映画館


外国映画に感動して父親は
召集令状(赤紙)を
風呂敷包みごと映画館に置き忘れ
この非国民が、と罵倒された
ある見合いの席で母親は
愛読書はと訊かれて小声に答えた
トールストーリー(映画雑誌)が
トルストイじゃなかったのかと
見合いが破談に終わった

そんな二人の間に生まれて姉と私は
小学校二、三年から
外国作品中心に映画ばかり見てきた
字幕を読み切れない子供達を間に
一番後ろの席に陣取り二人は交替で
小声に読み聞かせしてくれた
読み聞かせは「絵本」じゃなかった

当時の映画館は安普請でも賑わって
二階席や客席部分に丸柱まであって
壁際が立ち見の人で埋まったりした
安く二本立て三本立て上映館もあり
観客は上映中を出入り自由で
入って目が馴れた頃空いた席につき
見始めたところまで来ると
腰を屈めて出て行った
同じ頃に入った人も同じようにして
場内は喫煙も許されていたから
煙の立ち込めるなか
映写のライトがくっきり浮かんだ

二、三本立てには裸の映画も紛れて
父と見に行った映画館の狭い廊下で
長椅子に座って長いこと待っていた
中では確かに音も声もしているのに
映画を見に来て何故待っているのか
不思議だったことをよく憶えている
手持ちぶさたに子に付き合って
煙草を喫む父を懐かしく憶えている

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