ケインズの巻 前半

 美術品も商品ですから、消費されると同時に投資の対象ともなり、さらに投機の材ともなります。どうやら現在は、この投資と投機に魅力を感じてアートに近づく人たちが多くなっているようです。先月の「週刊東洋経済」の論調、アートフェア東京に現れた前澤チルドレンのような人々、アートオークションに参入してきたビジネスマンなどが具体例であり、その背景には数年前からブームとなっているビジネスマン向けアート本の存在がかかわっているようです。

 ビジネスマンを含む多くの人がアートに興味を持つのは大変いいことだと思います。問題は美術品は当然ながら美的な側面と経済的な側面があるのですが、立場によって一方しか見ないことが多く、話がかみ合わないのです。美術畑の人たちは作品の値段には疎く、逆に経済畑の人たちは美的な価値を理解しないということが起こります。ですから値段が高いことがそのまま芸術性の高さと混同されたり、逆に芸術性が高いのに値段が安い場合に理不尽に感じたりすることもあります。

 それどころか美術畑の人と経済畑の人は、同じものを見ていても別の言葉で語り別の認識をしていることが多々有ります。そのいい例がイギリスの経済学者ケインズのエピソードです。

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 J.M.ケインズといえば、20世紀を代表する経済学者で、古典派経済学とは対照的に政府が積極的に市場に介入することで不況を脱することができることを『雇用・利子および貨幣の一般理論』に著しました。GDPという概念を導入したのもケインズです。また投資家としても成功し、多額の資産を築いてもいます。

 あまり知られていませんが、彼は美術品も収集していて、死後残された135点の絵画がケンブリッジ大学に寄贈されています。2017年にその作品の値動きを調べた論文が発表されました。

https://academic.oup.com/raps/article/10/3/490/5716334

 これによるとケインズは1917年から46年に絵画購入に1万3000ポンドを投じたのですが、このコレクションの価値は2013年の相場で7000万ポンドになっていたそうです。これは内部収益率10.9パーセントです。イギリス国債の同時期の収益率が1.8パーセント、世界全体の株の収益率が5.1パーセントと比べて高いパフォーマンスだったということです。

 以上の事実から、経済畑の人たちは、「ケインズの絵画投資はすごく儲かった」とまず思います。なぜか。それはケインズが高名な経済学者であることと、株式投資で成功していたことから、そのままそれを美術品投資へとスライドして考えているわけです。

 そしてさらにケインズのように美術品を購入して株のように運用すれば、儲けることができると思いこむ人も現れるでしょう。
しかしこれは経済という一面からしか見ていない「片方の真実」にしか過ぎません。

2021年3月28日

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