サドル狂騒曲77 春の宵

尻は小さいな。ヘアと髪の色はほぼ一緒か。脱毛かトリミングすればもう少し色っぽくなるけどこのままでも健康的でいいな。それにしても…青葉が言う通り乳はデカい。スケブラからはみでそう、つうか、重みで紐が切れるぞ。釣鐘形の方が好みだけど、こりゃドッジボールだな。AV女優でもここまですごいサイズはそんなにいない。品のある顔だからアンバランスがたまらんというか、そんなめくれた可愛い唇見せるなよ… 色白、いいなあ。あああ、割れ目から乳首が見えてる。下も触り放題ってやつ?ヤバいやばいやばい、抱きついてドッジボール押し付けるのやめて。手が、手が勝手に下に伸びる。あっつ、そうだ使い方教えないといけないのかそうかそうかそうか。

待てよ、俺はこんなエロ下着送った記憶はないぞ。一体何が起こったんだ?

   ↑  ( 雄太が約2・5秒位の間に脳内でつぶやいたセリフ)

「 これっていつ届いたの?」
「 雄太さんが下さった他の品と同じ日よ。反物とか、お茶の道具とかたくさんありがとう。ママもおば様もすごく喜んでたのよ 」

 雄太はすぐに気づいた。
 この妙なギフトの送り主は進藤サイドの誰かに違いない。美奈子達が倶楽部に現れた日の夜、美奈子達に挨拶の品を送るために住所を教えるよう進藤家の弁護士に連絡したんだ。
「 雄太様、それは私どもがお好みの品をより繕って送っておきます 」
「そうか… そっちの口座に100万ほどいれておく。2割は手数料として抜いてくれ 」
「 かしこましました 」
えらく愛嬌があると思ったら、こんなえげつない色仕掛けを混ぜやがった。ふん、俺がそっちでやる気満々と思わせたいのかアホらしい。それにしても美奈子の純粋さときたら… 普通こんなものを受け取ったらセクハラまがいで一発破談になるところだ。もしかして、子どもの作り方も知らないんじゃないか?
 
「 ねえ、黙ってないで何か言って下さい 」
 拗ねた上目遣いの顔は大人の色気には遠い。視界を失ってからこの狭い部屋からほとんど離れず暮らしていると弁護士は話していた。普通なら働いてグルメやショッピングに外を出歩いて楽しむ年頃だ。老いた身内に世話を焼かれてお祈りする毎日。恋も知らず情報も入らず、突然やってきた身売り縁談を人生の天秤に計る術も与えられない。だが不憫という言葉は今の美奈子に当てはめるのは正しくない。
 何故なら、目の前にいるのはこの俺だからだ。俺は美奈子を自由にする鍵を持っている。

「 良く似合うけど、サイズが少し小さいね。次はもっと合うのをもってくるよ 」
「 あちこち穴が開いているのはどうして… 」 
雄太のキスが美奈子の言葉を遮った。緩慢な舌の動きで美奈子の驚きが収まるのを待つと、肩口から胸元へ手を滑らせレースの隙間からのぞいた
薄茶色の突起を指でつまむ。ビクっと美奈子の頭が揺れた。
「 んんっ…!」
「 それは、今度また教えてあげるよ 」
雄太はジャケットをすばやく脱いで美奈子の体にかけた。高ぶった快感に耐えられず雄太に抱きついて何とか立っている美奈子を抱き上げてベッドに横たえた。
「 離れないで!ああ、こんな気持ちなんて初めて… 」
掠れた声を包むように雄太は美奈子の細い身体を強く抱きしめる。冷えた肌に温もりが蘇るのを感じながら雄太の意識は2つの方向に向けられている。

 ドアの向こうにあった気配が消えた。多分、おばさんの方だな。こっちの様子を伺ってたようだ。姪が首尾よく婚約者をベッドに引き込めたか気になるんだろうが、悪趣味な連中だ。
 
「 雄太さん、まだ私と結婚するのは嫌なの ?」
「 美奈子は俺の事をまだよくわかっていないし、俺も美奈子を
わかっていない。結婚するかどうか決めるのはその後だよ 」
美奈子は不服そうに下を向く。雄太は笑って白い頬を包み唇を寄せようとしたが、動きを止めた。もうひとつの方向から無言の圧を感じていた。

 やっぱり俺の事を見てやがる。壁にかかったあの神様だ。

雄太は飾り棚の前にかけられたキリスト像を睨んだ。両手に収まるほどの小さな像だが、静寂の中にそこだけ強い気が放たれ全てを支配している。前を見つめる窪んだ瞳は一見無表情だが、明らかに敵意のあるオーラを見せつけている。
「 美奈子、悪いけどあの神様、ちょっと見えないところにおいてくれないか 」
 美奈子は驚いて体を起こすとジャケットで体を隠した。壁つたいに像を探り当てると、そっと壁から下ろして指で顔をなぞりながら小さく祈りの言葉を口ずさもうとした。その途端、美奈子の体に激しい衝撃波が飛び込んだ。

 その男に近づくな

 波動から感じたメッセージが美奈子の自意識を打ち破り全身を駆け巡る。凍り付いている美奈子の背に不穏を感じた雄太は起き上がった。
「 美奈子、どうした 」
「 何でもないわ 」
 飾り棚の引き出しを開けキリスト像を入れると美奈子は雄太の胸に飛び込んだ。
「 抱いて 」
「 美奈子 … 」
「 離さないで お願い 」
 取り乱す美奈子を優しく包む雄太の背に、カーテンから差し込む淡い西日が降り注ぐ。それは堀川家の静かで平和な日々が終わりを告げたという神の啓示だった。



 
 孝之から雄太さんの退職を知らされてから最初の週末が来た。定時で仕事を終えると私はアパートに戻って新宿で買ったワンピースに着替えお化粧を整える。恭平さんの迎えが来て、彼の車で松濤町の片桐様の家に行くまであと1時間。急いでいるのにパフを持つ手がふと、止まる。
 本当に、雄太さんは倶楽部を辞めてしまうの?そしてあのお姫様とどうなるの?結婚?私はクビを振った。
 雄太さんには恭平さんがいる。お互いに一番愛し合っているのに…
 でも同時に恭平さんの言葉が私のハートを甘く震わせる。結婚するって、まだ夢見たい。でもそれは雄太さんが私たちの元を離れていくということだ。恭平さんはあれきり雄太さんについて口を開こうとしない。あまりに普通に平然としているのが私にとって不自然で、不安を煽る。

だけど聞けない。本当の気持ちはどうなのかって。聞けば大切な何かが壊れそうだから。雄太さんと恭平さんが、お互いを思いやっている気持ちが台無しになりそうだから。

電話が鳴る。恭平さんだ。耳に当てるとあのソフトな声が聞こえてきた。
「 はい… わかりました。10分したら降りますね 」
電話を切ると鏡に向かってルージュを当てる。メイクをして耳にピアスをつけると、帯広の冴えない高校生だった私とは別人だ。

誰のために美しくなるんだろう。愛する人を喜ばせるため?ううん、分かってる。私を愛してくれる人が、私を美しくしてくれるの。じゃあ誰が私を愛してくれているのかしら。鏡を閉じて私は立ち上がった。

答えは、見えない。

遠くでタイヤの軋む音がする。彼だ。私はフワフワと舞い上がる不安を振り切ってドアを開け、春の香りがする夜へ飛び込んでいく。




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