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INTELLIGENCE episode Ⅰ

《都内某所に在る深沼邸》

「おはようございます、義明様。紅茶がはいりましたが、お加減は如何ですか?」

「うむ…。今日はだいぶ良いみたいだよアルフレッド。」

「それはようございました。奥様に内緒で今日は少しばかりラフロイグをたらしてございます。」

アルフレッドはそう言うと、白い口髭をたくわえた口角を軽く持ち上げ茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。

「輝明様からたった今連絡がございまして…。」

「輝明は今何処にいるのかな?」

「富山でございます。」

「ロンドンから帰って来たばかりだと思ったら、そんな寒い所にいるとは。」

「輝明様は仕事熱心でございます。先程もムカイ、キタジマ、マイカ、ミサキに来てもらいたいとお話をされてました。」

「ハッハッハッ…。」
「あいつらも可哀想だのう。輝明に頼まれたら断れまいて。」

「フッフッフッ、仰る通りでございます。」
「ただ、今回は少々込み入った事件のようでして彼等の能力が必要なのでしょう。」

「ほう。そんなに厄介な相手なのかい?」

「そのようです。」

「輝明に何かあった時は…。頼むよ、アルフレッド。」

「かしこまりました…。義明様。」
「ところで、宮内庁の岩倉様と警備局長の鴨居様から内々にお伝えしたい事案があると連絡が入っております。」

「ほう…。宮内庁と鴨居君から…。書簡かな?」

「さようでございます。」

「うむ…。ただ事ではないな。」
「近々内調を通して総理や総監からも通達があるやもしれん。」

「アルフレッド、支度を頼む。」

「かしこまりました。」

……………………………………………………………………………………………

どこを走ってもファミレスとドラッグストアーとパチンコ屋がランダムに永遠に続くのかと思うような街道を、一台のレンジローバーか雪道をものともせずにとばしていく。

「そう言えば、ムカイさんて結構歳いってると思うんだけど、ウチに入ってきたのって二年ぐらい前だよね?富山から出てきてそれまで何してたの?」

ミサトが後部座席から運転中のムカイに聞いた。

「ん~、色々やったさぁ。右も左もわからないまんま東京行って、新宿の歌舞伎町にあるバーに転がり込んで働いているうちにガタイが良いからって、ケツモチのヤクザに声かけられてさぁ、あちこちの店の用心棒みたいなことさせられたり、こっち戻ってきて漁師やったり。」

「ふぅ~ん…。で、何でウチに入ったの?」

今度はミサトの隣に座っているマイカが聞いた。

「二年と少し前だった、弟が突然行方不明になったんだ。本当に突然な。」

ムカイの声は少し寂しそうに、だがしっかりとしていた。

「二人とも"特定失踪者"っていうのを知ってるか?」

すると助手席に座っているキタジマが《ほぼ間違いなく"北"による拉致被害者。》と独り言のように呟いた。

「そうだ…。調査会の公開、非公開、警察発表のあったリストなどを合わせると850名以上になると言われている。此方のケーブルテレビじゃ、朝から晩まで一日中この特定失踪者のリストを詳しく放送してるぐらいだ。」

「ムカイさんの弟さんは、その"特定失踪者"だってこと?」

ミサトが聞く。

「ああ、その可能性が高い。だが、はじめは警察もとりあってくれなかったぁ…。事件性が無いとかなんとか言って、交番のお巡りも面倒くさがってな。たまたま別の事件で此方に来てた輝明さんの部下に聞かれて弟の事を話したら後日連絡があってさ、特定失踪者としてリストに載せて公開するって。所謂1000番台リストってやつだ。」

ムカイは何か想いをめぐらすかのような表情をした。

「お礼を兼ねてというのは口実で、弟の事を詳しく聞きたかったんだ。輝明さんに会いに行ったんだよ。そしたら手伝ってくれないかって…。直ぐには見つけられないだろうけど、必ず力になるからって。その頃の俺にはわからなかったが、弟が拉致されたと思われる現場を見た輝明さんや部下の人間に言わせりゃ完璧に北の工作員の仕事らしい。」

「なんでわかるの?」

ミサトが聞く。

「要するに痕跡が無さすぎるんだな。証拠が無さすぎる。弟の所持品は勿論のこと、血痕や犯人の手がかりとなるようなものは何一つ見つかってないんだ。」
「弟は俺みたいなロクデナシと違って、真面目で優しくて働き者のいい男なんだ。出来ることなら俺がかわってやりたい。」

ムカイは怒りを抑えながら静かに話した。
まだこの先も暫くは弟が見つからないであろうことを覚悟しているかのように。

車内から見える景色が明るさを増すと、ムカイがもうすぐ富山駅近くの深沼との待ち合わせ場所に着くことを告げキタジマが深沼にメールを送信した。
深沼との待ち合わせ場所は富山駅から徒歩五分程の場所に位置する《ブッカーズカフェ》という富山駅付近では珍しい洒落たレストランだった。

「輝明さん、遅くなりました。」

ムカイ達四人は揃いのダークスーツ姿で現れ、ムカイが深沼にそう告げた。

「この雪道で、この時間に来れるのは流石だな。適当に料理は頼んである。軽く食べてから本題に入ろう。」

ムカイ達四人が席に着くと、ウェイターが料理や飲み物を運んできた。
当然事前に深沼や県警の捜査員達が店内に盗聴器やカメラが取り付けられていないか、店員に不審な点がないか調べている。

「車は後でホテルに届けさせるから、お前達も今日は少し飲もう。」

そう言って、深沼はラムチョップをつまみにカールスバーグを煽った。
ムカイはギネスを、キタジマはシャルドネのスパークリングワインを、ミサトとマイカはピノ・ノワールの赤ワインを飲みながら其々目の前の料理に手をつけた。

「輝明さん、さっきアルフレッドさんからある程度事件の概要は聞きましたが俺達四人が呼ばれるってことは何か一筋縄ではいかないことがあるって考えて良いんですね。」

「そうだ、国際テロリストの金邪趙が関わっている。それと、どうにも腑に落ちない事案が絡んでいるんだ。」

「腑に落ちない事案と言いますと?」

深沼はカールスバーグのグラスを持った手を口の前で止めて言った。

「まず、金邪趙が先程死亡したと報告を受けた。それと我々二課の動きを予測してたかのような富山駅での事件、しかもシックスからCIA、FSBや中韓のagentにまで筒抜けだ。他にも幾つか腑に落ちない点がある。」

そこまで言うと、グラスに残っていたカールスバーグを一気に飲み干した。

「というと、こちら側にS(内通者)がいると?」

ムカイは少し目を細めるような表情をして深沼に訊ねた。

「それをお前達に確かめてもらいたい。やり方は任せる。ただ、確かめてもらいたいポイントは一課の動きと、それが"special assignment"なのかも含めてだ。ダブル(二重スパイ)の可能性もある。」

「う~ん…。厄介ですね。わかりました。明日からあたってみます。」

「頼む。それと、明日正式な鑑識の報告を受けてからでないとなんとも言えないんだが、どうやら金邪趙は正面至近距離から顔面を撃たれて死亡したらしい…。」

「至近距離から顔面を?」

「そうだ…。俺の動き、拳銃の構えだけでIntelligenceだとわかった男がだ。」

「一緒に逃走したと思われる男が金邪趙を撃ったと?」

ギネスを持ったムカイの手が口元で止まる。

「その可能性が高い。さらに言えば、死亡した金邪趙は本当に"俺達が追っている"金邪趙なのだろうか?」

「…。」

「金邪趙がダミーか、仲間の裏切りか、その両方の可能性もあると?」

「ん~、輝明さんもムカイさんも全然わかんないんだけど、金邪趙はいるの?いないの?」

深沼がムカイの問いかけに答える前にミサトが二人を交互に見ながら聞いた。

「フッ…。ハハハッ。心配するな、金邪趙はいるさ。俺も"K"も奴の顔を見てる。だが"Q"やうちのagentが見た金邪趙と一緒の人物かは、わからないがな。」

深沼はそう言うと、ウェイターを呼んでスコッチウイスキーのおすすめを聞き自分とムカイとキタジマの分三つをロックでオーダーした。

ムカイがギネスを飲みながら料理に少し手をつけている間、キタジマ、ミサト、マイカが其々の仕事に必要なものを用意してもらうよう深沼に頼んでいる。
ミサトとマイカはどうやら変装に使う洋服やバッグやアクセサリーなどを頼んでいるようで、キタジマから"それはお前らが自分のものにしたいだけだろ!"と茶々を入れられていた。

ウェイターが運んできたスコッチウイスキーを飲みながら、ムカイはふと思う…。

━━ こんな夜は久々だな ━━

ムカイは今回のミッションはかなりの危険が伴う覚悟のいるものだと感じていた。
ただの尾行や盗聴器を仕掛ける事案とは訳が違う。国際テロリスト、外事警察、MIー6やCIAが複雑に絡み合っている事案である。

「輝明さん…。」

ムカイは深沼の眼をじっと見据えて話しかけようとした。

「わかってる…。」
「絶対に無理はするな。建前上、銃の使用は許可出来ないが、なに、使ったところで簡単にどうこうなるお前達じゃないだろう。」

深沼は少し笑いながらムカイに言った。

「明日から全員忙しくなる。今夜はこの辺にしておこう。」

店を出ると、二月の富山の夜の冷気が深沼達全員に突き刺さる。
ムカイは都会の夜のそれとは異なる独特な寂しさを含んだ寒さと怖さを感じていた。

深沼が何事かを小声で話すと、ムカイ達四人は其々別々の方向に散っていった。

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