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読書ノート 「ロートレック荘事件」 筒井康隆


 近所のスーパーに月一回やってくる移動古本屋さん。月初めの土曜日に開催されることを忘れていたのだが、正月明けに行ったとき、思いがけず遭遇し、喝采をあげました。この移動古本屋さん、ぼちぼち掘り出し物があるのです。煤けたおじさんがひとりで運営している。おじさんはきっといい人で、小さな子供には「よく来たね、ありがとう」、おばさんには「いやいや、いい天気だね」常連には「また来てくれんたんだね、ありがと」と丁寧に声をかける。たまには「もう歳やなあ」「しんどいわ」「体力ないわ」と独り言ち、それでもいそいそと本の手入れをする。自分の好きなことを楽しみながらやっていることが伝わり、ほっこりする。いつまでも続いてほしいものである。

 そこで見つけた『ロートレック荘事件』。100円ですよ。きっと立ち読みで読んでいるのだが、完全に読み切った記憶がなく、併せて筒井康隆のミステリーということで後回しにしていた。筒井康隆の著作はほぼ95%以上読んでいるはずなのだが、何故かこれだけは読み残していたのだ。

 「メタミステリー」「おもいもよらない結末」などとの宣伝文句は聞いていたが果たしてどうかと思いつつ、読了。メタ文学ではない、そう、メタミステリーですな。これは、筒井の筆力あっての成功作品であり、ある種芸の域である。文章の建て方、進め方、構成、表現、言い回しをもって、その結末のヒントを散りばめながら物語は進む。最終的に、あっと驚くと同時に、今まで感じていた、何とも言えない違和感が一気に氷解する。それにより読者に喜び(?)をもたらす。無論、悲しみや後悔、人間ヒューマンドラマもきっちりあり、読み切った後に高い満足感を与えてくれる、超一級の物語作品になっていた。ロートレックの絵画挿絵もその品格演出に一役買っている。無論、読み手としてはロートレックの人物像(※)とのリンクも知っていればなおよろしい。正月早々、能登地震やら航空機事故やら社内揉め事などの殺伐とした事件が押し寄せるなか、砂漠の中のオアシスになってくれました。ありがとう。


※ロートレックは13歳の時に左の大腿骨を、14歳の時に右の大腿骨をそれぞれ骨折して以降、脚の発育が停止し、成人した時の身長は152cmに過ぎなかった。
胴体の発育は正常だったが、脚の大きさだけは子供のままの状態であった。

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