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「日本のいちばん暑い日」

2021年初夏。小雨の降る蒸し暑い日。いつもなら賑わう東京の街はCovid-19パンデミックによる外出規制のために不気味なほど静まりかえっていた。
各国の相次ぐ出場辞退によって規模が半分以下になった開会式まで、あと1週間を切った東京では、与野党合同の若手議員によるオリンピック中止工作が難産の末、菅総理の内諾を得ることに成功するが、総理は公式の決断をのらりくらりと渋り、「陛下がそう仰るなら」といって譲らなかった。そこで、東宮御所で「オリンピック中止」の玉音メッセージを録音して放送する、という異例の方針となった。
録画はNHKのスタッフにより御所で行われた。動画ファイルは即時インターネットでNHKに送る計画だったが、CIAの協力でこのことをすでに察知していた米三大ネットワークのハッキングとディープフェイクによる改変を恐れた宮内庁は、動画ファイルの入ったUSBメモリを職員に運ばせることとし、無事に放送センターへの輸送に成功する。

一方、あくまで開催を主張する強硬派は、森喜朗元総理の協力により上皇陛下と接触、天皇陛下の翻意の説得を懇願する。しかし上皇は「私は引退したのですから」と静かに答え決して応じない。


皇居付近をゆっくりと走る聖火ランナーと多数の中継車。小池都知事の要請により沿道での応援は徹底的に自粛され、トレーラーから鳴り響く音楽だけが無人の外堀通りに響く。突然、先頭のトレーラーが向きを変え、平河門に向かって突入する。皇宮警察の見張り二人では巨大トレーラーになすすべもない。
門を突破して急停車するトレーラーの荷台が跳ね上がる。中には機関銃で武装した黒服の男たち。米テレビ局の機材に偽装し武器が日本に持ち込まれていたのだ。男たちは御所には向かわず宮内庁の事務棟に押し入り、皇居のインターネット回線を切断すると同時に、皇居のすべての門をトレーラーで封鎖した。

同じ頃、渋谷のNHKでは開会式中継の合同番組の準備に放送センター入りした民放スタッフが突如豹変、調整室に押し入り動画ファイルを消去する。覆面の男たちの勝鬨の声。
NHKの7時のニュース。大阪の医療逼迫を伝えていたアナウンサーの画面が突然途切れ、モノクロの映像に切り替わる。市川崑監督の1964年の映画「東京オリンピック」だ。

東宮御所執務室。冷房を嫌う陛下の指示で開けられた窓からは小雨と音と蝉の声。
公務の書類に向かう徳仁親王の表情は固く暗い。
「入ってもよろしいでしょうか?」雅子皇后の声。
「愛子がお話ししたい事があると申しております」
一礼して入室した愛子妃の手のiphoneの画面には、「玉音メッセージNG集」の大きな文字。

翌日、世界の登録者200万人を誇る覆面女子大生Youtuber「愛ちゃん」のチャンネルでは衝撃動画が公開されるらしいとの噂がTwitterで広まり、登録者数はうなぎのぼりになっていた。
深夜0時。
静かな声が世界中の携帯から流れ始めた。
「国民の皆にお伝えしたいことがあります...」

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