニルフェノール0.2%を含有しているようです。試験方法は浮遊試験で、混合比率は8:1:1。いずれも30秒で非感染性になったようです。エタノールの最終濃度は62.4%になるかと思います。

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H.F. Rabenau ら (2005, Journal of Hospital Infection)
もう一つの H.F. Rabenau ら (2005) は Journal of Hospital Infection に掲載されており、SARS-CoVに対する8つの消毒剤の活性を調査しています。うち手指消毒剤は イソプロパノール45%、nプロパノール30%、
メセトロニウムエチルスルファート (エチル硫酸メセトロニウム) 0.2%含有の Sterilliumエタノール80%の Sterillium Rub、エタノール85%の Sterillium Gel、エタノール95%の Sterillium Virugard の4つ。時間は30秒。こちらもエタノールの最終濃度は64%になるかと思います。

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A. Siddharta ら (2017)
文献レビューの共著者にも3人ほどが含まれている A. Siddharta ら (2017) のエンベロープウイルスに対する実験は、試験方法は浮遊試験で、混合比率は薬液8:負荷物1:菌液1。

実験に使用された消毒剤はWHO推奨手指消毒剤2つで、製剤Ⅰはエタノール80%v/v、グリセロール1.45%v/v、過酸化水素0.125%v/v、製剤Ⅱはイソプロピルアルコール75%v/v、グリセロール1.45%v/v、過酸化水素0.125%v/v。

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実験結果は作用時間30秒でいずれの WHO 製剤でも40%で MERS コロナウイルスと SARS コロナウイルスを不活化しています。WHO 製剤Ⅰのエタノール濃度は80%なので、グリセロール(グリセリン)0.58%、過酸化水素(オキシドール)0.05%を含む32%濃度のエタノールで不活化していることになるかと思います。

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回帰分析のグラフを見ると特に SARS コロナウイルスにおいてイソプロパノールベースの WHO 製剤Ⅱの方が明らかに効果が高くなっていますが、これはイソプロパノール C₃H₈O がエタノール C₂H₅OH より炭素が1つ多いため親油性が高く、エンベロープを持つ親油性ウイルスに対して高い抗ウイルス作用を示していると考えられるようです。
目測で35%以下で不活化しており、計算上エタノール28%で不活化していることになります。
文献レビューでなぜこの論文の値が言及されていないのかはよく分からないので、お分かりになる方がいたら教えて下さい。

なお、M. Suchomel ら (2013) によると WHO 製剤のグリセロース含有量1.45%は有効性に悪影響を及ぼしていると考えられるため、グリセリンの添加を止めるとさらに高い抗ウイルス作用が期待できるかもしれません。

S. A. Sattar ら (1989)
表面試験は「非生体(器具・環境)表面上の乾燥菌体に対する生菌数を減少させる能力(殺菌効果)の評価法」です。

2つの表面試験のうちの一つは30年以上前の S. A. Sattar ら (1989) で、コクサッキーウイルス B3 型、アデノウイルス5型、パラインフルエンザウイルス3型、コロナウイルス 229E の4つのヒト病原性ウイルスを使用してウイルスで汚染された無孔無生物表面の化学的消毒を調査。糞便またはムチンのいずれかに懸濁した10μlの量の試験ウイルスを各ステンレス鋼ディスクに置き、接種物を周囲条件下で1時間乾燥。20μlの消毒剤に1分間曝露した後、ディスクからのウイルスは直ちにトリプトースリン酸ブロスに溶出され、プラークが分析されました。エタノールは実質的に70%のみでテストされており、コクサッキーウイルス B3 型には効果があったようです。

名称未設定 1

R. L. Hulkower ら (2011)
もう一つの表面試験の R. L. Hulkower ら (2011) では、2つの代理コロナウイルス、マウス肝炎ウイルス (MHV)豚伝染性胃腸炎ウイルス (TGEV) に対する医療用殺菌剤の有効性をステンレス鋼表面の定量的キャリア法を使用してテスト。接触時間は1分間。MHV では不純物なしの70%のみで、 TGEV ではエタノール濃度62、70%、71%のいずれでも 3 log₁₀ 以上低下させる効果があったようです。

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その他のウイルスでの実験

東京医療保健大学大学院の神明 朱美 (2019) の博士論文におけるエタノール濃度に応じた殺菌・抗ウイルス効果の調査研究があります。条件は25℃下で、エタノール濃度は体積パーセント(v/v%)で作用時の最終濃度。

そのうちコロナウイルスと同じエンベロープウイルスについての実験を見てみると、作用時間10秒でアルコール濃度に応じた抗ウイルス効果は、インフルエンザウイルスAは45%以上、単純ヘルペスウイルス(HSV)は36%以上が検出限界以下になる最小濃度のようです。

エンベロープウイルスでは、36v/v% のエタノール濃度で検出限界以下を示すウイルス株は HSVHF と HSV-UW であり、45v/v%ですべての Influenzavirus A に対しても検出限界以下となった。

作用時間1分では…(略)…エンベロープウイルスでも、10秒の作用時間の結果より低濃度領域で検出限界以下を示し27v/v%で HSV-HF と HSV-UV が、36v/v%では Influenzavirus A A.pdm.2009 No.48、A/PR8、A/Tokyo/2/75 が、45v/v%では Influenzavirus A A/FM/1/47 と A/USSR/92/97 が検出限界以下を示した。

本論文では、各濃度のエタノール溶液に菌液またはウイルス液を混合後、すみやかに撹拌することで均一系とし、作用中撹拌を継続することで殺菌効果および抗ウイルス効果の評価を行った。

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過去の研究についての調査もあり、効果なしや70〜90%、10分間なども見受けられます。エンベロープか否かなど詳細を後で確認したいと思います。

Screen Shot 2020-04-19 at 10.42.46のコピー

【閑話休題】キッチン用アルコール除菌スプレー

日本環境感染学会の菅原えりさ理事の話として「キッチン用のエタノールは、濃度が50%ほどのものが多く、現時点ではコロナウイルスへの効果があるか、科学的には証明されていない」としたNHKの報道に対して、フマキラーが2020年3月9日にキレ芸を披露しています。

一部報道において、「キッチン用エタノールは、アルコール濃度が50%程度のものが多く、現時点ではコロナウイルスへの効果については科学的に証明されていない」等といった、当社とは全く異なる見解が表明されました。

今回のような報道がなされたことは、当社並びメーカー各社の精一杯の企業活動を侮辱・妨害する行為であり、到底看過できるものではありません。

フマキラー株式会社が一般財団法人北里環境科学センターに依頼してキッチン用アルコール除菌スプレーのネコ腸コロナウイルスへのウイルス不活化試験実施し、2020年2月19日に効果が確認できたとして2020年2月28日に発表。アース製薬もネコ腸コロナウイルスへの不活化試験を実施したとFAQに記載しています。

<供試ウイルス> ネコ腸コロナウイルス(Feline enteric coronavirus,WSU 79-1683株)
<方法>
①試験品0.9mLにウイルス液0.1mLを混合し、10秒作用させた。
②作用後、混合液から0.1mL採取し、培地で100倍程度に希釈して作用を停止させた。
③②の液を感染価測定用試料の原液としてTCID₅₀法で感染価を測定した。対照(ブランク)の初期感染価は1.1×10⁵ TCID₅₀/mLであった。

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各製品のアルコール含有量は、キッチン用アルコール除菌スプレー49v/v%アルコール除菌プレミアム ウイルシャット63v/v%ウイルシャット ノンアルコール除菌プレミアムはアルコール不使用。

SFSS(NPO食の安全と安心を科学する会)によるファクトチェックでは、NHKの報道について「不正確(レベル2):事実に反しているとまでは言えないが、言説の重要な事実関係について科学的根拠に欠けており、不正確な表現がミスリーディングである。」と結論しています。

しかし、そもそもの話として、同一条件下でノンアルコール製品でも効果があるとした試験結果ですので、エタノール濃度による失活効果を確認したものではなさそうです。

【追記】
フマキラーが広島大学大学院医系科学研究科ウイルス学研究室に依頼して新型コロナウイルスで追試をしたようで、2020年4月21日に結果を確認したとして2020年4月24日にプレスリリースを出しています。

<供試ウイルス> 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2 分離株)
<方法>
①試験品0.9 mL にウイルス液0.1 mL を混合し、10秒作用させた。
②作用後、混合液から0.05 mL 採取し、培地で100倍程度に希釈して作用を停止させた。
③②の液を感染価測定用試料の原液としてTCID₅₀法で感染価を測定した。対照(ブランク)の感染価は3.6×10⁶ TCID₅₀/mL であった。

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エタノールのパーセント濃度

v/v% or vol% 体積パーセント濃度または容量パーセント濃度
w/w% or wt% 重量パーセント濃度または質量パーセント濃度
w/v% 質量体積パーセント濃度または質量容積パーセント濃度

体積パーセント濃度と質量パーセント濃度の変換は、一般社団法人アルコール協会のエタノールの物性値ページにある換算表で確認できます。

個人的な感想

Kratzel ら (2020) の最新の研究では、30%のアルコール30秒でも新型コロナウイルスに効果があるとのことですが、手指や物質表面の汚れなどの影響もあるでしょうし、現実的に30秒もアルコール濃度を維持したまま接触し続けられるかというとなかなか難しいので、アルコール30%と表示された消毒ジェルで問題がないとまでは言えないかも知れません。添加物の影響も考えるとアルコール30%表記商品では現実的には手指の汚れを洗い流した後に気休めで仕上げ殺菌する程度かと思います。とはいえ新型コロナウイルスについて「エタノールは70%以上でなければ無意味」というドグマは否定されたと理解して良さそうです。

片山ら (2020) の研究は、水道水で希釈した50%濃度のエタノールで新型コロナウイルスの不活化効果を確認しており、70%神話の否定と水道水での希釈の検証という点で大変助かる研究です。
ただ、エタノール30%1分で不活化効果が確認できなかったという点は Kratzel ら (2020) のエタノール30%30秒で失活している研究を支持していません。単純に推測すると水道水(不純物)による希釈の影響が大きいと考えられますが、Kratzel らの実験は妨害物質を1割混ぜているため、もし水道水が原因であれば水道水が妨害物質以上に悪影響を及ぼしていたことになるため、エタノールの希釈は蒸留水によるのが望ましい可能性がより高くなることを意味するかと思います。
また、論文化されていないので詳細なデータが分からないこと、同意が得られなかったという体で花王製品のみしか取り扱っていないこと、エタノールの下限の評価の幅が広いことなどがつらいところです。
ちなみに、経済産業省の要請で独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)が行っている「新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価に関する検討委員会」にオブザーバーとして当該の片山和彦氏が名を連ねており、当該研究所が国立感染症研究所と並行して試験を担うなどしているようです。

Kampf ら (2020) の文献レビューでは低濃度アルコールや短時間の評価が含まれておらず、62%で1分が下限という総評です。このレビューで参照されている6つの文献のうち5つはアルコール濃度の調整は行っておらず、濃度の下限を検証している訳ではありません。あくまで62〜71%の濃度で失活が確認されたというだけの話ですが、まるでこれが下限のように一般に語られるのは何か違うなと何とも言えない気持ちになります。残りの1つである A. Siddharta ら (2017) が濃度の下限を探っている訳ですが、何故これの数値がレビューで言及されていないのかよく分かりません。

神明 (2019) の実験は異なるエンベロープウイルス間でどの程度違いが出るのかが分かるので参考になります。惜しむらくは細菌なども含めているためウイルス自体の種類が少ないことですが、株の違いでも差があることが見て取れるのは興味深いですね。ただ、ずっとかき混ぜてるっぽいので、日常でのスプレーでの吹きかけや拭き取りでも同等と見做すことはできなそうです。

フマキラーの件は、ノンアルコールでも結果が同等であり、感情的な表現やファイティングポーズなども含めて完全にパブリシティ(マスメディアに情報を提供し、報道してもらうことで消費者に宣伝するのと同じ効果を得ること)が狙いかと思います。
SFSS のファクトチェックも、この辺りの文脈を理解せずにフマキラーのリリースを真に受けて科学的な評価に終始しているように見受けられ、試みや周辺情報は大変興味深いのですが、そもそもの大前提としてアルコールについて最初から何一つ検証していない、ということに気づいて欲しいなと心配になりました。普通に考えたらノンアルコール製品を同一条件で一緒に検証実験しているのは失敗のはずですが、フマキラーに利する形で見事にまるめこまれており残念感が半端ありません。
ちなみにこの話題の発端になった菅原氏は、今回紹介した神明氏の博士論文の指導をした1人のようで、ご自身でもアルコール手指衛生の論文を書かれており、その辺のつながりも面白い要素でした。

入手可能なエタノール製品(業務用)

商業施設等でアルコール消毒に利用する業務用エタノールとして、20L, 15kg, 5L の製品などがあります。一部製品に含まれている乳酸はエタノールの殺菌を向上させるという調査があります。

【5L】(58%〜78%)
ブリーズ エコクイックα (78vol%)
エタノール 67.85wt%, グリセリン 0.01wt%, 精製水 32.14wt%
Amazon [¥12,500] [¥12,500] [¥14,200]

ニイタカ ノロスター (65vol%)
エタノール 57.22wt%, クエン酸 1.93wt%, グリセリン脂肪酸エステル 0.20wt%, 硫酸マグネシウム 0.06wt%, クエン酸ナトリウム 0.06wt%, 精製水 40.53wt%
Amazon [¥12,000]

ニイタカ セーフコール 65 (65vol%)
エタノール 57.22wt%, DL-リンゴ酸 0.29wt%, グリセリン脂肪酸エステル 0.21wt%, グリセリン 0.20wt%, DL-リンゴ酸ナトリウム 0.04wt% , 精製水 42.04wt%
Amazon [¥8,126] [¥9,100] [¥9,100]

ニイタカ セーフコール 58S (58vol%)
エタノール 50.2wt%, DL-リンゴ酸, グリセリン脂肪酸エステル, DL-リンゴ酸ナトリウム, 水
Amazon [¥7,980]

攝津製油 ユービコール ノロV (58vol%)
エチルアルコール 50.1wt%, グリセリン脂肪酸エステル 0.2wt%, ブドウ種子エキス 0.03wt%, デキストリン 0.01wt%, 乳酸ナトリウム 0.003wt%, 乳酸 0.001wt%, 精製水 49.656wt%
Amazon [¥4,870]

【15kg】(75%)
三菱商事ライフサイエンス メイオール NEO 15kg (75vol%)
エタノール 68.0wt%, グリセリン脂肪酸エステル 0.050wt%, 乳酸 0.045wt%, 乳酸ナトリウム 0.005wt%, 水 31.9wt%
Amazon [¥17,900] [¥18,900]

三菱商事ライフサイエンス メイオール NT75 15kg (75vol%)
エタノール 67.9wt%, グルコノデルタラクトン 0.030wt%, クエン酸ナトリウム 0.030wt%, 水 32.04wt%
Amazon [¥18,900]

【20L】(62.84%〜65%)
三菱商事ライフサイエンス エークイック PRO 20L (62.84vol%)
エタノール 55.0wt%, リン酸 2.13wt%, リン酸三ナトリウム 0.47wt%, グリセリン脂肪酸エステル 0.25wt%, 水 42.15wt%
Amazon [¥13,200]

三菱商事ライフサイエンス メイオール W65n 20L (65vol%)
エタノール 57.1wt%, グルコノデルタラクトン 0.040wt%, 乳酸ナトリウム 0.006wt%, 水 42.754wt%
Amazon [¥10,000] [¥12,000] [¥12,200] [¥12,500] [¥13,000] [¥13,790] [¥14,800] [¥65,000 (20L×5個)]

入手可能なエタノール製品(少量)

【99.9%~】 (イソプロパノール)
ガレージ・ゼロ IPA (1,000ml) [Amazon]
ガレージ・ゼロ IPA (480ml) [Amazon]
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【96%~】
ガレージ・ゼロ 無水エタノール (99.8vol%〜) (480ml) [Amazon]
センケン エタノール (99.5vol%) (500ml) [Amazon]
センケン エタノール (95.1~96.9vol%) (500ml) [Amazon]
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【82%~】
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アナーキー (500ml) [Amazon] [楽天]

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【70%~】
DDL アルコール除菌スプレー (500ml) [Amazon]
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【65%~】
花春スピリッツアルコール66% [Amazon] [楽天]
花札スピリッツ 66 (720ml) [楽天]
NONNOKOスピリッツ65 (300ml) [Amazon] [楽天]
ALC 66 (500ml) [Amazon]
ハナハルスピリッツ66 (360ml) [Amazon
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プルーフ65 (2,000ml) [Amazon]

参考文献

Annika Kratzel, Daniel Todt, Philip V’kovski, Silvio Steiner, Mitra Gultom, Tran Thi Nhu Thao, Nadine Ebert, Melle Holwerda, Jörg Steinmann, Daniela Niemeyer, Ronald Dijkman, Günter Kampf, Christian Drosten, Eike Steinmann, Volker Thiel, and Stephanie Pfaender (2020).
Inactivation of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 by WHO-Recommended Hand Rub Formulations and Alcohols.
Emerging Infectious Diseases, Volume 26, Number 7, April 2020.

片山 和彦ら (2020).
医薬部外品および雑貨の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)不活化効果について.
北里大学大村智記念研究所プレスリリース, 2020年4月17日.

Günter Kampf, Daniel Todt, Stephanie Pfaender, Eike Steinmann (2020).
Persistence of coronaviruses on inanimate surfaces and their inactivation with biocidal agents.
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Morakot Saknimit, 稲月 一高, 杉山 芳宏, 八神 健一 (1988).
コロナウイルスおよびパルボウイルスに対する物理・化学的処置の殺ウイルス効果の検討.
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Anindya Siddharta, Stephanie Pfaender, Nathalie Jane Vielle, Ronald Dijkman, Martina Friesland, Britta Becker, Jaewon Yang, Michael Engelmann, Daniel Todt, Marc Peter Windisch, Florian Holger Hubert Brill, Joerg Steinmann, Jochen Steinmann, Stephan Becker, Marco P. Alves, Thomas Pietschmann, Markus Eickmann, Volker Thiel, Eike Steinmann (2017).
Virucidal Activity of World Health Organization-Recommended Formulations Against Enveloped Viruses, Including Zika, Ebola, and Emerging Coronaviruses.
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Miranda Suchomel, Michael Kundi, Didier Pittet, Manfred L. Rotter (2013).
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神明 朱美 (2019).
殺菌・抗ウイルス効果に及ぼすエタノール濃度の影響
東京医療保健大学大学院 医療保健学研究科 医療保健学専攻 博士論文

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