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鬱屈した日々を乗せるもの〜朝ドラ「ちむどんどん」を見て思う

現在のNHKの朝ドラ「ちむどんどん」がTwitterを賑わせていた。
内容に納得がいかない視聴者が多すぎて”#ちむどんどん反省会”なるハッシュタグがトレンドに上がっていた。
これまでも反省会タグはあったけれど、毎回トレンド上位というのは初めてとのことらしい。
私もその納得がいかないひとりで、今ひとつ登場人物の心情がうまく伝わって来ないっていうか、起きる事柄だけを追っかけているだけに思えてしまうというか。
好きなシリーズのときは毎日「朝から泣かせるなよ〜」と言いながらも満足して仕事に出かけるんだけど、今回は不完全燃焼のまま1日がスタートするようでなんとももどかしい。

なので反省会なるタグをときどき見ては、自分の不満と感じる部分の答え合わせをしていた。
登場人物が上手に描けていれば、ストーリーの辻褄が合わないところとか時代考証がおかしなところも多めに見られるものだけど、今回はその細かいところまでのツッコミもすごい。
「そんなに嫌いなら見なきゃいいじゃないですか」とのご意見もある。
もっともだ。
でも、みんなもう、突っ込むことが楽しくてやってるような気がする。
そこに、なんか連帯意識みたいなものも現れているような。
それもちょっと気持ち悪くなって、そのタグを見るのはやめた。


私の好きなミュージシャン「高橋優」の代表曲に、「こどものうた」というのがある。
タイトルこそ可愛いけど、登場するのは女子高生にセクハラする教師や我が子を虐待するママ。
その「悪いやつ」に対してキレろ、生き抜け、と絶望に立ち向かう内容の曲だ。
乾いたギターのイントロですぐにわかるので、ライブでは「キターーーーー!」って感じでみんなノリノリの大興奮。


でも、なんであの曲で盛り上がれるんだろ?って、ライブが終わってからいつも思う。
決して楽しい歌じゃない。
確かにメロディは激しくて高橋優の歌もキレキレだけど、みんなそれほどセクハラや虐待にこだわっているとも思えない。
思うに、私たちはその曲に自分たちの「満たされない思い」「鬱屈した日々」を重ねているんじゃないか。
給料が安い、仕事が辛い、学校行きたくない、親が毒親、などなど。
「悪いやつを蹴飛ばせ」って歌に載せて、自分の不満をそのときだけでも吹き飛ばしてるんじゃないかな。
そしてそうできることが、歌の持つ大きな力ってやつなんだろう。


私は「ちむどんどん」にも、もしかしたら気づかずに自分の鬱屈を重ねてしまっていたのかもしれない。
気持ちが悪くなったのは、叩いて同調することで安心してしまう雰囲気を感じたからだろう。
大勢が叩いているから自分もそうしていいわけではないし、勝手に自分の鬱屈を乗せていいわけでもない。
なんとなくいじめの構造にも似てる気がする。
乗っかるものが外国人や違う思想に対するヘイトとかだったら、絶対に許されないことだ。

自分の抱える不平不満や鬱屈を、他の何かに便乗してそれを叩く方法は違うと思うな。

ということで、とりあえずちむどんどんに関しては、時計がわりと割り切って淡々と見ることにする。











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