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8月6日、朝

この時期になると、思い出すことがあります。

『戦争体験を伝える』ということが最近しきりに叫ばれています。戦後75年、戦争体験者の方の高齢化に伴い、戦争体験者の方から直接お話を伺う機会が得にくくなっている中、幸いにして私の祖母は存命です。

祖母は被爆者です。親戚の家に疎開していたため原爆の被害を直接受けたわけではありませんでした。祖母に戦争の話を聞くと、決まっていつもこの話をされます。

「5日くらいして町へ行ったんじゃけどねぇ、まだ木から煙が立っとったんよ…」

祖母の戦争体験

小学校高学年の私は親類の家に疎開していました。

ある時クラスメイトがこう言いました。

「広島に爆弾が落ちて町がなくなった」

私は信じませんでした。

「広島だって大きな町なのだから、爆弾一つでなくなるなんてあり得ない」

クラスメイトとはそう言って口論になりました。

やがて私の住む町に避難者がやってきました。

クラスメイトが或る人物を指して笑いました。

「何だあいつ、変てこな奴がいるぞ」

妙な歩き方をする人物をよくよく眺めました。それが私の父でした。

父は体中に硝子が刺さっていて、おそらく身体の中にも硝子が入り込んでいたのでしょう、道中で硝子を抜きながら移動してきたそうです。

父に爆弾の真偽を聞くと本当だと言われ、母の所在を問うと

「町内の手伝いがあるので広島に残った」

と言われました。私はそれを聞いて「母が死んだのを隠しているに違いない」と思い、父に頼みました。

「お母さんを探しに行く。広島に行かせてほしい」

父は駄目だと言いました。けれど、どれだけ駄目だと言っても私が聞き入れなかったので、父はとうとう根負けして、広島に行くのを許してくれました。

「ただし行くならお前ひとりで行け。俺はこの怪我だからついて行けない」

私は一人で駅に行きました。けれどもお金がありません。駅員さんに訳を話すと、「貨物列車に掴まって行くのでいいなら」と、乗車を許してくれました。

広島に着くと、どこもかしこも真っ黒でした。爆弾が落ちた日から5日ほど経っていたのに、家の隅に立っている木がまだ燻っていて、煙が立ち上っていました。

駅から伸びる道を、脇見をしないよう心掛けながら進みました。道の脇に目を凝らせばきっと、黒く焼き焦げた人を見たかもしれません。私はそれが恐ろしかったので、ともかく前だけを見て、ひたすらに家を目指しました。

家のあった場所へたどり着きました。

辺りは夜になっています。真っ暗で誰かがいる気配はありませんでした。

私は途方に暮れ、辺りを見回すと、どこかの家の明かりが見えました。縋るような思いでそこへたどり着くと、そこにいたのは母でした。

蚊帳を吊った中に明かりが灯してありました。母は私を見て大層驚き、「なぜこんなところにいるの」と言いました。

「家族が避難してきたのにお母さんだけ来ないから、心配で」

「私は町内の手伝いがあるから行けない。周りはこんなだからお前を寝かせる場所もない。疎開先へ帰りなさい」

私はどうにか母を避難させようと説得しましたが、母は帰れと言うばかりで結局私はまたひとりで疎開先へ戻ることになりました。

帰りも、行きと同じようにして貨物列車に掴まって帰りました。

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思うこと

祖母の戦争体験を聞きながら、私がある時祖母にぽろっと「…なんかごめんね、つらい話を思い出させてしまって」と言ったことがありました。すると祖母は「何を謝ることがある。これはもう昔の話。昔は昔、今は今よ。何も遠慮することはない」と言って笑っていました。祖母は強し。かっこいいおばあちゃんだな、と思いました。


お年寄りの方が、以前話したのと同じことを何度も繰り返して話すときってあるじゃないですか。

私は「それ前も聞いたな…」って思いながら渋々聞いていたんです。正直、祖母のこの話については小さい頃から繰り返し何度も、それこそ耳にタコが出来るほど聞かされてきました。ちょっと辟易すらしていました。

でも、最近こう思うようになりました。

『その人の人生の中で何度でも「話さなきゃ、伝えなきゃ」と思うほど重要な、いわばその人の人生のハイライトなんだ』と。

この話だって、どうしても誰かに伝えたくて話すんでしょう。そこには「自分がいなくなっても、どうかこれだけは忘れないでほしい」という思いがきっとあるはずです。

そう思ったら、「うん、ちゃんと覚えているよ。もっと教えて」という気持ちになって、詳しい話を聞きたくなりました。

きっと、私もこれを誰かに伝えなくてはならないのです。

せっかくnoteという場所をお借りさせていただいているので、今日という日に遠方にいる祖母の話を思い返しながら筆を執らせていただいた次第です。(今年はコロナで会えそうもないからなー!!!!!!)

ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。

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