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38年の人生回想・高校〜社会人入門編

みなさまようこそお越しいただきました。

38歳記念に自分の人生を振り返っていく、回想録を綴るシリーズにお付き合いいただき、誠にありがとうございます。リアルで会う人たちから「note読んでいます」と言われることが多くて本当にビックリしています。

38歳になった私の人生を今日も吐露しようと思います。

前回の中学校編に引き続き、今回は高校1年〜社会人入門編を記したいと思います。

(写真は高校時代お世話になった2個上の奥野先輩です。その後、社会人になってからも色々とお世話になりました。)

高校時代

高校1年〜社会人と書いている通り、高校を1年で中退しました。進学した高校は地元の商業高校で、学科は「情報ビジネス科」。パソコンや簿記に強い人材を育てる学科です。

高校は必修科目に加え、パソコンや、簿記の知識を徹底的に叩き込まれる学科で、1年の1学期中に全員がタッチタイピングができるようになっていたと思います。貸借対照表や、損益計算書、試算表なども勉強した(させられた)のですが、少し役立っています(笑)しかし、15歳〜16歳の、この時期にパソコンに関する英才教育を施してもらった事は、今も財産になっています。先生方、スパルタ指導ありがとうございます。


高校時代

一方、僕が入学した商業高校は、卒業後は就職する生徒がほとんどで、卒業した先輩たちに話を聞いても、就職先でもらえる給料は手取り12万〜15万程度。ここで3年間勉強して、地元、鹿屋で就職してもある程度の未来予想図が見えているような気がしました。

そんな時、先輩から誘われ中華料理店でバイトを始めました。当時の高校は平日バイトは禁止だったんですが、「携帯代を自分で払えるように自立したい」という理由で親に了解を得て、毎日学校終わりに通いました。もちろん毎日バイトしていると月に10万くらいもらえるようになり、自分に月10万位の価値がある。今で言う自分の市場価値に気づき、「そもそも学校行く意味あるか?」という超単純思考に陥ります。

その頃、学校で問題を起こしてしまい、なぜか?それをチャンスと思った僕は、問題を起こしたことを理由にして、高校を辞めさせて欲しいと両親に懇願しました。これをやると決めたら絶対に実行するというのが末吉少年のいい所でwww「手に職をつけたい」「これからの時代はペット需要が増えるから、お金を貯めてトリマーの専門学校に行きたい」とかなんとかうまいこと言ってたような気がします。動物好きじゃないのにwww

約1ヶ月に渡る交渉の末、「1年以内に実家を出て、自立すること」を条件に高校を辞めてもよいという承諾を得て、高校1年の3月に退学することにしました。


当時(17)

社会人

先に高校を辞めていた友達が働いている会社にお世話になりながら、夜は居酒屋のバイトを掛け持ちし、資金を貯め、17歳の時に鹿児島市内に引っ越しました。人生初のひとり暮らしのスタートです。

相変わらず、昼も夜も働いて、休みなく毎日働いていました。
当時働いていたバイト先の社長が「君は本当に裏表がなく、一生懸命に頑張ってくれている。社員にならないか?」と声をかけてもらった時は本当に嬉しかったのを覚えています。結局その会社には就職しなかったですが。。。

長くなるので、今日はこの辺にしておきます。
次回は18歳〜26歳くらいまでを一気に書きたいと思います。遅筆ですが、なんとか記憶を振り絞りながら書いているんです(笑)

よく高校を辞める時に反対されなかった?とか苦労したんじゃない?と言われますが、高校を退学したのは本当に良い選択だったなと思います。辛いことも多かったし、人の倍くらい苦労はしてきたと思いますが、世間の厳しさを肌で教えていただいた貴重な青春時代でした。
この頃の経験が、後の個人事業主時代や、経営者となった今、自分の源泉になっていると感じています。


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