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【長編小説】君は、星と宙を翔ける竜 私を空に連れていく、蒼い翼


あらすじ

星間を旅する宇宙船で生まれ育った少年カケルは、故郷から逃亡し竜が棲む星に墜落する。死んだと思ったら、目覚めた時には何故か、自分も竜の姿になっていた。異形の怪物が跋扈し、危険な無人機が飛び回る異世界で、カケルは竜と人が共に暮らす国エファランに辿り着く。
エファランを脅かす無人機は、なんと故郷の船団が投下したものだった。カケルは密かに心を痛めながら、自身が生き抜くため記憶喪失の子供を演じ、エファランで生きることを決意する。
お転婆な美少女イヴや、面倒見の良い青年オルタナに出会い、新しい生活を開始するカケル。しかし、故郷の侵略の魔の手が、この星とカケルの平穏な生活を脅かそうとしていた。

第一話 竜化現象

01 失われた世界

 宇宙から見たその星の姿は、漆黒のベルベット生地に包まれた、極上の蒼玉サファイアのように輝いていた。青は海の色、生命をはぐくむ水の色だ。白は雲、灼熱の太陽をさえぎる安らぎの色。緑は植物、生命を養い地を浄化する物言わぬ生命の色。豊かな色合いが混ざりあい、光を内包した球体を成している。
 美しい。あの中はいったいどのような光景が広がっているのだろう。対流圏まで降りて、鳥の目で地上を観察したいものだ。

「かの星を浄化し、本来の姿に戻すことが、歴史を記録する司書家ライブラリアンの使命なのです。カケル様」
 
 窓に張り付いて星を眺めるカケルに、世話係がお世辞のように言う。しかし、その声には、幼児相手に言い聞かせるような気配もあった。
 カケルは十二歳の子供だ。窓硝子に映っているのは、黒に近い藍色の髪に、琥珀の瞳を輝かせた少年の姿。おとなしくしろと清潔な白い衣服を着せられたが、大層窮屈だと瞳で訴えている。

「本来の姿? 僕たちの祖先が汚したのに?」
「贖罪の意味もあるでしょう。今や地上は、人とも怪物ともつかぬ異形のものが跋扈ばっこする世界です」

 新天地を目指して旅立ったカケル達の祖先は、故郷の星に戻ってきて驚いた。
 ざっと二千年ほど留守にしていた間に、故郷の星では大戦が起きて、人間がいなくなっていた。戦争のため開発されたウイルスやらナノマシンやらが、生命を異形に作り変え、故郷は三流映画に出てくるような怪物が棲む未開の星に様変わりしていたのだ。
 さらに恐ろしいことに、故郷に戻った人々を襲ったその怪物【竜】は、人間が変異したものだと判明した。理性を持たないように見える怪物が、人間の成れの果てだとは、にわかに信じがたい。しかし、この世界ではそれが事実だった。
 船団を統括する司書家は、故郷の星の惨状に胸を痛め、一つの方針を打ち出す。
 我々が星をもとの姿に戻す、と。

「もとの姿、の定義があいまいだよね。生命は前に進みつづけている。退行したって、意味がないだろうに」
 
 カケルが子供らしからぬ落ち着いた様子で言ったのに、世話係は答えなかった。
 強引に話題を変える。

「今日は佳き日です。カケル様の魔導書アーカイブの継承の儀はきっと成功するでしょう」
「ありがとう。ごめん、途中で寄り道しちゃって」
 
 船の外が見られる場所には、めったに行けない。
 カケルは記念に見たいと駄々を言って、連れてきてもらったのだ。
 後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。
 過去の歴史を記録する司書家に生まれながら、カケルは古くほこりをかぶった遺物に興味はなかった。司書家の跡継ぎとして、数千年の記録を頭に植え付けられる儀式は、できるなら遠慮したい。
 それよりも、この息苦しい船から飛び出して、あの蒼い星を自由に冒険したかった。

 儀式は、失敗した。

 カケルの脳みそは元から出来が良くて、しばしば大人たちを驚かせていたが、出来すぎだったらしい。魔導書アーカイブを導入する脳領域スフィアの規格が通常と異なり、継承は失敗した。
 カケルは良い意味でも悪い意味でも、司書家ライブラリアンの規格外だった。

「どういたしますか?」
「……子供は、また作ればいい。それに予備スペアもいる」

 父親のアリトは何の感慨もなさそうに、カケルの脱落を受け止める。
 アリトの言う予備とは、カケルの妹フウカのことだろう。

「規格外とは珍しい。後世にサンプルとして残すため、脳だけ取り出しますか」
 
 親類の誰かが、ぞっとするようなことを言った。
 反対の声は上がらない。
 カケルは背筋が寒くなる。自分の家族が異常だということは、うすうす分かっていた。カケルだけが正常、いやこの世界では異常なのだ。

「処置が決まるまで、待っていなさい」
 
 待つ訳がない。
 自室に戻されたカケルは、逃げることにした。

「チルチル、僕の青い小鳥。基幹システム【高天原】にアクセスして」

 相棒の思考補助端末ナビゲータを呼び出す。視界の端に浮かび上がる、青い小鳥。仮想世界に接続できているということは、まだシステムにアクセスする権限を奪われていない。
 
「前に調べた、緊急脱出用の小型艇は、そのままかな?」
『検索結果照合。はい、差分の更新データはありません』
 
 見張りもいない、今のうちに逃げ出そう。
 カケルは封鎖されている扉を最上位の権限で強引に解錠し、部屋を抜け出した。
 格納庫へ行って、小型艇を引っ張り出す。
 小型艇はデータで見るよりも大きく、数人が乗るスペースがあった。二枚の翼を持った三角形の機体で、凹凸の少ないフォルムをしている。
 もちろん、幼いカケルに飛行機を操縦する技術はない。自動操縦で、目的地を入力する。
 目指すは、竜が棲む星。

「頼む、動いて……!」
 
 小型艇は存外なめらかに動き出した。
 自動でハッチが開き、射出口から飛び出していく。

『幸運を祈ります、マイマスター』
 
 青い小鳥が、視界から消えた。
 船団のネットワークから切り離されたのだ。チルチルは船団のシステムの中でしか生きられない。カケルの卓越した情報操作スキルも、船団のシステムあってこそだ。
 自分は無力な只の子供に過ぎない。
 そのことを理解したのは、迫りくる星の表面と、小型艇を追ってくる怪物の姿に気付いた時だった。

「あれが、竜……?」
 
 爬虫類に、コウモリ型の翼が生えた、巨大な生物。
 鋼の鱗が陽光を跳ね返して鈍く輝く。あの鱗は、金剛石アダマスのように硬く、吐息は溶岩より高熱で、船の外殻も簡単に突き破る。そのせいで船団は、星に着陸せず軌道上で対策を練っているのだ。
 
「ああ、これが僕に対する処置か」
 
 道理でスムーズに脱出できたものだと、カケルは自嘲する。
 脱出しても星に落ちる前に、竜に喰われる。しかし、考えてみれば、当然の帰結だ。怪物だらけの星に降りようなどと、カケル以外の誰も思い付かないだろう。
 自殺行為を、誰も止めなかった。
 それが、この結果だ。

「死にたくない……っ!」
 
 アラートが鳴り響く小型艇の中、カケルはただそれだけ願って、眼を閉じる。
 画面に大きく映し出される、竜のあぎと。
 真っ暗になる視界。

 星の表面を覆うのは頑丈な岩石圏リソスフェア
 人の皮膚の下を血脈が流れるように、地表の下、岩流圏アセノスフェアには真っ赤な溶岩マグマが流れている。
 さらに星の中心部へ深く深く潜っていくと、そこには翼を畳んだ太古の生き物が眠っている。
 どんな鉱石よりも硬い鱗を持ち、食物も空気も必要としない生き物。
 彼はゆっくりとまぶたを開ける。
 心の底まで見通すような、黄金の瞳がカケルを一瞥いちべつした。

02 変身

 この体は竜に飲まれて胃の中で消化されたのだろうか、それとも船の残骸もろとも、大気圏落下中に燃え尽きたのだろうか。
 
『痛たたた』
 
 痛覚があるということは、生きているということだ。
 身を起こそうと体をひねると、何か感覚が違う。呻いた声も、ひゅうひゅうと掠れた吐息になった。
 真下に水溜まりがあり、覗き込むと怪物の姿が映っていた。

『り、竜?!』

 驚いて後退すると、水溜まりの中の竜も驚いて跳び跳ねた。
 ばちゃりと水滴が散る。
 全身が水に濡れていた。
 カケルは呆然とする。見上げると、どこまでも青い空が広がっており、視線を降ろすとカケルを中心として大地に穴が空いていた。穴には水が溜まっている。どうやら上からシャワーを掛けられたようだ。
 本物の空を、初めて見た。船の中には、投影された偽物の空しかなかったのだ。天から降る水は、雨だろうか。
 深呼吸すると、風の匂いがした。
 種類が分からない植物の香りも。
 カケルは、その非常に出来が良いと言われた脳を、一時的に思考停止させた。いくらなんでも、受け入れるには時間が掛かった。
 水溜まりを覗き込み、首を振ってみる。
 水面をそっとつつくと、波紋が広がった。
 恐る恐る見下ろすと、右手は蒼い鱗が覆われ、鋭い鉤爪が付いた怪物の手に変じていた。

『僕は、竜になったのか』
 
 誰も答えてくれない。だが、それが正解だと、カケルは理解した。
 竜化は移る病だったのだろうか。確かに、星にいた人間たちは、大戦の影響で怪物【竜】になってしまったと聞いているけれども。まさか、星に降りただけでそうなってしまうとは、知らなかった。
 水溜まりに映り込んだ自分の姿を、じっくり観察する。
 鱗の色は、青色。
 カケルの大好きな青い小鳥の色だ。
 うむ。
 これは中々、幸先が良いのではなかろうか。
 鼻先がしゅっとしており、尻尾は長くしなやかだ。額の二本の角は、磨かれた銀色に輝いている。よく見ると格好いい竜の姿だ。怪物は怪物でも、悪くない部類である。

『この翼で、空を飛べるのかな』
 
 コウモリ型の翼を動かしてみたが、体が浮く気配は無かった。
 空を飛べるというのは大きなアドバンテージだ。これから、この地で生きていくにあたり、助けになるだろう。飛行訓練をせねば。
 この時点で既に、カケルはだいぶ前向きだった。
 元より、帰りたい場所はない。家族の中で、カケルは一人異分子であった。司書家ライブラリアンの使命にも興味はない。昔から興味があったのは、窓の外の世界だけだった。
 であれば、この未開の大地で一人生きていくのも、別に構わないではないか。
 

 カケルは翼を引きずり、移動を開始した。
 竜がペタペタ歩くのは珍妙だが、飛べないのだから仕方ない。食べ物を探して歩き回る。ものは試しに、緑色のボールのような果実をかじってみたが、美味しいと言えなかった。
 しばらく歩き回り、歩き疲れて木陰で眠った後、腹が空かないことに気付いた。この体は補給を必要としていないらしい。
 空を見上げると、天高く舞う竜の姿が見えた。大地を這っているのはカケルだけのようだ。同種の生物と会話してみたい誘惑に駆られたが、友好的に接してもらえるのだろうか。同じ人間ですら、同じ種族というだけでは仲良くなれないのに。いや、第一、竜のいるあの高い空まで昇っていけない。
 飛行訓練しなきゃ。でも、どうしたらいいだろう。翼をバタバタして、ピョンピョン跳ねてみたが、全然飛べる気がしない。おかしいな、翼の面積的には空を飛べる大きさだと思うのだが。
 小さな動物や虫が、カケルのそばをチョロチョロ走り抜けていく。
 木の枝から果実をむしって地面に置くと、栗鼠りすのような生き物が寄ってきて果実を食べた。可愛い。
 付近に、カケル以上の図体の大きい生き物は、見当たらなかった。危険がないことは幸いだが……。
 何日もペタペタ歩いて、やっと見晴らしのよい場所まで来た。
 断崖絶壁の上に登り、はるか遠くまで眺望する。
 乾いた大地と、奈落まで落ちそうな深い谷が延々と続く彼方かなたに、シャボン玉のような淡い光の球体が見える。あれはいったい何だろう。まるで大地に転がった水晶球のような、あるいは地面にひっくり返ったお椀のような。

『もしかして、これが寂しいって、気持ちなのかな』
 
 そのシャボン玉を見ている間に、カケルは何故か不思議と切なくなってしまった。それは一種の予感だったのかもしれない。シャボン玉の正体を、第六感で気付いていたのかもしれなかった。
 人間と会話しないと、言葉を忘れてしまいそうだ。
 人間として生まれてきたのに、野の獣として生きる意味はあるのだろうか。思考を忘れ獣と化した自分は、はたして自分と言えるのか。

『いけない、いけない』

 暗い思考に陥りそうだったので、首をふるふる振って追い出す。
 まだ空を飛んでいないのだ。
 後悔するのは、飛んでからでもいい。

『あそこまで、行ってみようか』

 目標を立てるのは、カケルの趣味みたいなものだ。
 あのシャボン玉の前まで行く。
 空を飛ぶ方法を見つける。
 当面の目標は、それでいい。
 こうしてカケルは、ペタペタ、ペタペタ、また何日も歩いた。
 シャボン玉はなかなか大きくならない。実は、相当大きいシャボン玉だったのだと、近付こうとして初めて気付いた。なかなか手強い目標だ。
 まあいい、のんびり歩いて行こうと、この時は思っていた。
 しかし、想定外の出来事が起こった。
 空から、女の子が落ちてきたのだ。
 いや、正しくは女の子の乗った飛行機が、目の前で墜落した。

03 そして、君と出会う

 空から落ちてきたのは、一人乗りの飛行機だった。資料でしか見たことのない旧式、大気圏内しか飛行できないやつだ。機械式エンジンを積んでいるらしく、うるさい駆動音がした。
 草むらに不時着した飛行機は、翼が折れて大破した。
 カケルは近くの木陰に隠れ、飛行機を恐る恐る観察する。竜の体は大きいが、それでも首を下げて屈めば、森の中にすっぽり入る。
 さっき、女の子の声が聞こえた気がした。竜の体は、視覚も聴覚も人間より優れているらしい。遠くのものが見えるし、僅かな音の輪郭がはっきり聞こえる。竜の目と耳の性能が良いので、近付かなくてもいいのが幸いだった。カケルは遠くから飛行機の墜落現場を凝視する。
 人間が乗っているのだろうか。
 この星は怪物が棲むばかりだと、大人たちから教わっていた。人間がいるとは聞いていない。

「……やっぱり部品を組み上げただけじゃ、うまくいかないか。直せないかなぁ」
 
 女の子の、鈴を振るような可愛い声がした。
 息を飲んで見守るカケルの前で、大破した飛行機の中から、少女が這い出てくる。
 あれだけ派手に不時着したのに、少女は元気そうな様子だった。
 作業用つなぎ服を着ているのが遠目で見て取れる。
 少女が光の下に立つと、彼女の明るいストロベリーブロンドの髪が輝いた。まるで蜂蜜を溶かして苺ジャムを混ぜたみたいな色と透明感の、綺麗な髪だった。
 少女は残骸になった飛行機の周囲をうろうろしたあげく、がっくり肩を落とした。

「無理そう……歩いてエファランに帰るしかないのかしら」
 
 飛行機を見つめて難しい顔をしていた少女だが、覚悟を決めたように顔を上げた。

「よし。頑張って歩こう!」
 
 いやいや、待って。
 カケルは心の中だけで突っ込んだ。
 こんな未開の大地を子供一人で歩くのは無謀だと、カケルにだって分かる。今カケルは大きな竜の姿だから安全だが、もし人間の子供のままなら途方に暮れていただろう。地面は凸凹でこぼこで岩も転がっており草ぼうぼう、まともに歩けたものじゃない。
 女の子が移動を始めたので、カケルはこっそり後を付ける。
 どこへ行くのか、非常に気になった。

 少女の後を追跡しながら、カケルは彼女と会話したくて思い悩んだ。人間がいないと聞いていた星に、人間がいたのだ。どういうことか、聞いてみたい。
 カケル自身、気付いていなかったが、人恋しさのせいもあった。独りになってから、まだ数日。孤独に慣れるには、短い期間だ。
 しかし、少女に直接話しかけるのは、気がひけた。
 今のカケルは、正体不明の怪物の姿だ。いや、そこそこ格好いい竜か? どちらにせよ、少女に怯えられたり敵視されたりしたらと思うと、足がすくむ。
 したがって、少女を捕捉できる遠方から、こっそり這って付いていくしかなかった。ペタペタ歩きがずるずるになった。そろそろ飛びかたを知りたいところだ。でないと、竜じゃなくてモグラになってしまう。
 カケルと違い、少女はテクテクと思いのほか、順調に移動した。
 野外に慣れているのか、岩を乗り越えたり、草むらを押し退けて進むのも、お手のものだ。それに体力もある。一日ずっと歩き続けても、へっちゃらなようだ。カケルの方が途中で疲れて休憩したりした。
 少女の目指す先には、例のシャボン玉がある。
 あれは、人の住む場所なのか?
 好奇心は尽きない。
 その夜、少女は谷底でキャンプを行った。枯れ木を集めて、「灯火ライト」と言う。すると、何もない空中に小さな火が現れた。カケルは息を飲む。あれは魔導ソーサリーだ。科学の進歩により、限りなく魔法に近くなった、現実を書き換える術式プログラム
 なぜ魔導ソーサリーと判断したかというと、少女の手元に銀色の文字が一瞬流れたからだ。魔導は魔法と違い種も仕掛けもあるので、ネットワークを通してダウンロードされた術式プログラムが可視化される。
 もう少し、近寄って確認したい。
 カケルは谷底に降りようとした。しかし、竜の巨体は隠密行動に向いていない。石を蹴ってしまう。小石が転がる音が、やけに大きく響いた。

「誰?!」
 
 少女が警戒する。
 遅まきながらカケルは身を小さくして、見つからないよう祈った。
 その鼻先を、蝶々がふわっと通りすぎる。夕焼け色の揚羽蝶スワロウテイルだ。
 花の甘い香りが風に乗って広がった。

自壊虫ワーム……!」
 
 少女が緊張した様子で呟く。
 足音がして、向かいの崖の上から、獣が飛び降りてきた。
 着地した途端、獣の足は折れる。
 しかし、その獣は気にした様子もない。
 何の種類の動物だろう。カケルは眼を凝らし、その獣を観察する。四足獣と思われるが、体のあちこちが破損し、毛皮は汚れ傷痕が目立つ。真っ赤な肉が見えているのに、獣は痛覚を持っていないようだ。傷口から腐敗が始まっている。獣の周囲には、蝶々が数匹燐光を撒き散らしながら、ひらひらと飛んでいる。
 獣は、少女に襲いかかろうとしていた。
 危ない!
 カケルは物陰から飛び出した。
 跳躍して、少女の前に降りる。そして、尻尾をふるって獣を弾き飛ばした。
 獣は岩にぶつかって痙攣し、動かなくなる。
 蝶々が獣の周囲から離れ、空に舞い上がって去っていった。

「竜……?」

 少女が呆然とカケルを見上げる。
 しまった。見つかってしまった。
 カケルはじりじり後退りし、少女から離れようとした。

「待って!」
 
 少女が呼び止める。

「命の恩人に、お礼くらいさせてくれない?」
 
 逃げようとしていたカケルは、その声に立ち止まり、恐る恐る、少女を振り返る。
 こちらを真っ直ぐ見つめる少女の瞳は、カケルの大好きな晴空ブルースカイの色をしていた。

04 少女と竜

「あなたの名前は?」

 カケルは尻尾で地面に名前を書こうとしたが、尻尾を数度振ってから前脚の方が動かしやすいと気づいた。というか、なぜ尻尾で字が書けると思った。
 しかし、前脚で地面を削る前に、少女は待つのに飽きて次の質問に移っていた。

「あなた、エファランの竜だよね?」

 エファランって、どこ。
 首をかしげた竜に、少女は溜息を吐く。

「遭難して、どこか壊れちゃってるのかしら。機械じゃあるまいし」
 
 事実は当たらずも遠からずだ。
 尻尾をぶんぶん振るカケルを見て、少女は無難な結論を出した。

「うん。つまり、私と同じ、迷子ね」
 
 その通り!

「一緒にエファランに行こうか」
 
 自分がそこに行って、受け入れてもらえるのだろうか。
 カケルは不安に思ったが、どちらにせよ少女の行く末が気になるので、手前までは一緒に行こうと考えていた。
 ここで別れて、この子が途中でさっきのような獣に襲われでもしたら、寝覚めが悪い。
 身をかがめて翼を折り、少女に背中を差し出す。

「乗っていいの?」
 
 むしろ乗ってもらった方が都合がいい。
 カケルの竜の体は大きく、隣で歩く少女をうっかり踏みつぶしかねない。
 少女は戸惑いながら、竜の背によじ登る。
 背中の付け根あたりにぬくもりを感じて、少女がそこに落ち着いたことが分かった。
 少女が呟いた。

「あたたかい……」
 
 その言葉は、カケルの感想でもある。
 空には、穴の開いた月が浮かんでいる。大昔の戦争で、月の資源が使い尽くされ、あげくのはてに遠距離砲撃が当たって穴が開いてしまったらしい。月の歪みも、この星の生態に影響を及ぼしているとか、いないとか。しかし、今はどうでもいい話だ。
 今も昔も変わらない月光が、一人と一匹を優しく包み込む。
 この星に落ちてきて、初めて感じる心地よい沈黙が、カケルを眠りに誘った。

 一人ではなくなった。
 少女はカケルの背で眠った。翌朝一人と一匹は、虹色のシャボン玉目指し、ペタペタ地面を歩きだした。
 
「ねえ、なんで飛ばないの?」

 飛び方が分からないんだよ。
 カケルは心の中だけで返事した。そして、立ち止まって翼を上下させてみる。
 少女は、カケルの翼を小さな手で撫でた。

「翼は傷ついてない。飛べるんじゃない? ねえ、あそこの崖から飛び降りてみようよ!」
 
 えぇ。それ失敗したら、君が木端微塵だよ。
 カケルは困ったが、少女のキラキラした眼差しで見つめられると、試してみてもいいかもと思う。
 ただし、失敗しても着地できそうな、低い崖で試すべきだ。
 手頃な崖を探しながら、再びペタペタ歩き始めたカケルの背で、少女は鼻歌をうたう。
 のんびりとした旅だった。
 少女は携帯食料を持っているらしく、当面、食べ物を探しに行く必要はなさそうだ。カケルは乗り物に徹した。途中で雨に降られて木陰に頭を突っ込んだり、休憩がてら、日向ひなたぼっこして眠くなったり。
 
「ここから砂漠か……」
 
 しかし、のんびりしていられたのは、二日だけだった。
 森と丘が連なる地帯を抜けると、空気が乾いている。
 草木は少なくなって、やがて砂の海が始まった。
 例のシャボン玉まで近くなっているのに、その前には砂漠が待ち構えているとは。

「飛ばないの? 飛べないの?」
 
 少女に聞かれ、カケルはしょぼんと首を垂れる。
 飛べたら砂漠を渡るのは楽だ。
 項垂うなだれた竜の様子に、少女は答えを悟ったらしい。
 拳を握って意気揚々と宣言する。
 
「よし、歩こう」

 歩くのは僕だけどね。
 カケルは、さくさくと砂に足を踏み入れた。
 表面がさらさらの砂の上に、足跡と尻尾を引きずった跡が刻まれる。それは風に吹かれてすぐに元通りになった。
 しばらく砂の上を歩いた。
 
「なんだか雲行きが怪しいわ」
 
 少女が空を見上げて言う。
 風が強くなってきた。
 砂が空中を舞い始め、見通しが効かなくなる。
 
「あの岩陰に隠れよう!」
 
 前方に、垂直な岩の塔が立っている。
 風を避ける場所を探して、カケルは少女と共にその根元へ駆け込んだ。岩の根元には洞窟のような、空洞がある。
 少女が魔導で灯りを付ける。
 すると暗闇の中に、巨大な骸骨の姿が浮かび上がった。

「ひぇっ」
 
 少女が驚いて声を上げる。
 その骨は、人間のものではなかった。
 しかし、犬や猫など獣のものでもなかった。それにしては、あまりにも大きすぎる。頭部は鼻先に向けて尖り、額から角が生えている。あばら骨はアーチのように床から屹立していた。
 竜の骨……?
 カケルは持ち前の勘の良さで、その正体に気付く。同時に、身の危険を感じた。このような巨体を持つ竜が死ぬほどの脅威が、ここにあるということである。
 ここを出た方がいい。
 外の砂嵐の方が、まだマシかもしれない。
 カケルは回れ右をしようとしたが、少女が「待って」と肩を叩いた。

「この竜の骨! もしかするとここに、いなくなったお母さんの手掛かりがあるかもしれない!」
 
 なんだって?
 
「ねえ、この岩の中を調べさせて! お願い!」
 
 背中にいる少女の顔は見えないが、必死に言っていることが伝わってくる。
 カケルは退避しかけた首を戻し、骸骨の虚ろに窪んだ眼窩と視線を合わせた。竜の骨は、カケルにお前はどうする? と問いかけているようだった。

05 空へ

 砂嵐を避けるために隠れた洞窟で、竜の遺骸を発見したカケル達。危険を感じたカケルは外に出ようとするが、それを引き留めたのは背中の少女だった。

「……お母さんは、飛行士だった。ある日外に巡回に出て、戻ってこなかった。一緒にいた竜も行方不明だから」
 
 少女が呟く。もしかして彼女は、いなくなった母親を探して、飛行機で空を飛んでいたのだろうか。母親はまだ生きていると考えている?
 だが、こんな危険な場所を徘徊して、見つかるかどうか分からない少女の母親の遺品を探すのは、どう考えても無謀だ。
 カケルは心を鬼にして、岩陰から出ようとした。
 その時、ふわりと甘い香りが漂う。
 闇の中を、輝きながら飛ぶ、夕焼け色の揚羽蝶スワロウテイル

「まずい! ワクチンを持ってきてないのに」
 
 少女が荷物を振り回して、蝶を追い払っている。この蝶は、毒でも撒き散らしているのだろうか。カケルは少女と遭遇した時の状況と照らし合わせ、蝶がなんらかの害になっていると判断する。
 蝶の群れは、外から入ってきた。
 カケルはやむなく、入ってきたのとは別の出口がないか、探すことにした。
 瓦礫を踏みしだきながら歩き回り、空気の流れを読む。
 すると、奥に階段があることに気づいた。
 平らな床に、規則性のある石段。ここは人の作った建物の中。遺跡だ。
 首だけ後ろに振り返ると、蝶々の群れが追ってきている。どうやら狙いは背中の少女らしい。少女はおびえた表情で蝶を見ている。
 意を決し、カケルは階段を駆け上った。
 しかし、竜の巨体に石段が耐えられなかったらしく、足元に穴が開く。
 カケルは咄嗟に背中の少女を折りたたんだ翼で保護し、勢いをつけて跳躍して、建物の二階に上がった。その衝撃で階段が崩れる。床の一部が崩落し、それは蝶の群れを巻き込んだ。この破壊行為の、唯一の嬉しい成果だった。
 少女が付けていた灯が消える。
 しかし、真っ暗にはならない。
 建物の中は暗闇だが、二階には窓があり、外部から砂と光が格子状に射し込んでいた。

「……」
 
 大丈夫?!
 カケルは首を回して、背中の少女を見る。
 そして、少女がぐったりしていることに気づいた。息が荒く、体温が高くなっているように感じる。やはり、先ほどの蝶は毒を撒き散らしているらしい。
 どうすればいいのだろう。
 言葉が通じたら、どうすればいいか、少女に聞くこともできるのに。ワクチンがどうと言っていたし、少女の方が状況に詳しそうだ。
 死なないで。
 僕をひとりにしないで。
 カケルは動揺のあまり叫びだしそうな気持ちを、ぐっとこらえた。
 
「……自壊虫ワームは、体を壊す毒を持っている。その毒は急速に変異するから、ワクチンは常に最新のものを使わないと」

 その時、少女がかすかな声でつぶやく。
 カケルはその声を聞き取ろうと、首を必死で曲げた。

「対抗するのは、竜の」
 
 聞き取れたのは、そこまで。
 少女は意識を失ってしまっているようだ。
 竜の、なんだ?
 カケルは考える。
 ふと、足元に目を落とすと、液体がしたたっていた。
 それが自分の血だと気づくのに時間がかかった。
 どうやら階段を踏み抜いた時に、瓦礫の破片で怪我をしたらしい。痛覚がにぶくて、気づかなかった。竜の鱗は、思ったより柔らかい。それとも特定の条件で硬くなるのだろうか。

 そう、血だ。

 カケルは、はっとひらめく。
 ワクチンとは、わざとウイルスを患者とは別の生体に取り込ませ、弱毒化したものを取り出したものだ。弱くなった毒を摂取すると人体は免疫が作られ、その毒に対して耐性を得る。
 同じように揚羽蝶スワロウテイルに接しても、カケルは無事で、少女は昏倒した。
 竜はこの毒に対して強い。その体内で、毒は弱くなっているに違いない。
 鼻先で自分の血をすくうと、ゆっくり慎重に、少女の口元に近づける。
 背中に首を回すのは困難なので、苦労しながら少女を床に下ろし、もう一度トライ。
 うまく飲ませたところで、短時間で効果が現れるものだろうか。
 分からないことだらけだったが、何もしないでいるより百倍マシだった。
 何回めかの試行の後、少女の口に血を含ませることに成功する。
 やれるだけのことはやった。
 少女を抱え込み、その吐息に耳を澄ませる。
 長い夜になりそうだった。

 外からの光が途絶えて夜になり、再び朝の光が射し込んでくる。
 カケルはひたすら待った。
 
「ここは……」
 
 目が覚めた? まだ、壊れた建物の中だよ。
 カケルは、寝起きでぼんやりしている少女をのぞきこんだ。
 少女は自分で水を含み、立ち上がった。水は砂漠に入る前に、水筒すいとうに補給していた。
 周囲を見回し、状況を把握する。

「外に出なきゃ。でも、階段はなくなってしまったし、あなたのような竜が狭いところで下手に動くと、周囲が崩れて生き埋めになってしまう」
 
 そうだね。カケルは心の中だけで同意する。危険な場所と分かっていて動けなかったのは、まさにその理由だった。
 
「窓は出るには小さすぎる……階段を探そう。屋上に登って、そこから飛び降りる」
 
 僕は飛べないよ?
 
「ある程度、高さがあった方が、上昇気流をつかめる可能性がある。滑空するの! それくらいは、できるでしょ」
 
 少女に言われ、カケルは覚悟を決めた。
 自分だけの命ではない。
 この子を守って、脱出しないと。
 それは胸の中に火を灯すような、新鮮な心地だった。
 少女が背中に登ったのを確認し、慎重に動きだす。床の強度を気にしながら、階段を探して登る。一階から二階まで上がった時のように、多少の踏み抜き事故は発生したが、もう下に降りないので関係ない。気にせず、ひたすら上を目指した。
 やがて、世界が昼の光に染まった。
 屋上だ。
 
「気を付けて! 火焔災厄ファイアディザスターよ!」
 
 なんだって?
 背後を振り向くと、炎の鳥のような怪物がカケルを見下ろしていた。
 火の雨が降ってくる。
 カケルは無我夢中でそれを避けながら疾走する。
 背中の少女は、首根っこにしがみついている。
 もう屋上の端っこだ。

「飛んで!!」
 
 翼を広げる。こんな時に使えないなら、翼を持っている意味がない。
 跳躍し、空に身を投げた時、空中に白い光の道が見えた。
 その瞬間、カケルは飛ぶことを理解する。
 光の道に乗ればいいんだ。
 翼を上下し、風をつかむ。光の道に差し掛かると、体がふわりと浮かび上がった。

「やった! 飛べるじゃない!」
 
 少女のはずむような声に、カケルの心も踊る。
 なんて爽快な心地だろう。
 きっと空を飛ぶために自分は生まれてきたのだ。

06 秘密を胸に

 こちらに火の球を飛ばしてきた怪物は、もう遠くなっている。
 風に乗ってすぐ飛翔速度が上がったため、危険な場所は脱していた。カケルは翼を広げ、どこまでも上昇していく。
 目の前には、鏡のように景色を反射する、シャボン玉の球面があった。表面が水のまくのように透明で淡く輝いているので、中が見えない。
 近付いてみて分かったのだが、シャボン玉の上部は蓋のように分離している。そして、その隙間から複数の竜が出入りしているのが見えた。

「今見えてるところ、あそこからエファランに入れるよ!」
 
 少女が示したのは、竜の出入り口だ。
 カケルは息を飲む。
 入ってしまえば、出ることは難しそうだ。はたして自分は、受け入れてもらえるのだろうか。
 ええい、ままよ。
 少し悩んだ後、その出入り口に飛び込む。
 人間と会いたい。話がしたい。
 この世界の秘密を解き明かしたい。
 好奇心こそ、カケルを駆り立てる原動力だ。
 
「帰ってきたんだぁ」
 
 少女の感慨に満ちた呟き。道中、泣いたり悲嘆に暮れたりしなかったが、おそらく気を張っていたのだろう。
 一方のカケルは、ホバリングしながら、その都市を見下ろしていた。
 天をく巨大な白い樹木。
 樹木の根元は湖になっている。
 そして湖を囲むように、建物が立ち並ぶ。いくつか背の高い建造物もあるが、樹木から遠ざかるほど建物は背が低くなった。その街並みの中で目立つのは、特徴的なドーム状の屋根だ。タマネギを上に載っけたような建物が、いくつか建っている。カケルはその建築様式デザインを、昔ライブラリで見た街の写真からイスラム風と判断する。シャボン玉は砂漠地帯に囲まれていた。つまり、オアシスの街を守っていたのだ。
 空には自分と同じように竜が舞っており、ちらちらカケルを気にしている気配がした。
 竜は樹木の枝に着地している。竜が着陸できるだけあって、白い木の枝は太く頑丈で、上部分が平らになっており、葉っぱや突起がなく滑らかだった。
 他の竜の着陸の仕方をよく観察してから、カケルは他の竜を真似まねして手近な枝の上に降りた。

「イブ!」
 
 人間の男が転がるように駆け寄ってくる。
 単眼鏡モノクルを掛けた、知的な印象の中年男性だ。

「お父さん」
「この、馬鹿娘が! 探索に人手をいていたんだぞ。いったい、どこに行っていたんだ!」
 
 少女の父親らしい。
 失踪した娘が戻ってきたので、慌てているようだ。

「お父さんが、許可をくれないのが悪いんだから」
「沢山の人に迷惑を掛けたんだぞ。反省の色もないのか!」
 
 大層、立腹している。
 カケルは傍観者に徹しながら「良いなあ」と羨ましく思った。
 一番に駆けつけてくれる父親。
 たくさんの人に探してもらえる、心配してもらえるイブという少女は、とても恵まれている。

「まあまあ、会長。お嬢さんが無事で、良かったじゃありませんか」
 
 枝の上に、別の男が登ってくる。

「急ぎ軍に一報入れましょう。彼らはお嬢さんの事より、侵略者のものと思われる飛行物体の調査をしたいでしょうから」
「侵略者?」
 
 イブがきょとんと聞き返す。
 
「三日前、星の外から飛んできた小さな船が、地表に落ちたんですよ。侵攻機械アグレッサーを載せている可能性があるので、空の上で竜に撃墜させたようです。お嬢さんが巻き込まれなくて、何よりです」

 それ、僕だ。
 カケルは硬直して、ダラダラ冷や汗を流した。
 ここに来て、全て謎が解けた。
 竜が棲むと聞かされていた星には人間がいて、都市国家を築いていた。カケルの生まれた船団は、星の浄化を目指していたから、遠隔操作の機械などを船に載せて星に送り込んでいただろう。その機械は何故か現地の住人に敵視されており、警戒対象になっていた。だから、星に降りる前に竜に撃墜された。

「ところで……この竜は?」
 
 イブの父親と、その部下と思われる男が揃ってこっちを見たので、カケルは内心震え上がった。
 星の外から来たと知られたら、殺されるかもしれない。

「私を助けてくれたの。記憶喪失みたい。外に開拓に出た人たちの子供かも」
 
 イブという少女がさらっと説明してくれる。
 素晴らしい説明だ。
 カケルは思わず、うんうんと頷いた。
 記憶喪失ということにして、保護してもらうのが、一番良い。自分もその説明をつらぬき通そう。

「そうか……娘を助けてくれて、ありがとう」
 
 イブの父親がそう言って頭を下げてきた。少女の説明は、疑われなかったようだ。
 助かったと、カケルは安堵する。
 しかし、頭を下げられても返礼できず、どうすればいいかと、まごまごした。
 その様子を疑問に思ったか、イブの父親は怪訝そうな表情になる。
 しかし、イブが空気を読んだように補足した。

「その竜、話せないみたい」

 またも、ナイスアシストだ。
 イブはまるで、こちらの事情が分かっているかのように、的確にフォローしてくれる。おかげで、世間知らずで話せなくても、疑われることはなさそうだ。
 少女に感謝の視線を送ると、イブはふっと笑って、悪戯っぽくウインクしてくれた。父親は気付いていない。

「なるほど。よほど危険な目にあったのだろうな。可哀想に。生存本能で、竜の姿になっている間に、言葉を忘れたのか」
 
 男たちは、カケルに同情してくれた。

「ようこそ、エファランへ。竜の少年。今から此処ここは、君の故郷となる」

 その言葉に、カケルは複雑な感慨を抱く。
 故郷は星の海に浮かぶ船団だ。
 しかし、もう帰ることはできない。ここで生きていくしかない。
 真実を隠したまま、エファランで暮らしていけるのだろうか。
 しくも、その歓迎の言葉は、カケルの境遇を見透かしたように、胸の痛みを伴って響いたのだった。

第二話~link

◇第二話:

◇第三話:

◇第四話~エピローグ:

以上です。ご拝読ありがとうございました。

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