レアキャラなんかになりたくなかった。

先日、友人Hの誕生日を祝いに友人Tと共にH宅に向かった。

プレゼントを渡し、盛大に祝い、たわいもない会話を楽しんだ後、Tと共にH宅をあとにした。

私が帰りの車を運転する中、Tが私に言った。

「一ノ瀬ってレアキャラって感じで、こういうお祝いとかに顔出すとみんなから喜ばれるよね。うらやましいなあ。」

それは、彼女の本心だったと思う。

でも私にとって羨ましいのは彼女の方だ。


今までの人生、なぜかレアキャラ扱いされることが多かった。自分でも思う。私はレアキャラなのだと。

なぜかというと単純で、大勢の集まりになかなか顔を出さないからだ。正確に言うと、顔を出さないのではなく、出せないのだ。


小学生の時、両親が家を新築し、それに伴い小学校を転校した。私の父は自衛隊所属であったから、それまでは官舎に住んでいた。そこには様々な地方から集まった自衛隊員の家族が住んでいた。自衛隊は転勤が多い。

父は転勤を好まなかった。できる限り、その場に留まり続けるようにしていたらしい。だから家を建てた。官舎から20kmほど離れた土地に家を建てたので、小学校は転校せざるを得なかった。

官舎にはいろんな地方から転勤してきた人たちが多かったのに対し、転校先は地元の人たちで構成されていた。周りの人たちは方言を使って話す。聞いたこともないし意味もわからず、転校してしばらくの間は戸惑ってばかりだった。


“転校生”。
ただそれだけでレアキャラだった。


小学校から中学校へは、ほぼそのままのメンバーで進学していった。私もそうだった。

高校受験のとき、私は高校ではなく高専を選んだ。受かる気なんてなかったが、推薦面接で合格したので行くことにした。
高専に進んだ同級生は私含め3人だった。

高専は実家から60kmほど離れた場所にあったし、1,2年生は全寮制だったので、入学時から実家を離れた。
しかも高専は他の高校と夏休みの時期が1ヶ月ずれていた。夏休み、地元の友達とはほとんど遊ばなかった。そして私はレアキャラになった。


高専を卒業して私は上京した。
イベント業に就いた私は、不規則な生活とハードワークで仕事関係の人以外とどんどん疎遠になっていった。家族でさえも。そしてまたレアキャラになった。


でも私はレアキャラなんかになりたくなかった。


“いつものメンバー”に入りたかった。
そういう友達が欲しかった。
たまたま自分のしたいことが、今までの環境でできることじゃなかっただけなんだ。新しい場所でしかできないことだったんだ。離れたかったわけじゃない。


私だって、「いつもの」が良かった。


高級なコース料理なんかになりたくなかった。
学食になりたかった。


だから今、この地を離れられなくなった今、そういう関係を築けるように努力してる。
今私の生活に彩りを与えてくれる人たちとなるべく多く会うんだ。

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