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男の人に薦める少女漫画

 「少女漫画論が少ない」とか、「男も少女漫画を読め」とか、「少女漫画は恋愛ばかりでつまらない」とか、「いや男も読めるんだ少女漫画にも色々あるぞ」と言って出してくるのは一昔前のでじゃあ最近はどうなのか分からないとか、(特にインターネット上では)少女漫画について散発的に話題になってはうやむやに終わる現状があります。それを整理しつつ、今回は「男の人に薦める少女漫画」について書こうと思います。

①少女漫画を取り巻く言説(おおよそ「24年組」から90年代前半まで)
 ネットで「少女漫画知っているよ」という人が陥りやすいのが、「少女漫画らしくない少女漫画」を紹介することです。例えば「24年組」と言われる少女漫画家たちは、萩尾望都ならばSF、山岸涼子ならば歴史ものという形で評価されるという雰囲気があったわけで、そのような評価基準を無自覚に受け継いでいる人が多い感じがあります(大学時代に漫画研究会に入っていたりするとそうなるのか、その原因はよく分かりませんが)。この評価基準が駄目というわけではなく、80年代~90年代にかけての『花とゆめ』系の少女漫画ならばカバーできます(『動物のお医者さん』や『パタリロ』など)。「24年組」は、米沢博や橋本治などの評論家が取り上げたり、雑誌で特集が組まれたりする感じがあります(『花とゆめ』に関しては、よく語られるわりには論としてまとまったものが出ていない感じがありますが…)。少女(どちらかと言えば「文学的な」タイプ?)も読んでおり、「大きいお友達」も読んでいるという形で、思い出語りもあれば論としても残っており、参照しやすいわけです。

②少女漫画を取り巻く言説(90年代『なかよし』から2000年代『ちゃお』まで
 しかし、90年代に『セーラームーン』が出て、『カードキャプターさくら』が出て、というように『なかよし』の変身少女もののメディアミックスが強くなってくると、「少女漫画らしくない少女漫画」とは必ずしも言えないので、この基準で紹介するのは怪しくなってきます。この時点では流行現象として分析するという感じで、評論で残るというより、思い出話として流通する感じになります(もちろん、『セーラームーン世代の社会学』のように、当時それを見ていた子供たちが大きくなってくると論が出て来る感じはあります。エンパワメントの文脈を強く背負っています)。80年代のアニメブームの影響で「萌え」が意識される時代になっているので、「大きいお友達」が付くようになります。「萌え」の評価基準で盛んに語られるわけです。2000年代になっても『東京ミュウミュウ』『しゅごキャラ』などがあり、「萌え」と接続して女児だけでなく「大きいお友達」も含めて少女漫画ここにあり、という風に存在感を出していくことになります。2000年代にはさらに『ちゃお』も合流し、『きらりん☆レボリューション』や『めちゃモテ委員長』のアニメ化で少女にも「大きいお友達」にも印象を与えることになります。『花とゆめ』系(『LaLa』も入る)は90年代後半に庵野秀明が『彼氏彼女の事情』のアニメの監督をすることで、エヴァとの関係でファンを獲得することになりました。しかし、庵野秀明との関わりは『彼氏彼女の事情』のみですし、『なかよし』『ちゃお』に比べれば(おそらく)高踏的で、主流なのかというと難しいところです(『フルーツバスケット』や『桜蘭高校ホスト部』など、アニメ化されるほど人気なものもきっちりあるので、本当はきちんと位置付けなければいけないのですが…)。

③少女漫画を取り巻く言説(危機)
 萌え文脈を評価基準に取り入れ、順調かに見えましたが、2004年から始まった『プリキュア』が確立していくつれ、「大きいお友達」はそちらに移動し、さらに2010年代に入ると『アイカツ!』をはじめとしたアイドルアニメが現れ、少女漫画というよりオリジナルアニメの方に比重が移ってしまいます。そうするとアニメをチェックしていれば十分、というようになるので、「大きいお友達」は離れていきます。少女だって、アニメを中心に見るようになるでしょうし、それだけでなく、少年漫画が面白いという流れが顕在化しているわけで、少女漫画にこだわらない傾向も強くなっていきます(少年漫画を読む女子は「オタク」扱いだったでしょうが、90年代、2000年代と『週刊少年ジャンプ』が国民的人気を博したり、オタク差別が薄まってきたりという流れもあり、少年漫画を読みやすくなった、ジェンダー規範から解放されたという環境変化も関係しているのではないでしょうか)。そうすると、少女漫画は、少女も「大きいお友達」も読まないので、紹介する人がいなくなるわけです。少女漫画自体、少年漫画のジャンルの拡張に押され、従来ならば「少女漫画らしくない少女漫画」として世に出ていたような作品が少年漫画として連載されてしまうので、恋愛を描いた「ザ・少女漫画」に縮小させられてしまうという状況に陥っていきます。
 2010年代には、少女漫画原作の、イケメン若手俳優を起用した実写映画がしばしば公開されるようになりますが、それは「ザ・少女漫画」であり、「大きいお友達」だったり、評論好きだったりする人にはあまり食指が働かないものであるわけです。当事者である少女も、語りたいようなオタク気質の人は少年漫画を読むことになるでしょう。「ザ・少女漫画」の実写化を見る少女は、ネットで男の人にお薦めの少女漫画をわざわざ紹介してくれないはずです。

④少女漫画に関する悲観
 このような現状では、男の人に少女漫画を薦めるのは簡単ではありません。もちろん、少年誌に載っている少女漫画的な少年漫画を「実質少女漫画」というように愛でるのも一つの手です。『週刊少年サンデー』のラブコメ(『めぞん一刻』等。高橋留美子を少女漫画と言うべきかはもっと議論される必要があるでしょう)や、『週刊少年マガジン』のラブコメ(『五等分の花嫁』、遡れば『ラブひな』もかもしれません)や、あるいは「ラブコメ・ヌーヴェルヴァーグ」と名指される女性上位のラブコメ(『からかい上手の高木さん』等)を、「少女漫画」と言ってしまっても良いのかもしれません。少女漫画を読まなくとも、「少女漫画」と名指せてしまうくらい、少年漫画が「少女漫画化」した、と言えるのかもしれません。そして、少女漫画は青春しか描かない、恋愛しか描かないと小馬鹿にしながら、かつて少女漫画がもっていた要素を吸収した少年漫画に耽溺することも可能なのです。しかし、そのような姿勢は歴史に対してのモラルを問われるでしょう。

⑤改めて「男の人に薦める少女漫画」
 横道にそれましたが、ようやく「男の人に薦める少女漫画」に入ります。ここまでで挙げたことを整理すると、少女漫画には以下のタイプがあります。
1.24年組、『花とゆめ」などの「少女漫画らしくない少女漫画」(「24年組」の系譜は現在は『月刊flowers』(『ポーの一族』の続編が連載)にいる感じがあります)
2.『なかよし』(主に90年代以降)『ちゃお』(主に2000年代以降)の「萌え」要素のある少女漫画
3.実写化されるような「ザ・少女漫画」(実はこれらは『マーガレット』、『別冊マーガレット』や『別冊フレンド』に連載されているものが多いです。別フレの方がややオタク的な雰囲気。また、『デザート』も「ザ・少女漫画」という感じです)
上の3つ以外の傾向としては、
4.『花とゆめ』(『LaLa』や『MELODY』も含む)のもう少し「少女漫画らしい」作品の系譜
5.少し年齢層が上の少女漫画(ヤングレディースというらしい。『FEEL YOUNG』や『Be-Love』や『Kiss』など。『別冊少女コミック』もここに入るように見えます)
6.90年代に性描写が過激で今も少し性的な『少女コミック』(現在は『Sho-comi』)
7.『りぼん』系(80年代の「乙女ちっくラブコメ」。90年代にかけてもラブコメあり。実は変身少女ものもある。『りぼん』を卒業した読者を再獲得する方向性の雑誌『Cookie』も入る)
というように分類できます。

⑥それぞれの具体例
 1は萩尾望都、竹宮恵子、山岸涼子というように「24年組」を並べることができます。『花とゆめ』は作品単位で『動物のお医者さん』『パタリロ』『ここはグリーン・ウッド』等々…というように並べられます。この辺りは知っている人が多いので検索すればすぐ見つかるでしょう。
 2は『なかよし』では『セーラームーン』『カードキャプターさくら』ときて、『ぴちぴちピッチ』『東京ミュウミュウ』『しゅごキャラ!』『シュガシュガルーン』というように本当は挙げなくてもいいくらいですね。『なかよし』は実は「ザ・少女漫画」も結構載っており、最近では『黒豹と16歳』の鳥海ペドロが良い味を出していると思います。『ちゃお』ならば『きらりん☆レボリューション』『めちゃモテ委員長』。女装男子が活躍する『姫ギャルパラダイス』は、色々とすごいアイドルアニメ『プリパラ』にも影響を与えています。作家単位では、『水色時代』や『ないしょのつぼみ』などを描いたやぶうち優が挙げられるでしょう。『ちゃお』はコンスタントに名作というより良作を生産する体制になっているらしく、割と同じ作家がずっといたりするので、作家単位で探すのが良いかもしれません。『JKおやじ!』はまさかのおじさんが主人公の女装ラブコメ。
 3は、現役の中高生に聞くのが一番良いと思うのですが、ネット(特にTwitter)にあまり載せてくれないので推測するしかありません。『マーガレット』、『別冊マーガレット』ならば、『君に届け』は大ヒットしましたね。『花より男子』は韓国でもドラマ化。『アオハライド』もすごかったはず。『ひるなかの流星』もありました。『別冊フレンド』は『L♡DK』が「壁ドン」ブームを作りました。『私がモテてどうすんだ』は腐女子が推しが死んだショックで痩せてモテるという逆ハーレム。『溺れるナイフ』は中上健次に影響を受けたという話で、文学好きが反応していたようです。『デザート』ならば、最近急上昇中の『うるわしの宵の月』。『デザート』は他の2つに比べて少し繊細な感じで、5に近いかもしれません。
 4は、『フルーツバスケット』『暁のヨナ』『桜蘭高校ホスト部』『赤髪の白雪姫』『神様はじめました』『かげきしょうじょ!』など、アニメ化して実は見ている人がたくさんいたりするので、いつかきちんと向き合いたくなる作品です。このラインが『少年ガンガン』系の漫画のキャラクター造形に輸入されている感じがあります。レーベル的には、よしながふみ『大奥』も入ることになるようです(『MELODY』連載。どちらかというと55の感じがありますが)。
 5は、『FEEL YOUNG』ならば『ハッピー・マニア』、『Be-Love』ならば『ちはやふる』、『Kiss』ならば『のだめカンタービレ』など、ドラマ化アニメ化もするような人気作が多いです。安野モヨコ、ヤマシタトモコなど、作家単位で覚えたい感じもあります。『別冊少女コミック』は『BANANA FISH』。実は『ポーの一族』も、『別冊少女コミック』連載でした。5と1は近い感じがありますね。『月刊flowers』には、最近大ヒットしている『ミステリと言う勿れ』が連載されています。
 6は、『快感フレーズ』です。新條まゆです。ここ10年ほどは、変身ヒロインに近い「戦うヒロイン」が主力だったりします(『あやかし緋扇』等)。
 7は、思い出語りでは出てくるものの、オタク語りではそこまで出て来ない感じがあります。『りぼん』を読んでいる子はリア充になると言われていますが、その辺りが関係しているのでしょうか。「乙女ちっくラブコメ」は、80年代に陸奥A子などが牽引した今でいう「ザ・少女漫画」という感じのようです。どうも、今の「青春」というものよりは、もっと少女の自意識が出ている感じがあります。これがノベルゲームに輸入されて泣きゲーができたという話もあります。80~90年代は他に『ときめきトゥナイト』『ママレード・ボーイ』があり、これらはラブコメなので、もしかしたら「大きいお友達」に刺さっていたかもしれません。『ときめきトゥナイト』は約10年という長期連載でした。さくらももこも重要です。90年代後半から2000年代にかけて活躍した、種村有菜も忘れられません。『神風怪盗ジャンヌ』はセラムンを『りぼん』でやるという挑戦でした。種村有菜の絵は多くの後進に影響を与えました(「パクリ」認定で炎上騒ぎが起こるほどに)。『少女コミック』でヒットした『ハチミツにはつこい』の作者は種村有菜のアシスタントでした。『Cookie』はやはり『NANA』。実は休載中です。『りぼん』は、数年前に同じ集英社の『ジャンプ』と組んで、『ジャンプ+』にフェミニズム的な漫画『さよならミニスカート』を載せて話題になりましたね。

⑦結びに
 暫定的に「男の人に薦める少女漫画」を挙げてみました。7種類に分類すれば、それぞれの嗜好やそのときの精神状態に合わせて読むものを選ぶことができると思います。少女漫画が縮小して恋愛ばかり描く傾向に陥っているとしても、まだまだ色々あります。かなり強引に線を引いてしまったので、これを叩き台にして更に進んでくださると幸いです。



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