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【長編小説】君は、星と宙を翔ける竜 私を空に連れていく、蒼い翼

前回までのあらすじ

星間を旅する宇宙船で生まれ育った少年カケルは、故郷を出奔し、乗っていた飛行機ごと、竜が棲む星に墜落する。死んだかと思ったら、目覚めた時には何故か、自分も竜の姿になっていた。
荒野をさすらった末に、お転婆な少女イヴと出会い、彼女の案内に従って竜と人が暮らす国エファランに辿り着く。
エファランは無人機の侵略に脅かされており、その無人機は故郷の船団が投下したものだった。カケルは密かに心を痛めながら、自身が生き抜くため記憶喪失の子供を演じ、エファランで生きることを決意する。

数年後、青年に成長したカケルは、学校の演習で仲間と共にエファランの外に出る。
そして、仲間の一人が魔に堕ち、怪物【氷災厄】に変わるさまを目撃するのだった。

※第二話を読み直したい方は以下からどうぞ!

第三話 ファーストインプレッション

01 帰りたい場所

 地面にぶつかった氷災厄アイスディザスターの翅が砕ける。
 重量のある竜に体当たりされたのだ。頑丈とは言えない虫の骨格では、衝撃に耐えられなかった。
 カケルはとどめを刺そうと、風を呼び起こす。
 複数の気流を縦に束ね、螺旋のように回転させると、竜巻の出来上がりだ。
 翼で煽って、竜巻を氷災厄アイスディザスターにぶつける。
 起き上がろうとしていた氷災厄は、竜巻に呑まれた。

「おいっ、阿呆竜!」
 
 地上で、オルタナが叫ぶ。

災厄ディザスターは、切り刻んでも死なないんだよ! むしろ分裂して増える!」
 
 なんだって?!
 よく見ると、地面に散らばった氷災厄の欠片から、小さな氷の蝶々が生まれている。
 竜の姿のカケルはともかく、生身の人間のイヴ達は、蝶々に取り囲まれると危険だ。

『皆、急いで俺に乗って!』
 
 カケルは地面に降りて、地上にいるメンバーを回収する。
 イヴとオルタナ、軍の士官ホロウと獣人の青年ハックの合計四人。
 竜といっても小柄なカケルの搭載制限ぎりぎりだ。

『お、重い』
「誰が重いの?」
『重くありません!!』
 
 イヴに突っ込まれ、カケルは気合いと根性、そして風の力を借りて上昇する。
 地面からある程度離れると、ゆるやかに旋回する。
 氷災厄の倒れた辺りから、じわじわと氷土が広がっていくのが見えた。この世界では、こうやって地形や気候が変わるのだと、カケルは戦慄しながら悟る。おそらく、エファランの手前の砂漠も、炎災厄ファイアディザスターのせいで出来たものだ。

「コクーンは……?」
『……』
「そう」
 
 無言のオルタナとカケルの様子に、何か察したのか、イヴが沈痛な表情になったのが気配で分かった。ホロウとハックも何も言わない。
 もう帰ってこないということを、当たり前のように受け入れる。
 外の世界に出るということは、死ぬ可能性があるということだ。
 カケルは背中に感じる、イヴとオルタナの温もりを、失いたくないと強く思った。信頼できないけれど、信頼したいと言われた。隠し事をしているカケルを、話してくれるまで待つと、そう態度で示してくれた。
 この二人は、カケルの穏やかな日常そのものだ。
 帰るべき故郷はなくても、二人のいる場所は、カケルの帰りたい場所だ。

 コクーンを運ぶ必要が無くなったこと、そしてカケルが風を操る術を獲得したことで、多少重量オーバーだがこのまま飛行できそうだった。
 カケル達は、エファランに戻ることにした。
 ここで待てというアロールの指示には反するが、氷土が広がる危険地帯に逗留できない。仕方ないと、ホロウも納得してくれた。
 こうしてカケル達は、エファランに帰投した。

 エファランは非常警報が解除され、出入りできる状態に戻っていた。
 カケルはシャボン玉の中に飛び込み、白い巨木の枝に着地する。
 ちょうど後を追うように、他の学生達や、ネムルート補給基地から帰ってきた者達も着地を始めた。どうやらアロールは氷土を見て状況を察し、カケル達との合流は取り止めたようだ。結果的に、全員同じタイミングでの帰投になった。
 竜の止まり木は、急に賑やかになる。
 カケルは竜の姿でいると邪魔になるので、竜専用脱衣場で人間に戻る。そうして、何も言われないのを良いことに、退散しようとしたが。

「カケルくんとオルタナくんは残ってくれ。聞きたいことがある」
 
 目敏いアロールに捕まり、家に帰れなくなった。
 コクーンのことを、まだ誰にも説明していない。
 いつか聞かれるだろうと思っていたが、できれば休んだ後が良かった。しかし、彼がいなくなった事を考えれば、報告は早い方が良いか。

「カケル……」

 イヴが心配そうに、カケルとオルタナを見た。
 彼女は家に帰るよう言われている。
 カケルは、もの問いたげな彼女を安心させようと、不器用な笑顔を作った。

「お疲れさま、イヴ。俺に気にせず、先に帰って」
「あなたのことを気にしてる訳じゃないわよ!」
「そう?」
 
 イヴは真っ赤になって叫んだ。
 勢いよく否定され、カケルはのけ反る。
 あれ? わりと好かれてるのかなと思ったけど。

「あの時、何があったか、私も説明が聞きたいのに……」
「明日、川原に行くよ」
「昼寝するだけでしょう?! もうっ」
 
 彼女は、ぷんぷん怒りながら帰って行った。
 なぜか隣でオルタナが深い溜め息を吐いた。

02 狙われる都市

 三人の会話を邪魔せず、アロールは待っていてくれていた。
 自分も疲れているだろうに、低姿勢で学生のカケル達に謝る。

「すまない、カケルくん、オルタナくん。ホロウから簡単な報告は聞いたが、できれば君たちの口から直接聞きたくてね。少しだけで良いから」

 カケルはオルタナと共に、竜の止まり木の根元にある、軍の飛行本部の建物に連れて行かれた。
 建物の内部には、大勢の人が座ることのできる長机と、地図が貼られた石板がある。石板の片隅に数字が走り書きしてあって、カケルは何となくそれを眺めた。

「アロール隊長、国王陛下が直接報告を聞きたいと……この二人は、私が代わりに案内しますわ」
 
 事務官らしき女性が、アロールを呼び止める。
 
「う、うーん」
 
 アロールは片目でちらとこちらを見た。
 すぐに終わらせて、カケル達を帰してくれる約束だったのだが、さすがに国王を待たせるのは不味いのだろう。

「本当に済まない!」
「アロールさんの馬鹿~……!」
 
 カケルは軍属でない学生の特権をフルに使って、去っていくアロールの背中に、子供らしく文句を言った。
 
「では君たち、こちらに来て下さい」
 
 事務官の女性が、手招きする。
 彼女はエファランでは一般的な、大地を思わせる茶色い髪と緑の瞳をしている。獣人や竜は、色彩が鮮やかになる特徴があり、金髪は上流階級に多いから、普通の人間だと思われる。
 カケルとオルタナは、彼女の案内で廊下を進み、階段を降りた。
 何か妙だ。
 なぜ学生を待たせるのに、地下室に案内するのだろう。

「ここで待っていて」
 
 机と椅子以外に何もない部屋に通され、さすがに事情を聞こうと振り返ったカケルの鼻先で、透明なシャッターが降りる。

「なっ?!」
「坊や達に恨みは無いけど、あなた達が見たものを話されると、困るんだわ」
 
 女性は、チェシャ猫のように笑った。
 その制服の肩の上に、蜘蛛のような機械がよじ登ってくる。

「それは侵略機械アグレッサーの端末……!」
「ああ、やっぱり気付いたの。閉じ込めて正解だった」
 
 女性は踊るような足取りで、部屋を出ていく。
 オルタナが無言で透明な壁を蹴った。
 すごい音が鳴ったが、壁には傷一つ付かない。

「じゃあね、坊や達。このエファランが地獄になった後に、また会いましょう」
 
 女性が扉を閉める。
 透明な壁と、部屋の扉で、二重に閉じ込められてしまった。

「……どういうことだ?」

 オルタナが怒りをこらえている口調で呟く。
 カケルは腕組みして考える。
 昔のことわざで、虫は一匹見たら、その倍の数が見えない場所に潜んでいるという意味の言葉があった。
 カケルは自分の記憶を探ってみたが、適切な言葉が出てこなかった。船団こきょうにいた頃は、補助脳の記憶データから引っ張ってこれたのに。昔の人間はコンピューターを持ち歩いたらしいが、カケルの時代には体の中に埋め込んでいる。竜になった今は、そちらが使えない。

「コクーン以外にも、侵略機械アグレッサーの端末を持っている人が、エファランに入り込んでいたのだと思う」
 
 オルタナの疑問に答える形で、カケルは推理を披露した。
 もう一つ、適切な言葉を思い出した。
 氷山の一角、だ。
 昔の起源星アースでは、北極の海に巨大な氷が浮かんでいて、目に見えるのは巨大な氷の一部だけだったという。

「エファランは、たぶんガリアの次の標的にされていて……侵略機械アグレッサーは人間を使って侵略する機会を伺っていた」
「お前がコクーンの話をアロールに報告したら、外部から来た人間の所持品の調査が始まるだろうな。奴らは、それを止めたかったのか」
「そうだと思う。だけど、コクーンが失踪した以上、ばれるのは時間の問題だ。だから、今この時に行動を起こした」
 
 カケルの推測どおり、侵略機械アグレッサーが一斉蜂起を始めたなら……家に帰ったイヴが危ない。
 なんとかして、ここを脱出し、危険を伝えないと。

「くそっ!」
 
 オルタナは、腰の短剣を抜き、透明な壁を切りつける。
 斬擊を受けると、壁は妙にしなってたわんだ。
 おそらく衝撃を吸収する仕組みなのだと思われる。獣人を捕まえて閉じ込めるのだから、相当の力を想定した造りだろう。

「壁を壊すのは無理だよ、オルト。きっと、万が一間違って閉じ込められた時ように、中から解除する装置がどこかにあるはず……」
「そんな都合の良いもんが、本当にあるのかよ?」

 オルタナがもっともな指摘をしたが、他に考えられる脱出手段はない。
 カケルは四つん這いになって、床を端から調べ始めた。
 が、途中で、へなへなと座り込む。

「お腹減って力が出ない……」
「はぁ?!」
 
 竜になるのは疲れるのだ。
 帰ってきて休憩していないので、そろそろ限界だ。

「……まったく。竜は燃費が悪いな」
 
 呆れ顔のオルタナだが、ウェストポーチから棒状のクッキーを取り出して渡してきた。常に非常食を持ち歩いているなんて、オルタナらしい。

「ありがとぉ~」
 
 カケルは受け取ってクッキーをむさぼりながら、オルタナを横目で見る。
 いつの間に、この友人は、こんな面倒見が良くなったのだろう。
 最初に出会った時は、むちゃくちゃ冷たくて、ボコボコに殴られたの記憶があるのだが。

03 回想

 昔から獣人は、エファランの地上の警備に携わってきた。警察組織の役目は内部の犯罪者の取り締まりと、たまにエファランに侵入する自壊虫ワームと、自壊虫に侵されて災厄ディザスターとなった人間の始末だ。
 警察には獣人が多いが、獣人自体は横の繋がりがあり、族長と呼ばれる獣人の長の下でまとまっている。何を隠そう、ソレルは族長の一族だ。
 オルタナの母は、獣人をまとめる女傑で、強い遺伝子を求めてしたたかに男を狩る、とんでもない女性だった。

「弱い奴は、死ね」
 
 脳筋の獣人の中でも、さらに脳筋。いや、そのくらい過激でないと、獣人のトップには立てないのかもしれない。
 幼い頃から、そういう思想のもと育ってきたオルタナは、殺伐としていた。

「どいつも、こいつも、弱いな」
 
 手加減を間違えて、模擬戦で相手を殺しかけたことが、何度か。
 カケルと出会ったのは、彼がお試しで戦士科の格闘技の授業に来ていた時である。
 ちびっこくて細いカケルを見て、本当に竜か? と思った。
 竜は人間の姿でも、獣人同様、筋力や敏捷性が強化されている。自壊虫ワームが跋扈するこの危険な世界で、竜は生存を約束されている唯一の強者だ。
 ちなみに、獣人として生まれると竜になる可能性が無いが、脆弱な人間は思春期に何かしら刺激を受けて竜に覚醒することがある。
 よって、普通の人間が尻込みする、過酷な戦士科の格闘技の授業も、竜の場合は気軽にお試しできるのだ。
 教官が面白半分に、対戦相手としてオルタナを指定した。面倒なと思いながら、多少手加減しつつ、ズタボロに転がしてやった。細くても竜らしい耐久力はあったが、それだけだった。

「お前、戦いの才能ねーよ。二度と来んな」
「うん……俺もそんな気がしてた」
 
 オルタナの忠告に、しっかりした返事がかえってきて「おや?」と思ったのが最初。
 痛めつけられ、体もプライドもずたずたにされただろうに、こちらを見返すカケルの琥珀の瞳は、微塵も傷付いた色がなかった。
 それどころか、へらりと笑ったので、勘に触る。

「殺されそうになってんのに、へらへら笑うんじゃねえ」
「いや、オルタナは俺を殺そうとはしてないでしょ」
「は?」
「え?」
 
 きょとんと見返す、細くて弱そうな竜は、今までオルタナが出会ったどんな人間とも違って見えた。

 カケルは飛行科で、オルタナは戦士科。同じ区画の学校に通っていても、コースが違うので同じ授業はめったに受けない。
 だが、あの出会いから何故か、カケルの方から寄ってくるようになった。

「オルタナくん! 一緒にご飯食べようぜ」
「……なんで俺のところに来る」
「だって、オルタナの側にいると、他の奴が寄ってこないんだもん」
 
 だもん?
 少しイラつきながら、事情を聞くと、カケルの竜らしからぬ細さに、苛めてやろうと絡んでくる男が多いのだとか。
 
「お前、俺が怖くないのか」
「理由もなく暴力を振るったりしないだろ。あ、でも俺うざい? 張り倒したくなる?」
 
 静かにするから近くにいさせてと頼まれ、オルタナは呆れて「好きにしろ」と答えた。
 よく誤解されるのだが、皆勝手にオルタナの雰囲気を恐れて近寄ってこないだけで、オルタナ本人は人が嫌いという訳ではなかった。
 こうしてカケルは、たびたびオルタナを避難所に使った。
 他の人間よりは親しくなったが、それでもオルトと愛称を呼ばせるような仲ではなかった。
 関係が変わったのは、カケルの愚痴を聞いた時。
 ある日、カケルはおかしな愚痴を、オルタナに漏らした。

「昨日、ソーマさんが、俺が来て一周年記念だって、外食に連れていってくれてさ。あ、俺、外から来たんだ」
「良かったな」
 
 こいつ難民だったのかと思いながら、オルタナは上の空で相づちを打った。弱い奴の話は、どうでもいい。

「良くないよ~。俺はもう、誰かの陰謀じゃないかとドキドキして」
「陰謀?」
「ほら、記念日とか、誕生日とか、祝ってくれる振りをして、殺されそうになったりするだろ」
 
 しねーよ。オルタナは、おかしなことを言うカケルに、一気に興味を引かれた。

「なんか、素直にありがとうって、思えないんだよね。皆、裏で何を考えているか分からない。たとえ本当に親切な人でも、ずっと一緒にいられるか分からない……」
 
 カケルの横顔は、憂鬱そうで、何か諦めていそうで、でも諦めきれないで、もがいているようだった。
 ああ、こいつ、周りが全部敵の中で生きてきたんだ。
 唐突に、オルタナはそう気付いた。
 生き延びるのに手段を選んでいられない環境にずっといた。だから、迷わずオルタナにすり寄って、その威を借りる選択ができる。
 生き残るのは、強い奴だ。
 こいつは、もしかすると、俺より強いかもしれない。

「……人生の悩みのほとんどは、暴力と金で解決するらしい。だけど、どうあがいても克服できない難問が世の中にいくつかある」
 
 オルタナは、母親の言葉を思い出して言う。
 カケルは不思議そうに問い返した。

「難問?」
「人を信じることだ」
 
 真面目に語ったのに、カケルは目を丸くして、そして笑いだした。
 失礼な奴だ。

「あははっ、オルタナが真面目な顔で、そんなことを言うなんて」
「笑うな」
 
 脳天に軽くチョップを落とす。

「いてて……そうだなぁ。俺は、オルタナを信じたいな」
 
 大げさに痛がりながら、カケルはそう言った。
 その言葉の意味は、後になって分かる。
 カケルは、外で竜の姿でさまよっていて保護されたらしい。どこで生まれ育ったか、記憶が無いと本人は言っている。
 おそらく、それは嘘だ。
 記憶がないなら、あの愚痴は出てこない。
 うっかり漏らしたのか、それとも……。
 いや、嘘でも構わない。むくわれようが、報われなかろうが、オルタナは己の決めた道で刃を振るうだけだ。もし、百歩譲ってカケルが裏切り者だとしても、討ち取るのは自分の役目だ。
 その時が来るまで、お前の背中は俺が守ってやる。

04 その頃、イヴは

 初めて彼女を乗せてくれた竜は、サファイアのように蒼く輝く鱗を持った小柄な竜だった。
 そう、カケルが、はじめて乗った竜だ。
 あの幼い頃の冒険を、今でもよく憶えている。母親の訃報を受け家族がばらばらになって、つらい現実から逃げるために、イヴは外に行くための飛行機組み立てに熱中した。
 玩具おもちゃみたいな飛行機で外に繰り出すなんて、自殺行為だ。
 運良くカケルと出会わなければ、きっとエファランに帰る前に、自滅虫ワームに侵されていただろう。

「彼は、いったいどこから来たんだろう」
 
 エファランに戻ってきてから、冷静になって考えると、そのことが気になった。
 外には、理性を失って放浪する竜たちがいると聞く。彼らは人としての思考をすっかり失って、かつての同胞を見ると襲いかかってくることがある。
 カケルは、そういった野生の竜ではなかった。
 この世界の殺伐とした常識を無視して、まるで妖精のように、浮き世離れした空気をまとっていた。
 出会った時、彼は別の世界から来たのだと、直感した。
 だからエファランに入る時に、それとなくフォローしたのだ。
 あれから五年。
 相変わらず、あの竜は、ふわふわと掴み所がない言動で、イヴの質問にまともに答えようとしない。昼寝のふりをして、ずっとイヴとの会話を無視し続けている。それが後ろめたいのか、たまにとても親切だ。
 イヴは密かに確信している。
 彼は、イヴたちの知っている常識の外側から来訪した人間だ。
 もし万が一この都市が危機に陥った時、何か尋常ならざる不思議な力を発揮できるのは、きっと彼のような異邦人だ。
 
「イヴ、もう外に行くのは止めてくれ。マリアに続き、お前まで失ったらと思うと……」
「お父さん、北の都市ガリアが墜ちたのは知っているでしょう。外に出なくても、危険は変わらないわよ」
 
 合同演習から帰ってきたイヴは、出迎えた父親リチャードと、何度となくした口喧嘩を繰り返す。周囲の家政婦なども、この親子の言い争いには慣れっこなので、平静な表情で見守ってくれている。
 リチャードのように、子供が外に行くのを止める親は、少なくない。エファランは平和な都市で、シャボン玉の中は概ね安全だった。外に出るのは、軍人以外は開拓者シーカー隊商キャラバンくらいで、学校の外部演習は任意参加なのだった。
 やたら外に出たがるイヴのような少女は珍しく、リチャードが止めるのも第三者から見れば分からなくもない。
 父親は説教を続けようとして、途中で表情を変えた。
 どうやら、魔術で連絡を受け取ったようだ。

「私も陛下に呼ばれたので、大礼拝堂アヤソフィアに行ってくる。イヴ、この件はゆっくり話をしよう」
「私はもう決めてるから!」
 
 会話なんて無駄だとイヴは思うけれど、リチャードは娘を説得できると信じているようだ。
 足早に去っていく、頑固な父親の後ろ姿を見送る。
 自分の部屋に戻って、荷物を置いた。
 着替えて寝台に腰掛け、リラックスすると、なんとなく魔術の実験がしたくなった。彼女は自他ともに認める魔術師で、古いものも新しいものも大好きだった。好奇心旺盛と言っても良い。
 確かカケルは、呪文を組み換えれば外の世界でも、連絡できる可能性をほのめかしていた。新しい魔術を開発する事を考えると、胸が踊る。
 
「コンタクト……コール……これも違うか」
 
 イヴは、知っている呪文を組み合わせて、連絡の魔術を再現できないか試す。
 それは、本当の偶然だった。
 
『ジ……ジー……ライティング…ダウン』
 
 唐突に、誰かのメッセージを受信した。
 仰天するイヴだが、突然、窓の外が不自然に暗くなる。
 イヴの住むエファラン北区は王城があり、夜間も明るい。帰ってきてから日が暮れて、街灯の明かりが住宅街を照らしていた。その街灯が消えたのだ。

『アヤソフィア…コウゲキヨウイ……サクセンカイシ』

 王城は通称で、正式名称は、大礼拝堂アヤソフィア。エファランで一番大きく、タマネギのような形の金色の屋根が特徴の、芸術的な装飾が施された建物だ。
 政務に使われているが、元は礼拝堂……古い伝説にある【星の竜】を奉る聖堂だ。どんな願い事も叶えてくれるという、竜の神様。エファランではこの聖堂があるおかげで、竜の社会的立場が保障されており、人と竜が共存する穏やかな国となっている。
 伝説を語り継ぐ王族は、アヤソフィアの裏の宮殿に住んでいる。

「アヤソフィア……攻撃?!」

 イヴが偶然、傍受してしまったのは、エファランに潜伏し先ほど活動を開始した、侵略機械アグレッサーの宣戦布告、その通信内容であった。

05 暗い夜の始まり

「今の何……?」
 
 知識はなくとも、それが異常なものだと、イヴにも分かった。
 同時に街灯が消えたとなれば、関連性は明らかだ。
 イヴは跳ね起きて、上着を掴んだ。

「カケルを問いたださなきゃ!」
 
 彼なら、何か知っていると、根拠もなく直感した。
 単純に異常事態に遭遇し、話す相手が欲しかったということもある。
 足早に階段を降りて、家を飛び出した。
 いつもと違う暗闇に染まった街で、大通りを歩く人々は怪訝な顔で街灯を見上げている。立ち止まっている人々の間をすり抜け、駅へ急いだ。
 カケルの住所なら、前にこっそり調べたから知っている。

「イヴさん!」
 
 東区へ行く列車に飛び乗ろうとしたイヴを、誰かが呼び止める。
 
「タルタルくん」
 
 彼は、合同演習で外に出た際に、同じチームを組んでいた商人の息子タルタルだった。ビックバンバーガーを猛プッシュするので、彼の顔を見ると分厚いパンに挟まったトマトと肉を思い出してしまう。
 非戦闘員のタルタルと、負傷した竜のクリストファーは、イヴ達より一足先にエファランへ帰投していた。

「良かった! イヴさんは帰ってたんやね」
 
 タルタルは、イヴを見つけて安堵した表情になる。

「皆が帰って来たと聞いたんで、例の打ち上げをいつするか、話してたんです。でも、カケルくんとオルタナくんは、まだ竜の止まり木から帰ってきてないらしくて」
「え?! まだ帰ってないの?!」
 
 イヴは驚いた。
 ということは、向かうつもりだった彼の家に行っても、意味が無いということだ。

「……」
「イヴさん?」
「……決めた」
 
 カケルがどこにいるか分からない。
 普通なら、自分の家に戻って待つだろうが、あいにくイヴはそのような大人しい少女ではなかった。
 彼女は、先ほど聞いたメッセージが怪しいと感じていた。
 アヤソフィアで、何か起きている。
 もしかしたら、そこにカケル達もいるかもしれない。

「どこへ行くんですか、イヴさん! 打ち上げいつやるか、教えてくれないと!」
「今は、それどころじゃないのよ!」
 
 タルタルの呼び止める声を無視し、大礼拝堂アヤソフィアへ駆け出す。
 ここにカケルやオルタナがいれば、彼女の行動を止めていただろう。明らかに危険と思われる場所へ、一人で行くなと……だが残念ながらストッパーは不在だった。イヴは彼女が彼女たる所以ゆえんである無鉄砲な勇敢さを発揮し、事件が起きている現場に飛び込んで行った。

(※アロール視点)

 ネムルート補給基地が壊滅したことを報告すると、謁見の間は重い雰囲気に包まれた。
 一段上の玉座に座るエファランの国王は、沈鬱に呟く。

「それでも、我らは次世代の生命樹ハオマを育てなければならぬ。どんなに危険でも、希望は外にしかないのだ」

 犠牲を覚悟しても打って出ないと、後退すればますます劣勢になる。
 エファラン国王は、その事が分かっている。
 アロールは、賢明な君主をいただいているエファランの幸運に感謝した。
 
「ネムルートは、すぐに取り返すか、取り返さなくても焼かなければなりません。あそこからエファランに向けて侵略機械アグレッサーが発進すると、防戦一方になってしまいます」
 
 竜の部隊を編成する許可を得ようと、口を開きかけたところで、アヤソフィアの全ての照明が消えた。
 広間が真っ暗になる。

「なんだ?!」
  
 集まっていた面々は、動揺する。

「……失礼」
 
 すぐに、魔術師協会会長のリチャード・アラクサラが魔術の灯りを付けた。謁見の間だけが、明るくなる。
 その場に集まった十数人の、軍部高官や防衛関連の官吏たちは、それぞれ部下や同僚と顔を見合わせ話している。近衛も国王に近寄って怪我が無いか確認している。
 
「誰か! 照明を制御する魔導基盤を見てこい!」
 
 会議どころでは無い雰囲気だ。
 これでは、帰れない。
 アロールは早く飛空部隊の本部に戻って、待たせているカケルとオルタナと話をしたいと考えていた。だいたいアロールも外から帰ってきたばかりで疲れているのだ。帰って家で休みたい。
 しかし、そんな希望を打ち砕くように、小走りで別部隊の隊長が広間に飛び込んできた。

「アロール! 侵略機械アグレッサーの攻撃だ! 出られる竜は外に出て、エファランを封鎖した方が良い!」
「なんだと?!」
 
 嫌な予感が、ひしひしとする。
 さきほどの謎の消灯も、タイミングが良すぎる。
 アロールは広間を出る前に、リチャードに声を掛けた。

「リチャード! ソレルと連絡を取れないか? 獣人部隊を使って、アヤソフィア周辺を調査した方が良い」
「私は彼女が苦手なんだがな……」
 
 嫌そうな顔をしているリチャード・アラクサラの方は振り返らず、アロールは竜の止まり木へ急ぐ。
 この夜を乗り越えなければ、明日は来ない。
 なぜか、そう感じた。

06 神のみぞ知る

 この世界は、エファランのように竜と平和に共存する国ばかりではない。竜は人の姿をしていない。よって人間ではないと、差別する国もある。
 差別だけなら、まだいい。
 竜がおとなしいことを良いことに、その巨体を利用しようと考える人間たちもいる。
 スーナのいた国では、人為的に竜を造り出す実験をしていた。下層民をあえて生存競争にさらし、竜に覚醒させる。運悪く竜になった者の血肉は、さまざまな用途に使われることになる。竜は大きな体を持っている。一頭から多量の薬が得られ、各種運搬をはじめとする重労働をこなせる。手間暇かけても、竜を造り出すメリットはあった。
 実験動物扱いされる下層民の暮らしぶりはひどいが、上層民は見てみぬふりをする。自分たちが生きるためには、誰かを犠牲にするしかないからだ。
 殺し合いが日常茶飯事の世界に、ある日、神様が現れた。
 手のひらに乗る金属の塊で、細い八本の脚を生やした、小さな神様だ。

『ワタシ二、シタガイナサイ。サスレバ、オマエタチ二、クニヲ、アタエヨウ』
 
 機械の欠片に宿った神様は、預言をくだした。
 スーナ達は、機械の神様に従い、上層民に反旗をひるがえした。
 その国は壊滅し、スーナ達は自由を得た。都市は、機械を産み出す工場に改造され、スーナ達の一部メンバーは新しい国の支配権を与えられた。

『ワレラハ、アマノイワトヲアケルカギヲ、サガシテイル』
「アマノイワト?」
『オマエタチヲ、ドラゴン二カエ、チカラヲアタエルモノ』

 他の都市にアマノイワトの手掛かりがあるかもしれない。
 神様に命じられるまま、スーナ達は、いくつかの都市を滅ぼした。滅んでいくのは、難民を受け入れる優しい都市ばかりだ。馬鹿だなぁ、とスーナは思う。この世界は、奪われる前に奪わなければ生き残れない。
 
「神様、どうですか? 目的のものは、ありました?」
『エファランハ、ソーサリーノ、ナレッジガアル。キョウミブカイ。ホカノトシハ、コレホドノデータガナカッタ』
 
 スーナは、神様と一緒に、大礼拝堂アヤソフィアに侵入した。
 エファランの生命樹ハオマと都市を覆う巨大なシャボン玉状の結界は、アヤソフィア地下にある装置で開閉している。
 その事をスーナが知ったのは、つい最近だった。
 アヤソフィアは入場制限されており、用が無ければ入れない。王族のほかは軍部高官と魔術師協会幹部しか、制御装置の在処ありかを知らなかった。
 しかし、もう準備は整っていた。
 作戦実行したいというスーナの提言を受け、神様は奇跡の力でアヤソフィアを封鎖し、暗闇の中に閉じ込めた。
 エファランの人々は、まだ気付いていないだろう。
 生命樹ハオマの根っこを、機械の生産工場に造り変えるプロセスが進んでいる。量産された侵略機械アグレッサーが、夜明けと共に都市中に解放される。そうなれば、もう為すすべもない。
 
「美味しいものも、たくさんあったんですが、これで終わりですかねぇ。もっと食べておけば良かった」
 
 湖水から作られたジュースや酒、アイスクリーム。竜が狩ってくる大蜥蜴肉のステーキや、独特の味付けの肉が挟んだビックバンバーガー。新鮮なトマトや豆を使った煮込み料理。

「神様、食べ物を作る南区は残してもらえないですかね~。ねぇ、神様」
『……』
 
 スーナは、しゃがみこんで、神様の返答を待つ。
 明日のエファランがどうなっているか、まさしく神のみぞ知る、だ。

07 脱出成功

 床を這うように調べて、一時間ほど。
 予想外に早く、それは見つかった。

「マジかよ……」
 
 違和感のある床を、オルタナの馬鹿力でひっぺがすと、下に機械の装置があった。蓋を開けると、スロットのように数字が並んでいる。
 オルタナは呆れている。

「本当に解除装置が内側にあるなんて、ここの連中は馬鹿じゃねえか」
「まあまあ。普通の犯罪者は、探そうとしないでしょ。これ、八桁の数字を入れれば良いのかな」
 
 簡単な仕組みだが、厄介でもある。パスコードが無いと解けない。人類は電子計算機コンピューターを発明してから、さまざまな装置を仮想化したが、仮想化すると侵入破壊ハッキングしやすくなるという欠点があった。
 一周回って、こういった物理キーの方が難しいのだ。

「……」
「当てずっぽうでいけるのか?」
 
 カケルは少しだけ考えた後、迷いなく手を動かし、流れるようにスロットを合わせて、八桁の数字を入力した。
 手を止めた後、カチッと部屋の中央で音が鳴る。

「……ビンゴ」
 
 透明な壁は、軽い音を立てて床に収納された。

「なんで分かったんだ?!」
 
 オルタナが驚いている。
 カケルは後ろ頭をかきながら、ネタばらしした。

「いや、来る途中の会議室の白板に、書いてあったよ」
「……あんの馬鹿野郎ども~~!」
 
 エファランの軍部が、知能犯にとっては隙だらけだと分かった。
 しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
 カケルとオルタナは急いで地上に戻った。
 廊下を駆ける間に、軍部の飛空部隊と思われる連中とすれ違ったが、彼らはカケル達に見向きもしない。執務室は慌ただしい様子で、どうやら別の対応に追われているようだ。

「あ! カケルくん!」
 
 路面列車に飛び乗って、イヴの住む北区に向かう。
 駅で降りると、ちょうどタルタルが現れた。

「探してたんだよ! 打ち上げの件で!」
「今はそれどころじゃねえ」
 
 打ち上げ打ち上げとうるさいタルタルを、オルタナが一喝いっかつする。

「イヴさんと同じことを言うんやね」
「イヴと会ったの?!」
「うん。彼女、アヤソフィアの方へ駆けてったよ」
 
 タルタルの示す先には、真っ暗な住宅街と、その中央に不気味に佇む大礼拝堂アヤソフィアがある。
 カケルは、巨大な建物を困惑して見上げた。

「俺アヤソフィアに入ったこと無いんだよね。部外者は立ち入り禁止じゃなかったっけ」
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ。行くぞ!」
「あ、オルト」
 
 オルタナはカケルの腕を掴んで走り出す。
 カケルは引きずられるように走りながら、聞いた。

「アヤソフィアって、王城だよね?」
「星の竜を祀る聖堂だろ」
「は? 星の竜?」
 
 エファランの中で、唯一、カケルが入ったことのない建物。
 ランドマーク的な威容を誇りながら、その由来について、誰にも聞いたことが無かった。
 星の竜? 俺が知ってる起源星アースの伝説に、そんな言葉は出てこない。いったい、この世界はどうなってるんだ。

08 この手で運命を掌握する

 大礼拝堂アヤソフィアは一般公開されておらず、国の高官と魔術師協会の役員だけが入ることが出来る。イヴは魔術師協会会長リチャードの娘のため、アヤソフィアの門番とは知り合いだった。
 通常は、煌々と灯りが付けられているアヤソフィア。
 今は黒い水に浸されたように、真っ暗だ。
 
「お嬢さん、なんでこんなところに?!」
 
 急な消灯に混乱している門番の間をすり抜け、敷地に入ると、顔見知りの魔術師がイヴを見つけた。

「サヌこそ、営業時間外じゃない?」
「私は照明の魔導基盤を見に行くよう、指示されたんですよ」
 
 魔術が組み込まれた機械は魔術師にしか扱えないため、協会所属の機巧魔術師が整備する。サヌは、腕の良い機巧魔術師だ。
 イヴは飛行機の組み立てをサヌに教わったため、彼とは親しかった。
 会話をしながら、サヌは足早に階段を下る。
 魔導基盤は、地下の制御室にある。

「手伝うわよ。気になることがあるの」
「駄目です。私が会長に怒られます……」
 
 サヌが制御室の扉に手を掛けた時、イヴは視界の端に光るものを見た。咄嗟の判断で、サヌの腕を引っ張る。

「何っ?!」
 
 サヌの頭があった場所を、レーザー光線が焼いた。

「プロシージャコール! シールド!」

 イヴは動揺しながらも、得意な防御結界の魔術を起動する。続くレーザー光線が、イヴの作った球体結界に弾かれた。
 光線の方向を辿ると、天井にコウモリのように逆さ立ちになった、侵略機械アグレッサーの姿があった。
 一抱えほどもある、かなり大きな卵型の本体に、蜘蛛の足のような金属の脚部が八本付いている。カケルがいれば、機種は分かっただろう。それは船外探索機械で、壁に張り付いて攻撃する蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーだった。

「なんで、侵略機械アグレッサーがこんなところに?!」
 
 蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが断続的に光線を放つ。
 その光線が結界を貫き、床に穴を開けた。
 少女の頬に赤い線が走り、ストロベリーブロンドの髪が数本ちぎれて宙を舞う。
 どうやら出力を上げたようだ。
 今までは、壁を壊さないよう加減していたのだと、イヴは推測する。
 次は、耐えられない。

「下がれ、アラクサラ!」
 
 その瞬間、弾丸のように突っ込んできた金髪の青年が、手に持った短剣を蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーに投げる。
 獣人特有の能力で強化された短剣の切っ先は、頑丈な機械の外殻を軽々と貫いた。
 獣人の青年、オルタナ・ソレルは、投げた短剣の後を追って蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーに迫ると、器用に光線を避けて天井から機械を蹴りおとした。
 もう一本の短剣で、蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーの体を切り裂く。
 紅い光を帯びた短剣は、金属で出来ているはずの機械を、バターのように軽々と両断した。
 スクラップにした機械を、オルタナは悠然と見下ろす。

「ふん」
「……速く走り過ぎだよ、オルト~」
 
 息を切らしながら、カケルが走り寄って来た。獣人の体力に付いていくのは大変とはいえ、彼は竜だ。竜は普通の人間より身体能力が高いはずである。運動不足じゃないだろうか。
 イヴはその情けない様子に、肩の力が抜けるのを感じた。同時に、安堵する。こうして駆けつけてくれるということは、イヴの片思いではなかったのだ。
 だが喜んでいる内心は表に出さず、彼女は両手を腰にあてて仁王立ちする。

「遅いわよ!!」
「えぇ~。イヴさん、イヴさん。俺たち、ここで待ち合わせしてた訳じゃないよね? どうしてここにいるのさ?」
「そんなの、あなたが言ってた、通信の魔術を試していたからに決まってるでしょ。誰かがアヤソフィアを攻撃するって、話してたのよ!」
 
 言ってから、はしょりすぎたかなと思った。
 通じるか不安だったが、カケルは顎に手をやって、視線を宙にさ迷わせる。

「……もしかして、アヤソフィアに、生命樹ハオマと繋がる装置がある? 侵略機械アグレッサーの頭も、そこにいるのかな」
 
 通じるどころか、段階をすっ飛ばして核心を突いている。
 ずっと呆然自失していた、サヌが声を上げた。

「そうなら大変だ! 会長に知らせないと!」
 
 サヌはきびすを返しかけ、その場から動かないイヴたちを振り返った。

「も、もしかして君たち、このまま侵略機械アグレッサーの追撃をするつもりかな……?」
 
 間違いだと言ってくれと、サヌの表情が物語っている。
 しかし、イヴははっきりと彼の希望を打ち砕いてやった。

「ええ、そのつもりよ!」
「あぁぁぁ~、会長になんて言えば」
「さっさと報告に行け、うすのろ! お前だけで、この無鉄砲を止められないなら、こいつの親父を連れてこい!」
 
 オルタナにどやされ、サヌは泣きながら走って行った。
 その後ろ姿を三人で見送る。
 ふと気付くと、カケルが真剣な目でこちらを見ていた。

「危険だよ?」
「望むところよ」
 
 イヴは燃えるような情熱と共に、彼を見返した。

「この世界に、絶対に安全な場所はない。怖がっていても状況は悪くなるだけ。それなら、怖いと思う場所に進んだ方が怖くない。状況に振り回されるんじゃなくて、私はこの手で状況を動かしてやるわ!」

09 アヤソフィア攻略

 イヴは相変わらず無鉄砲で、太陽のように眩しい。
 そこに何があるか分からない恐怖をものともせず、果敢に前に進む姿勢は、見習うべき点がある。が、カケルは真似しようと思わない。

「オルタナが先頭で、イヴが真ん中。俺は一番非力だから、イヴの後ろに隠れさせて」
「馬鹿じゃないの?!」
 
 彼女は憤慨したが、結局カケルを振り返って言った。
 
「仕方ないわね。私の後ろから出ないでよ」

 どうやらカケルの情けなさは、逆にイヴの優越感をくすぐったらしい。

「やった」
「……」
 
 先頭を歩くオルタナが呆れているのが、気配で分かった。
 三人は、イヴの案内に従って通路を進み、地下の制御装置のある部屋へ降りていった。
 照明の消えた空間で、イヴの召喚した光球が彼女の頭上を飛び、建物内部をぼんやり照らし出す。
 アヤソフィアの通路の天井は、半月状になっている。
 例のタマネギ型の屋根に合わせ、内部の構造もドーム型の天井が多用されているのだ。四角い角のない天井は、少ない光でも陰が無く明るく見える。
 階段の底まで降りると、円筒形の白い柱が延々つづく空間になった。足元は水が流れている。
 道がなく、部屋の端が見えないほど、この空間は広い。
 同じ柱がどこまでも続く空間で、どちらに進めば良いか、まったく分からなかった。

「イヴ、魔術で水流のマップを出せない?」
「やってみるわ」
 
 カケルの言葉に、イヴは呪文を唱える。
 空中に、彼女を中心とした数メートルの範囲で、部屋の平面図が描き出される。
 そこに水流の矢印が書き足された。

「湧き水は、生命樹ハオマの根の下から流れてるって聞いたよ。なら、水が流れてくる方向が、俺たちの進む場所だ」
「あなた……頭良いわね?」
 
 イヴが驚いた顔で、カケルを振り返る。
 賢くないと思われていたらしい。普段、カケルはわざとへらへら振る舞い、相手を油断させているので、自業自得だった。しかし、彼女に驚かれると、何故か複雑な気持ちになる。
 なんと答えるか迷っているうちに、オルタナが先を急かした。
 
「行くぞ。敵と交戦する可能性がある、アラクサラ、魔術の準備をしておけ」
「言われなくても!」

 三人は水の流れに逆らって進む。
 突き当たりは、滝のような水流が壁になっていた。

「開け!」
 
 イヴの呪文と共に、水流の壁が消失する。
 途端に光線が飛んでくる、が、カケル達はそこにいない。襲撃を推測していたので、脇にしゃがんで避けていた。
 ただ一人、オルタナだけが立ち上がり、光線が飛び交う中を進む。
 彼は、光線を発射している蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーを、的確に斬り伏せた。一機、また一機と蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが壊れるたびに、光線の数も減り……やがてゼロになった。

「あははっ、すごいすご~い! ここまで乗り込んでくるなんて」
 
 水流の壁の向こうから、女性の声がする。
 オルタナが静かに「片付いたぜ」と言ったので、カケルとイヴは顔を見合せ、隠れている場所から出た。
 水流の向こう側は、円状の広間だった。
 中央に、青く輝く大きな球体が浮かんでいる。
 球体の台座の代わりに、円環の形をしたテーブルと、いくつかの椅子がある。テーブルの上には、四角いディスプレイが載っていた。
 女性は、カケルとオルタナを閉じ込めた軍の事務官だ。行儀悪くテーブルに腰掛けて、足を組んでいる。
 
「投降しろ」
 
 オルタナが女性に向かって、刃を構える。

「私を殺しても無駄だよ? もう神様は、生命樹ハオマに杭を打ち込んだ。エファランが滅亡する未来は、誰にも止められない」

 カケルは目を凝らし、女性の腰掛けているテーブルの上に、小さな蜘蛛のような、侵略機械アグレッサーの端末がいることに気付く。軍部の地下に閉じ込められる時にも見たが、コクーンに付いていたのと同じ種類だ。情報収集用端末、潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダー。その役割上、他の機械と違って自律思考が組み込まれている。
 おそらく、こいつが他の機械を動かす、司令塔だ。
 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、紐のようなケーブルを伸ばし、テーブルの上のディスプレイと接続していた。
 それを見て、カケルは口の端に笑みを浮かべる。

「オルト、俺を侵略機械アグレッサーの端末に触らせて」
「分かった」
 
 オルタナは振り返らずに、了解してくれる。
 無視された格好の女性は怒りに震えた。

「生意気な坊やたちね。お仕置きが必要かな」
 
 女性の後ろの壁から、蛇のような姿の、侵略機械アグレッサーが現れる。通風孔ダクトの中を掃除する、黒いミミズみたいな工作機械マーク二一一。船団では綱渡蛇タイトロープと呼ばれていた。
 
紅輝石弓矢ルビーショット!」
 
 イヴが魔術の呪文を唱え、赤い光の矢を放った。
 光の矢は、綱渡蛇タイトロープに突き刺さる。が、本物の蛇と同じく簡単に壊れない綱渡蛇タイトロープは、なおもくねくね気味悪く動いた。

「さっさと止まりなさいっ!」

 イヴが悪態をつきながら次々矢を放つ。
 一方のオルタナは跳躍して、女性に踊り掛かる。女性は軍の事務官とはいえ戦闘できるらしく、オルタナの短剣を持っていた警棒で止めた。しかし、獣人の力にはかなわない。
 オルタナは女性を容赦なく床に薙ぎ倒す。
 その隙に、カケルはダッシュして、女性の後ろに隠れていた潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーに近付いた。
 テーブルの上で動かない潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーに、手を伸ばす。おそらく、こちらが現地人だと思って油断しているのだろう。
 触れるだけでいい。
 それだけで制御権はカケルのものだ。
 指先が端末に触れる。
 その途端、視界に輝く文字が表示される。

『メンテナンスモード開始』

10 凍結コマンド

 本来、作業用機械は人間の下僕だ。カケルの生まれ育った船団では、無線接続でコントロールされるものだった。しかし、この世界は船団が使える無線ネットワークが配備されていないため、非常用手段を使うしかない。有線接続、または接触型の接続をしてから、命令を入力する。
 船団の人間、それも管理者権限を持つ人間であれば、接触するだけでメンテナンスモードが起動するようになっている。
 カケルは、その権限を持っていた。

『高天原の管理者インターフェースを認証』
 
 竜になってから壊れていると思っていた補助脳、船団の人間なら生まれた時から体に埋め込まれている演算装置コンピューターが動き、視界に文字を描き出す。

「自律思考を凍結、プロンプトでの対話に限定して」
 
 対象機械のAIが余計なことをしないうちに、その思考を凍結する。
 これで、この潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、カケルの思い通りだ。
 どうして補助脳が動いているか分からないが、今の内である。
 カケルは、この端末が持っているデータを自分の補助脳にダウンロードし、分析にかける。

「アマノイワト……?」
 
 侵略機械アグレッサーの目的と思われるキーワードが気になったが、今はそれどころじゃない。
 この潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、エファランの生命樹ハオマに侵入して、生命樹を機械工場に作り替えるウイルスを放っていた。
 カケルは、中断コードを送信させ、その処理を止める。

「エファランにいるすべての機械なかまに、凍結コマンドを送信しろ」
 
 イヴを襲おうとしていた綱渡蛇タイトロープが、電池が切れたように崩れ落ちた。
 同時に、地下室の照明が復活し、周囲は急に明るくなる。

『ギ…ギギ……』
 
 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーが小刻みに震える。
 AIがカケルの暴挙に抵抗している。

『ウラギリ、モノ……』
「裏切りも何も、俺は一度だって、この星の浄化に賛成したことはない」
 
 カケルは端末を指で弾いた。

「自壊しろ」
 
 機械といえど自律思考が組み込まれているものは、人間と同じだ。命令を与え従わせることはできるが、言うことを聞かなくなることもある。
 カケルは機械の回路をショートさせた。
 焼き切れたジュッという音と共に、細い煙が上がる。
 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、痙攣して動かなくなった。
 命令は、音声入力で行っているため、他の人にもカケルの声は聞こえていただろう。
 これはさすがに誤魔化せないかな。
 侵略機械アグレッサーが完全に沈黙したことを確認したカケルは、恐る恐るイヴとオルタナを振り返った。

「あなた……」
 
 イヴは呆気に取られている。
 オルタナの方は、侵略機械アグレッサーの手先の女性を拘束しようとしており、カケルの方は見ていない。

「イヴ!!!」
 
 その時、複数の男達が、水の壁を突破して広間に入ってきた。
 先頭にいる魔術師協会会長リチャード・アラクサラは、娘に飛び付いて安否を確認する。

「無事だったか」
 
 他の兵士は、オルタナに駆け寄って、女性の拘束を手伝っている。リチャードの部下の魔術師は、カケルの背後にある球体の確認を始めた。
 良かった。これで一件落着だ。
 カケルは安堵したが、それは間違いだった。

「あんた……!」
 
 後ろ手に拘束され、床から顔を上げた敵の女性は、カケルを憎々しげに睨む。その視線に含まれた愉悦に気付いた時には、遅かった。

「この、裏切り者!!!」
 
 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめる。犯人はこいつだと、叫ぶように。
 その場の皆が一斉にカケルを見た。

「……参ったな」
 
 嵌められた。
 女性と同じく、カケルも難民で、エファランの外から来た。
 彼らの仲間じゃないと言っても、誰もそれを証明できない。侵略機械アグレッサーを止めたのはカケルだが、どうやってそれを為したか、エファランの人々には分からないのだから。
 こちらを睨む女性の口元が笑みに歪んでいる。
 死なばもろともだと、その視線が語っていた。

次回予告

窮鼠猫を嚙む、疑惑をなすりつけられたカケルは、囚われの身になってしまう。一方エファランの外では、新型の無人機と防衛の竜が激戦を繰り広げていた。
無実を証明するために、そしてエファランを救うため、ついにカケルは正体を明かし、仲間と共に危機に立ち向かう。
次回、第四話「夜明け前」

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