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将軍様

仕事をテーマにお送りしているシーズン3の、第2回です。
価値観のちょっとした逸脱を保ったまま大人になり、いざ就職活動、そして働き始めた頃のお話です。当時の風潮を思い出しただけで「うわぁ」と思うのですが、周りの高齢職員も私に対してきっと「うわぁ」と思っていたに違いありません。どんとこい。



就職活動をしていた頃の話だ。首都圏のベッドタウンで、長閑なところ。
面接では、男性であることがまず重要だったり、「次男なので実家に帰らないですよね」「ずーっとここで定年まで働きますよね」と念押しされたり、「職場にお嫁さん候補がたくさんいますよ」と言われたりした。
「こういうものだと知っていたけど、きっついわぁ」と思いながら、心の中では「男性ってもオカマです」「次男とはいえ、ゆめゆめ油断なさらぬよう」「定年までいるか分かりませんよ」と答えながら、口では溌剌とした嘘をついた。

そうして無事に採用された職場では、最初はセクシャリティを隠していた。
新入職員への話題振りといえば、彼女の有無、好きなタイプ、性体験の豊富さ、その他の下ネタなど。いま思えば、田舎の男子中学生のような男性職員が多かった。一般的には無難な話題なのだろうが、本当にやめてくれよ、と思ってしまう。
いずれはカミングアウトするつもりだったが、「ゲイの〇〇くん」になってしまうのは避けたかったので、自分のキャラクターを知ってもらってからの方が良いと考えていた。「〇〇くん、ついでに言うとゲイ」が、やはり有難い。
カミングアウトするまでは、プライベートの話にも一定の境界線を引いていたので、周囲は違和感を感じていたそうだ。ゲイというだけで、こんなに面倒だとは。
それでも、半年ほど経った後、カミングアウトすると一気に打ち解けた。その点に関してあまり気にしない、柔軟な人たちだったのだ。相手がこれまで、仲良くなろうと下品な話題を振ってくれたことを不愉快に感じていたのが、少し恥ずかしいほどだった。
まあ、今のご時世だと、がっつりセクシャルハラスメントに当たるけれども。

情報の及んでいない世代の違う上層部からは、しばしば結婚を勧められた。結婚して、子供をもうけて一人前だぞ、というお言葉。
「一般的にはそうなんだけど!」「ダウト!」と心の中で叫んで割り切りながらも、自分の将来をふわふわしたものと感じることが多かった。当時は彼氏がいたが、今後のライフプランも特になかったのだ。ロールモデルの乏しい存在として、今後、どうしたものかなと。
そして、対人援助職として「結婚し、子供をもうける」という、世間では当たり前とされたことが経験できないことにも少し悩んだ。多数派のライフイベントを経験しないことは、対人援助の視点を減らしてしまうような気がして。
「逸脱した視点と経験で、クライエントに何ができるというのだろう」と、クライエントの経験に共感できない劣等感のようなものが生じ始めていた。

ちなみに、この職場は「黒猫でも、上司が白猫と言えば白猫でございます」の典型だった。社員旅行では、旅行会社の社長が宴会に出席し、理事長を某国の将軍様のように褒め称えるのを目の当たりにした。彼らの生存戦略とはいえ、気持ち悪かった。大嫌いなカラオケ大会もあり、めんどくせぇと思いながら歌ったらなんと優勝してしまい、おこめ券をもらったのを覚えている。
部署の外ではとにかく飄々と泳ぎ、掴み所のない存在として生きた。愛嬌のあるヌルッとした質感の深海魚。だが食べると不味そうな感じ。キャラクターをある程度作ることも、できるだけ楽しむようにしていたが、いつも心のどこかに、どうにもならない小さな苦しみがへばりついていた。

そうしているうちに、古い価値観に固執していたからかどうかはわからないが、数年後にその職場はM&Aであっさり消滅し、そのため、自分も会社都合で退職することとなった。
そして、せっかくの機会なので「誰がなんと言おうと黒猫は黒猫だと言える職場」を探してみることにした。日本にあるのか、そんなん。



勤労意欲がやや乏しいので、今年も年末ジャンボを買いました。
次回の投稿の文脈があまりにも乱れていたら、高額当選を疑ってください。

メリークリスマス。そして、よいお年を。

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