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【美術ブックリスト】『ピカソになれない私たち』一色さゆり著

著者は東京藝術大学芸術学科を卒業し、香港中文大学大学院を修了。学芸員の仕事をしながら2015年「神の値段」で第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞してデビューしたらしい。

本書は2020年の書き下ろしで、「日本で唯一の国立の美術大学」という架空の大学で、絵画を学ぶ学生たちを描いた青春小説。
アーティストを夢見ながらも挫折するもの、就職に切り替えるもの、あくまでアートを目指すものなどさまざまな学生の群像劇を通して、才能とは何かを描く。
いくつか事件はあるけれども、中心となるのは美術を続けることの意味をそれぞれが考えて自分なりの答えを見つけていく姿だろう。
ここまでが概要。

ここからが感想。
高圧的ながら教授が真摯に学生に正論をぶつける場面を描いた冒頭8ページで、実際の美術教育の現場を知っている人が書いていることが分かった。と同時に、学生の考えの甘さや世間知らずなところもリアルに描写されている。保身だけの教授やアカハラまがいの教授の描写も的確。
よく言えば美大生のリアルを描いている。悪く言えばありきたりの日常すぎて、ストーリーとしての展開に乏しい。
私自身は一般大学に通ったので美大を体験していない。よって本当の意味で美大生の生態はわからない。けれども彼らのものの考え方、発想の仕方はある程度知っているつもりだ。そうではありながら彼らに共感できる部分は少ない。むしろ登場する教授の方に強く共感しながら読んだ。

「描いたこと、伝えたいことに責任をもて。理解されなくてもいいとか、自分の世界にこもっていればいいとかいう考え方は早く捨てることだ」
「難解な言葉をこねくり回す理論書は捨てろ」
「自分の絵を描け、自分だけの絵を」

これらはすべて教授が学生に放った言葉で、冒頭からどれも感動するほどに直球の言葉。それに対して学生たちは理解できなかったり、反発したり、なんとか食らいつこうともがいたりしていく。

私にも同様の経験がある。学生や若い画家と話していると、こうした当り前のことが分かってない人によく出会う。しかしそれは単なる世間しらずにすぎない。
行き詰まった一人が、「芸術なんて、人を不幸にするだけじゃん」というセリフがあるが、これなどは美術以外の世界を知らないひとの言葉だと思う。

そうした学生に対して、これまで誰も美術の意味を教えたり但したりしなかったことのほうにも問題があるように感じた次第。

その意味で、本書はぜひ美大生たちに読んでもらいたい。

254ページ 1480円 幻冬舎


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