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光ある道をゆけ

宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』が面白かった。幼少期からプログラミングに稀有な才覚を発揮していたエストニアの少年が、多感な中学時代にソ連の崩壊による親友との別離を経験し、その後友人たちから消息を絶つ。時代の波に飲まれて行ったラウリを『わたし』が探して回る物語だ。
まず、なんと言っても主要な登場人物がかなり限られているので途中で(この人誰だっけ……)とならないのがとても良い。シェイクスピア、サリンジャーなど少しは海外文学も嗜んできたものの、1番頭を悩ませてきたのは『カタカナ名マジで覚えられない問題』だった。それが無いのが素晴らしい。
そして、ラウリと『わたし』の2つの視点で物語が進んでいくことに、きちんと意味があるのがとても良かった。ネタバレは避けるが、『わたし』の正体が分かったときに生まれる感傷は言葉にできないものがある。愛や恋でなくても、友情と呼ばれるものの結び付きはきちんと尊いのである。こういうのが読みたかったんだよ、と手を叩きそうになった。

さて、この本を手に取った理由なのだが、ものの見事にタイトルである。それも、ちょっと捻ったタイトルに魅力を感じたわけではなく、『数ヶ月前から応援し始めたフィンランド人のNBA選手とファーストネームが同じ』という、多分オタクじゃないと理解できないタイプの買い方をした。公式グッズじゃないけど推しと同じカラーの日用品を買い揃えちゃうアレ。流石に動機が不純すぎると自分の中で話題になり3回は棚に戻したが、結局気になるし、帯の直木賞ノミネートの文言に負けて4回目で購入に踏み切った次第だ。
主人公のラウリはエストニア人なのでそもそも国籍からして違う。生き方を重ねられるほど近しい時代の人間でもない。当然何かを期待したわけではないけれど、主人公と私の応援し始めた選手にある共通点は本当にファーストネームだけだった。まぁそれだけで本1冊買えちゃうのが今の時期だよね。10数年続く趣味をいくつも持っている多趣味人間だが、好きになってから数ヶ月ぐらいの間が1番楽しくて幸せな気がしている。それを過ぎると知らなくてもいいことや、悪意の混じった言葉も耳に入るようになるからである。

肝心な『数ヶ月前に応援し始めたフィンランド人のNBA選手』の話をしよう。流石にぼかした言い方をすると冗長すぎて本名に短縮したくなってきた。
諸般の事情でNBAを見る機会が増えたことで『贔屓を作ろうキャンペーン』が開催され、(3年応援してるMLBのアトランタ・ブレーブスと同じ都市)というほとんど脳死な理由でホークスを、(なんか知らんけど変則ゾーンのオモロいディフェンスしてる)とそこそこ真面目な理由でジャズを贔屓にしようと思い立った。NBAに詳しい友人からは『どうNBAを見たらその二択になるんだ』『悪いことは言わないから辞めとけ、後悔する』など言われたが、ガンバ大阪を応援し始めた翌年にJ2降格したけどその後も応援し続けた私からすれば順位表なんてものは大して意味を持たないのである。
ホークスにはエースのトレイヤングがいて、ブレーブスのアクーニャJr.がよくホームラン打ったあとにアイストレイをやってるが、ジャズの選手はマジで知らなかった。ドノバンミッチェルの名前くらいは知ってたがもういないみたいだし。ちなみにエースって誰ですのん。聞いてみたらそれがラウリ・マルッカネンだった。誰やそれ。でも名前カッコイイな。そう、わたしは好きな選手に『カッコイイ名前枠』が存在する。ネイサン・イオバルディとか、ギャレット・ウィットロックとか。
そういう事でカッコイイ名前にワクワクしてプレーを見てみたら、それはそれは私にとって魅力的だった。2m13cmあるデケェ選手がアウトサイドからバリバリにスリーポイントを決めていくのである。もちろんインサイドのプレーもあるのだが、そっちはそっちで幼き日に『ゴールに正対したジャンプシュートしか打てないセンター』をやっていた影法師にぶっ刺さった。体を入れたワンハンドやらフックシュートやら、(わたしも下手くそなりにこういうプレーをする脳みそがあれば良かったのね)のオンパレードで軽いアハ体験が出来た。『背がめっちゃ高くても、インサイドのポジションでも、アウトサイドシュートを強みにしてもいい』という意味では、スリーポイント練習したいけどセンターだからなぁと諦めていた中学時代のわたしに見て欲しい選手だと思った。まぁ同い年の選手なのでわたしが中学の頃はマルッカネンも中学生なんだけど。あとシュートフォームが癖が少なくて好みだった。これ意外と大事な要素だったりする。

この国でまっすぐ生きるのは難しい。まっすぐ生きたいと思ったら、多かれ少なかれ、ロシア人連中の言うことを聞かなきゃならんからな。だが、少なくとも無知は罪だ。俺は要するに、無知だったんだ。この国で、光のある道を生きろとは言えない。だからせめて、お前さんはまっすぐ、したたかに生きてくれよ。

宮内悠介「ラウリ・クースクを探して」p.59

エースと言われるだけあって、経歴は普通にキラッキラだ。ドラフト1巡目全体7位、22-23シーズンMIP(最成長選手賞)、フィンランドのアスリート・オブ・ザ・イヤーをバスケ選手では初めて受賞。ニックネームも「The Finnisher」と思いっきりフィンランドの英雄っぽい。多分日本でいう大谷翔平……は流石に盛りすぎだろうけど、その競技の本場に足を踏み入れて、現地のエリートたちと肩を並べて活躍している姿は母国のバスケットボールプレーヤーたちに大いに勇気と希望を与えていることだろう。引用の主人公ラウリが時代の波に翻弄された1人の若者ならば、多分こっちのラウリは光のある道を胸を張って邁進してきた若者だ。それぐらいに生き方が違う。
そんなマルッカネンもドラフト当日を含め3度のトレードを経験し、燻っていた時期も長かったと聞いたことがある。不遇だった頃にトレード希望のコメントも出したこともあるとかないとか。一筋の陰りも許さず、日向だけを歩いてこれるのは本当に選ばれた人間だけなんだなと思うと同時に、遅咲きでも輝ける居場所があったのは僥倖だとも感じた。NBAはそもそもドラフトピックが少ないから現状を詳しくは知らないが、MLBでも日本のサッカーでも、期待されていたはずの選手が鳴かず飛ばずのまま消えてしまうことは往々にしてあると知っている。そしてスポーツ選手の寿命は驚く程短いことも、よく知っている。NBAファンとしてはにわかもにわかだが、スポーツの応援暦はそこそこベテランなのだ。色々な競技でさまざまな出会いや別れを経験してたどり着いた新たな趣味に、これから応援したいと心踊った選手にひっそり祈る。
どうかもうしばらくは、ジャズのエースとして光のある道を。願わくばできるだけ長く。
応援するチームに応援する選手が在籍しているのは、それだけで奇跡なのだから。

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