歴史と民俗の博物館「ミュゼ」企画展と、科博クラファンに交錯するツイート群に対する雑感もとい愚痴

 大体7日前の事だったと思うが、群馬県は中之条町の「歴史と民俗の博物館「ミュゼ」」を来訪した。目的は「第1回企画展「江戸時代の先端医療 ―高野長英の門下生と支援者たちの物語―」」の観覧である。特に蘭学や高野長英に興味があったという事では無い、近場(県内)の博物館や美術館の企画展にはまめに足を運ぶという趣味があるからだ(これは即物的な両親にそういう文化施設に全く連れて行ったもらわなかった反動でもあるかも知れない)。
 「歴史と民俗の博物館「ミュゼ」」は前述の通り群馬県吾妻郡中之条町にある歴史博物館であり、廃校を利用したたたずまいが印象的である。ここでは主に明治から昭和初期にかけての吾妻郡の発展と産業、教育に関わった物品が展示されており(記憶の限りでは)、今回の企画展では幕末の医学者、蘭学者であった高野長英ゆかりの道具と彼と関りの合った吾妻地方の蘭学者兼医者の紹介がされていた(後者の蘭学者の名前については失念してしまったが)。
 この企画展での展示物は率直に言うと私の興味を余り引かなかったの(そもそも高野に対する知識が乏しかった故に)だが、ある物を目撃していたく感激してしまった。前述の吾妻の蘭学者からの弱音の手紙を読んだ高野の激励の返信と流麗なオランダ語(と思われる)で座右の銘が書かれた竹製のしおりである。
 これらは変哲の無い代物ではあるが、書簡は江戸の牢を脱獄し全国を放浪していた時の手紙であり、私はここに時と空間を超える学問の息を感じた。即ち、権力からの逃亡という時間的・空間的な制限を課される状況下に於いても彼は弟子を励ましていた心意気とそれを可能にした学識に感じ入ったのだ。そしてその超人的な意志力の底にある深く確かな教養をオランダ語の座右の銘と漢文に刻印されている気がした。
 要するに高野やその師弟にとっては医学・蘭学は単なる医療上のテクニックや仕事上求められる知識程度ではなく、寧ろ人生の安寧どころか生活を超えた知識への欲求、科学技術による社会の変革の夢―命を賭ける価値の有る程の―それこそであったのだろう。だから高野はオランダ語で座右の銘を刻み、同時に漢文を嗜んでいたのだろう、この態度と前述の手紙を併せて私は彼に学問を通した
、或いは学問に通じる高い精神性を窺うのである。
 この精神性を観た後には現存の知識人、教授の振る舞いが殊更醜悪に見えてしまうという嫌いがあり私はそれに辟易している。特に今回問題になった科博のクラウドファンディングに対する対応だ。ここ最近の燃料費等の高騰により国立科学博物館は火の車となりクラウドファンディングを開始、たちまち1億円が寄付されたという「事件」があった。このありさまを観て多くの人が「国が文化事業に予算を投じていない」と感じ反発。公的な文化事業への従事者である(と自認する)大学教授はその中でも特に強固にそのような態度を取っていたという時事がある。
 確かに行政のしまり屋体質に対してこういった反発をする事は正当であるし、特にそれからの予算を生活の糧にしている大学関係者が殊更強固な態度をとるのは尤もだと思う。然し、そのような理解はある程度以上のシンパシーがあると言ってもやはりそこから前述の嫌悪感や軽蔑を感じざるを得なかった。
 それは恐らく彼らの言う文化・科学が専ら大学とその関係者(Twitterのフォロワー)に絞られているからだろう―勿論大学教授や学者は凡そそのような立場に縛られているのだからそれが正当であると理解した上での嫌悪である。そのさも大学以外には文化を有していないと言った無自覚な特権意識と、それの「届かない」地方への隠れた蔑視は(果たして東京に有る科博以外の困窮にはそれほど目を向けていたかの不信感は常にある)私を今回感嘆させた高野長英や後人生を弟子の教育と放浪に費やしながらも「人知らずして慍らず」と唱えてみせた孔子に比べると余りにもスケールが小さい。
 そしてそのスケールの小ささは世界認識に留まらない。彼らはTwitterで文部省や財務省に怨嗟の言葉を吐き自らと周囲の窮状を訴えているが、その窮状をどうにかしようとするある種の狡猾さや理知を端緒から諦めているように思える。詰り彼らは周囲の世界のみならず、自らの能力でさえも知らず知らずのうちに矮小に評価しているのだ(これはTwitterというSNSに於いては具体的な現状打破の同志を募れるという意味を含めての発言である)。
 確かに近代的な大学機関は、そのような「英雄」的人間でなくても集団で学問を行い、その団結で以て個人では為し得ない高みに上ってきた(一人の巨人ではなく大勢の人が巨人の背に並ぶほどの肩車をしていると言ってもいいかもしれない。勿論大学にもアインシュタインやカントの様な巨人も確かに居るが…)。詰りある種の人間的な立派さ、剛毅さ等は大学に於いてはある種の夾雑物であり、それを排除してフェアな社会との接点(アンチ私塾的)を築くと言うのが大学という社会構造のある種のメリットであり逆説的な美点(一個人に依存しない、バイアスを排除する)であるように思えるのだが、それでもやはり学問が人間の活動であり、その為に人生を費やそうとする人間の動機もやはり感動などである以上、大学人の人格の涵養という面は今尚大切なように思える。無論、ここでの人格は学生をいい職場に送るとか授業が楽とかいう物ではない。ある種の困難に際してそれに挑戦し、人間と科学を諦めない勇気やきめ細やかな情愛と言った普遍的なものだ。
 採算の繰り返しだが、それを私は高野長英の所感に感じたのだ。確かに高野の医学知識は現代に比べれば格段に拙いし半ば独学だ。これは聡い医大生ならば平易に超越できる程度であるかもしれない。然し、顔を硫酸で焼き全国を放浪しながらも蘭学に殉じた人間としての壮絶な軌跡は誰にだって真似できるものではない。
 勿論現在の日本ではそんな苛烈な科学への弾圧がある訳ではなく、文部省と財務省へのバッシングに仕事の傍らで興じる大学教授というのはその平和の象徴かも知れない。然し、そのような平和的な行動に科学的な回心をさせられる物は恐らくおるまい。彼らのバッシングが正論であっても(恐らくあるのだろう)それらは却って彼等を閉鎖的な状況に追い込んで事態の悪化を招いてしまう(確かにルネサンス時代以降の思想サロンや私塾はミケランジェロや日本の儒者のような偉大な哲学者を育んできたが、それは大学制度とは折りが悪いし、Twitterで火を噴く程度の教授との相性も良くないだろう)。その為、「教育・研究機関にとって日本行政から予算をより多く獲得する事が重大事項であり、私もその応援はやぶさかではないが、その機関の構成員(大学教授)の態度には首をかしげざるを得ない者がある。よって、行政の回心のみならず大学教授自身の態度の変化も自ずと尊敬される方へ求められてしまうのではないか」というのが私の結論となる。
 確かに、高野やミケランジェロのような激動の時代の重要人物への一定の敬意と比較的平和な現代の大学人へのそれを比べ後者を批判しその改心を求めるのはアンフェアかもしれない。しかし少なくとも私は遠山啓や吉川幸次郎のような前者に匹敵しうる近代大学人を見出しているのだ。科学はソクラテスは孔子の古代のみならず現代でも技術でもあり思想でもあり実践哲学でもあるという事を教えてくれた二者の名前を出してこの話を結ばせていただく。

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