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禍記②

 結局旅行を諦めた私はもうどうにでもなれ と思っていた。
 私の職場は人が密集しており、対策らしい対策といえば当時は消毒用のアルコールが設置とドアを開けて換気をしておくくらいがせいぜいだ。働いている人の間でも「誰かかかったらもうアウトだよね」といつも言っていた。
 もう休みになっちゃえばいいのに という話すらお決まりの冗談として使われていた。人命軽視、業務優先の我が職場。休みになることなど到底無理だろうと誰もが思っていた。

 そんな職場も、さすがに罹患者が出れば動かざるを得なかった。とうとう出た。出たのだ。同じフロアで陽性者が。話は瞬く間に駆け巡り、とにかく消毒のためフロアの一時閉鎖が決定した。足元を縛っていた縄が解かれたような、そんな気分だった。しかし、存外うれしいという気持ちはなかった。「これは本当にまずいことになったのでは」という不安しかない。
 あのときと同じだ。3.11のとき。私は職場を出るまで「大きな地震だったな」と楽観視していた。揺れは大きかったけれど、大きな被害もなかったから。その後駅が人で溢れかえっているのを見て「ただごとではない」と気付き、ニュースを見て愕然とした。その時と同じくへらへらしている自分の後ろから鋭い蹴りを入れられたような気分だった。

 その後も出社に制限がかかり、週の半分くらいを自宅で待機して過ごすこととなった。根が引きこもりなので、苦にはならなかったが、先行き不安と出社人数制限によって出社した時の負担があまりにも大きくかなりのストレスとなった。
 暇を持て余している間何をしていたかというと、スキルアップなどするつもりはさらさらなく、アニメを観ていた。プリパラである。
 プリパラは女子児童向けのアイドルアニメだ。元は筐体のリズムゲームであり、メインテーマやキャラクター、ブランド名称は変わりつつもプリティシリーズとして今年で10周年を迎える長期シリーズのうちの一つだ。語り始めればすごく長くなりそうなので割愛するが、要は明るく楽しく、好きなものを好きであることが肯定され、信じ続ければ夢は叶うというお話。頭のネジ外れてるとしか思えないギャグも作品の味だけれども、とにかく底抜けの明るさが不安の中の小さな灯りになった。それも結局はただのごまかしでしかない。問題は何一つ解決しない。ただ少しだけ、疲れた心にそっと寄り添ってくれるようなそういう存在だった。
 それからも大きな波が来るたびに環境が変わっていく。まさか自分が在宅で仕事をすることになるとは思いもしなかった。緊急事態宣言が解除されて自宅待機することはなくなったが、いまでも在宅勤務は継続している。 波の行き着く先はどこになるんだろう。

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