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大切な時間だった

3月末をもって仕事を辞めなければならなくなった。

最後の日には、転退職する人のためにお別れ会を開いてもらった。
私の職場は、教育の場だった。
企業と違って利益を追及するものではなく、人を育てるところ
人を育てることに魅力を感じる。
そして、自分自身も育てて貰っている。


私は、資格を持っていないけど、そこにいる人は先生と呼ばれる。
いつも話しかけてくる子、
体当たりしてくる子、
悪態つく子、
甘えてくる子、
色んな子供がいた。


悪態つく子の中でも野生の動物のような子供がいて、1年かけて人間らしく変わっていった子供がいた。

私を見るたび、「ババァ、デブ、死ね」という言葉が当たり前のように出る。

私以外の人もそう言われなかった人は、少ない。

人って環境や周りの接し方、愛情のかけ方で、全く違うものに生まれ変わるものだと感じる1年だった。


職場の先生方は、愛情を持って丁寧に子供に分かりやすく、誉める時は誉めて、悪いことをすればきつく叱る。

指導のしかたは一貫しているけど、子供に合わせた言葉のかけ方をしたり、何度も指導される子供であっても根気よく指導を入れる。

感情で怒るのではないところがプロの技だと思う。

シンプルなことをしているだけなのに、子供の成長がよく見えるのが不思議だった。


そんな教育現場で幼少期から小学校中学校までは、些細なことでも人格形成に大きな影響を与えるものだと改めて痛感した。


家庭環境、親の接し方で子供の全てが変わってしまう。
だけど、教育現場でもきちんと向き合えば少しずつ変わっていく。
家庭と学校というのは、連携を持たなくてはならない。


PTAは、要らないと考える人が多い。
役員は、めんどくさい。
というのは、大衆の考えと感じるけど、これをうまく機能させていかないと本来の意味がなくなってしまう。

過去に「PTA役員になって飯を食わせてくれるか?」って、私に食ってかかってきた人がいる。
仕事に行って稼いで生活を守るのでいっぱいいっぱいだと…
確かにそう。私もそうだ。

今のPTA活動そのものが、何かの枠にはめられて行われている。
予算を取るための活動で本来とはかけ離れてる気がする。

さんざん役員をやってきたから知ってることで、疑問を感じながらもその流れに沿って活動はしてきた。

それとは別に、家庭と学校をどう近づけていって子供のためになることをしていったら良いのか?
そこを考えたいところである。
 

子供の健やかな成長には、家庭と学校の相互理解が必要で子供のことをもっとよく見る必要がある。

家で見せる姿が全てではない。

子供のことを全部わかる親はいないと思うし、私も全部はわからない。


また、親と離れて暮らす子供は、少なくはない。
そんな子供に寄り添えるのは、限られた存在だと思う。
施設に入っている子供は、親ではなく職員の人と過ごしている。
それも交代勤務が主だから関係性はおそらくドライだろう…

そこで、1日のうちの1/4を過ごす学校での教師との信頼関係は、かなり重要なことと推測する。

甘えてくる子供がいっぱいいた。
コロナ禍で距離を置かなくてはならない状況のなかで、よじ登って来たり抱きついてきたり、スキンシップを求める子供が多かった。

私は、指導の上ではいけないと分かっていながらも身体で受け止めガッチリ捕まえることにしていた。

両親が居ながらも構って貰えない子供もたくさんいた。


みんな、かわいい子供達だった。


自分の子供が容易ではないこともあり、大切に過ごしてきたつもりだ。


新6年生、あと1年一緒に過ごしたかったな…


遠くから見守ることしか出来ない。
だけど、熱い心で接してくれる先生方がたくさんいる。
とても安心だ。


泣き泣き通った通勤経路、
特別な道。
家で泣くに泣けず、車の中でよく泣いた。
職場の近くまで来て自分を立て直す。
ある場所から、気持ちが切り替わる。
不思議な道だった。


私は、次のステップへと進む

この職場での経験を今後に生かせるようにしていきたい。
仕事もプライベートも


1年7ヶ月間、大切な時間だった。
出会いに感謝。
全てに感謝

ありがとう

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