フランスは燃えているか

数ヶ月前に時折見かけた一連のフランスの年金改革に対するデモ、ストライキ、暴動に関する報道。1月から続くデモはついにフランス中で火炎瓶が飛び交う事態にまでエスカレートしてしまった。それと同時に聞こえてくるのか「強行採決」や「憲法」というワードである。
これは、3月16日、ボルヌ首相が率いる仏内閣は国民議会の本会議で、年金の支給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることを柱とした年金制度改革の法案について、憲法規定(第49条第3項)により議会を経ずに採決したことが発端となっている。マクロン大統領は現在2期目、つまり最終任期である(2008年憲法改正で連続任期は2期まで(10年)に制限)。基本的に解任できない以上、後4年は国民感情を逆撫でしようが、何しようが居座ることが理屈上できる(仏大統領は国民議会による国家反逆罪等での弾劾裁判以外には現職大統領を解任出来ない)。仏大統領が良くても内閣運営は困難となるだろうが...。この報道について私が気になったのはやはり、仏憲法第49条第3項の規定である。
仏憲法第49条第3項は、首相がある法案について政府信任をかけ、その後24 時間以内に国民議会により不信任動議が可決しない限り、当該法案は表決を行わずに採択されたとみなすことができるというものである。しかも原則対象は予算法案と社会保障財政法案のみだが、他の政府提出法案又は議員提出法案の場合であっても各会期に1つに限りこの手続を採ることができる。故に仏大統領権限が他に比べて高いとされる要因の一つである(大統領が首相/閣僚の任免権と国民議会の解散権を有し、首相は大統領と議会に対する責任を負う)。当然、24時間以内に内閣不信任動議が可決した場合、法案は流れ、内閣は解散、仏大統領は新たに組閣しなければならない。つまり、仏内閣(首相及び閣僚)にとっては自身の地位を賭けた勝負に出なければならないのだ。

次に報道では「強行採決」というワードが多用されている点についても考えてみた。確かに、行政権を持つ内閣が立法権を持つ議会を飛ばして法律を採択することを「強行」と表現することは出来るかもしれないが、反民主主義的に使われるのであれば疑問が残る。現にフランス憲法(フランス第五共和制憲法)は2008年を最後にこれまで24 回改正してきている。本規定に不満があれば何度でも声を上げて改定する機会があったのだ。しかし、国民は存続を望んだのであり、また憲法裁判所も違憲と判断していない。本規定は統治機構を制御している憲法より付与された権限なのである。故に、国民より直接選出された大統領(民主的手続)が憲法上の権限行使(法的権限)により通した法律は国民信託を得ていると言える。支持率3割以下の現状(CNNによれば抗議への支持は11%)を見るに、マクロン大統領へ投票したことを後悔している人もいるだろう。残りの任期を恐れることなく居座れるかもしれないが、彼が後の政権評価を気にするのであれば、ここで挽回しないといけない。また、彼の後に続く政権がフランスを安寧的に統治し続けるためにも国家に対する信用を落としてはならない。

フランスは革命を重ねて今の形に落ち着いた。だが、民衆の声を無視し続けると新たな形を求めることになるのだろう。ジョン・ロックは契約により設立された公的統治機関が、市民の信託に反して被治者の自由と財産を侵害する圧政を行った場合に市民の最終的権利としてこの政治を打倒することができる自然権の一つとして、「抵抗権」を提唱している。現にドイツでは戦う民主主義の実現理念として、連邦共和国基本法第20条4項に「すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する」と定められている。米国でも憲法修正第2条(人民の武装権)では「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と個々人の武装の権利を定めている。これはよく個人の自己防衛権や武装権についての議論で登場するが、制定当時の背景を考えてみると、政治家等が当時不信に思っていた常備軍よりも武装した市民の方が連邦政府に対する抑制効果を果たすと考えられていたり、反連邦派にとっては民衆が武装することで専制政治を防ぐための連邦政府に対する潜在的抵抗権を確保するためと考えることができる。つまり、米国では個々人が武装することで支配階級が理不尽であると思った時は武装して倒すべきという独特の民主主義を有しており、武力革命を肯定しているである。何が言いたいのか…フランスで革命起きるとも、起こすべきだとも当然考えていない。但、いつの時代も西洋で人権が大幅に虐げられた時に歴史が大きく動くということを忘れてはならない。

加古隆氏作曲の「パリは燃えているか(Is Paris Burning)」を聴きながら。


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