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【美術ブックリスト】『学芸員しか知らない 美術館が楽しくなる話』ちいさな美術館の学芸員 著

【概要】
匿名の著者は、都内の美術館に勤務する現役の学芸員。一般には知られていない美術館学芸員の日常業務をひとつひとつ丁寧に記している。展覧会ができるまでの苦労や葛藤、図録製作に必要なデザイナーや作品の搬出搬入業者、修復家といった仲間との連携まで、細かく説明。雑芸員と揶揄されるその仕事について、誇りをもちつつも、功罪を意識して語っていたりする。

【感想】
もともとこのサイト「note」の記事だったものを、出版社からの声かけで書籍にまとめたものらしい。もとのウェブの記事にいくつか当たってみたら、確かに該当する記事が見つかった。

文章から分かるように、著者は地方の美術館に勤務したあと40歳で都内の美術館に転職してきたらしい。内容から察するに専門は日本美術のようだ。内容はとても分かりやすい。文章もとてもこなれていて硬くなく、ときどき本音も覗かせて好感がもてる。私も知らないことがたくさん説明されていてためになった。

キュレーターというとかっこいいけども、実際には学芸員の仕事は地味。それを自虐することなく、またかっこつけることもなく、内幕をさらすようなこともしない。ただ淡々と自分の仕事を解説しながら、業界の仕組みやそれについての感想をのべていく。

もともと東京国立近代美術館の学芸員で、のちに府中市美術館館長をつとめた本江邦夫さんが、学芸員とは10年も20年も地味な事務作業をやり続けた先に、少しだけ自分の意見をいえるようになり、そのあとやっと温めた企画を出せるものだと言っていた。私の知り合いでも外見のクリエイティブな印象と業務の内実とのギャップに耐えられず、数年で辞めていく人を複数知っている。この著者は、学芸員の現状に問題や改善点を感じつつも、批判ではなく、なんとかよりよくしたいと思っていることが伝わってくる。

批判的な記述があるとすれば、本の最後のところで「ファスト教養」を話題にしたところくらい。美術が「教養」として扱われ、何か役に立つもののように思われることには反対して、はっきりと「美術は役に立たない」と宣言している。

本書は美術をビジネスに使える教養と考える人や、アート思考を身につけようという人が読んでも期待に沿わない。本気で学芸員になりたい人、原田マハの小説にでてくるキュレーターって本当はどうなの?と疑っている人が読むと実態が分かるはず。

著者のnoteは以下。

産業編集センター 216ページ 四六判変型 1,600円+税

【目次】
第1章 一つの展覧会ができるまで
第2章 学芸員という仕事の舞台裏
第3章 美術館をもっと楽しむためのヒント
第4章 美術館をささえる仲間たち

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