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【画廊探訪 No.165】偽札に彫り込む嘘と真    ――若井真由夏 銅版画展「Trace ―刻印― 」Oギャラリーに寄せて―――

偽札に彫り込む嘘(うそ)と真(まこと)
――若井真由夏 銅版画展「Trace ―刻印― 」Oギャラリーに寄せて―――

襾漫敏彦

抽象は、アブストラクトの訳語である。アブストラクトのアブabは、本来の場所とは、違う所でという意味を含んでいる。抽象とは、現実、実在とは違う場所でストラクト、構成するから抽象なのであって、真実とは限らない。観点をかえれば、美術は全て抽象とも、いえる。


若井真由夏氏は、自分を包みこむ情感を、銅版でトレースする作家である。彼女は美大でデザインを学び、求められるもの、求めるものを知った。そして、ヨーロッパ、フランスに渡り、その地で銅版画を学び、アルジェリアに渡り版画制作をはじめた。異国の地、内向的な性格をもつアラブの人の中で、古いビルの一室のようなくすんだ空気に屈折する光の下で身体の記憶を抽象、アブストラクトしていく。



若井は、形をつくるためにエッチングのシャープな線を刻んでいない。擦り削るようなグラデーションの色彩に方向と段差を加えるように欠落させるように印していく。それは、カスバの街の土壁の間を下へと降りていく狭い階段を歩く彼女の心持ちを表しているのかもしれない。


アブストラクトのアブは、アブダクションのアブでもある。アブダクションは、仮説形成であり、ぼんやりとしてわからないものに言葉をあてたり、定規をあてるようなものである。同時に、拉致、誘拐の意味もある。
個性に社会性のオブラートをかけて、デザインは意味をもつ。具象性から離れて、社会性と商品性が問われるデザインの世界から、若井は、個性を重んじるサーカスのような場所を通過して、私しかいない場所に連れていかれた。運命が拉致したその一室で、若井は偽札の原盤を刻むように銅版をつくる。自分の身体が受けとめたものを知性の力で再構築する。それは、どこにもない風景の中に、誰もが感じた風を吹かせることかもしれない。

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若井真由夏さんの正規のWEBサイトは見当たりませんが、ネットではいくつか画像とともに情報もでています。

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