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【書評】教えて!タリバンのこと 世界の見かたが変わる緊急講座 (内藤正典 著 ミシマ社)\

11代目伝蔵 書評100本勝負 50本目
 昨年からパレスチナガザ地区を巡って戦闘が続いている。ガザ地区を支配している?過激派組織ハスマー(ハスマ)のロケットミサイル攻撃にイスラエルが反撃を加えているというのが僕の理解だが、歴史的経緯もあってそれほど単純な問題ではないようだ。中東の紛争は複雑怪奇でよくわからんというのが僕の本音でもある。

 いつものように?京都駅に降り立ったら烏丸中央改札を通って駅ビル地下にある大垣書店のミシマ社のコーナに向かう。そして最初に目に飛び込んできたのが本書だ。数年前までテレビニュースで連日報道されていたが、その後の続報をほぼ見聞することはほぼない。当時でさえ、何が何だかよくわからなかった。そうだ、タリバンについてもほぼ何も知らない。まずはタリバンからだなとおもて1冊手に取ってレジに向かったのだった。

 本書は著者による公開公演(3回分)をベースとしている。それぞれの回でいくつかのテーマを取り上げそのテーマに対して著者が解説していくという形式なので読み易いのが本書の特徴だ。読み易さは時に学問的にはレベルを下げることがあるが、著者のタリバンを巡る諸問題に対する理解が深く、経験も豊富なので、難しい内容を分かりやすく解説できているという感想をまずは持った。そして途中それまでの内容のまとめやQ&Aもあり、さらなる理解の助けになっている。
 そもそもタリバンとは何者なのか?p28にまとめがあるが、それまで詳しい説明はないから頭の中で???が浮かぶ。もしかしたら最初にこのページを読むとさらに読みやすくなるかもしれない。
著者によればタリバンとは
・イスラム神学組織から出発し、
・スンニー派のイスラム主義者であり
・正統カリフの継承者を名乗り
・ウラマー(イスラム法学者)が統治し
・多様な民族からなる
 この説明でも分かったようなそうでないようであるが、要するに政教一致の政治体制をとる。アフガニスタンは1980年代の内戦を経て1989年タリバンが一旦支配することになる。タリバンはイスラム原理主義を標榜したから(女性の権利は基本無視され、西洋音楽などもイスラムの教えに反するとして禁止された)世界的には大変評判の悪い国であった。それだけなら奇妙な国で収まったかもしない。
 しかし2001年同時多発テロがニューヨークで起こると犯人と目された過激派組織アルカイーダの司令官であるウサーマ・ビン・ラーディンを匿っているとして、米英を中心とした多国籍軍がアフガニスタンを攻撃した。武力では圧倒している多国籍軍であるからすぐにタリバンを駆逐し、2004年アフガニスタンに親米政権「アフガニスタンイスラム共和国」が樹立された。アメリカは表向きには「民主的な政権の樹立」を標榜したが治安維持を目的として軍隊を駐留させた。実際タリバンは消滅したわけではなく、地方では一定の影響力を持ち続け、しばしば駐留アメリカ軍との戦闘が続いた。それでも形の上では選挙が実施され、アフガニスタン人の大統領が選出された。

 残念ながらこれで国情が安定したわけでなく、タリバンだけではなく、他の部族が群雄割拠が続き、アフガニスタンは相変わらずのカヲス状態が続く。
 そんな時(2019年12月4日)事件は起こった。アフガニスタンで平和活動に従事していた医師の中村哲氏がゲリラ集団に銃殺されたのだ。著者によれば中村氏は生前「民主主義や自由、人権を持ってくるなら戦闘機とミサイルで持ってくるな」と主張していたそうだ。中村氏はアフガニスタンを豊かな農地にするため、その一歩として用水路の建設に従事していた。自らトラクターを操る映像はしばしば日本でも紹介されていたから彼の名前とある程度の活動内容は知っているつもりだった。しかしながら続くインタビューで「アフガニスタンに民主主義は馴染まない」と答えていたので、どちらかといえばタリバンにシンパシーを感じている奇特なオッサンだと思っていた自分が恥ずかしくなった。確かにタリバンは西洋流の民主主義とは大きく異なる価値観を持っている。そのいくつかは我々には受け入れ難いものだ。特に女性の人権についてはほぼ無視されている。しかし、タリバンはシャリア(イスラム法。聖典であるコーランに書かれていない細かな細則が書いてある)に基づいて統治し、最高権力者はイスラム法学者(ウラマー)なので、徹頭徹尾イスラム教の教えを優先することになる。本書ではその功罪を詳述していて西洋流の価値観と相対化し我々に新たな視点を与える。しかし違いを知ってもむしろ違いを知れば知るほど、受け入れ難い価値観だと感じてしまった。
 2021年8月アメリカ軍が撤退した後、彼らが枠組みを作った「アフガニスタン共和国」はあっさり崩壊した。再びタリバンがアフガニスタンの首都カブールを武力で制圧した。アメリカは撤退した時、再び、タリバンがアフガニスタンを支配することは分かっていたという。要するにアメリカは逃げ出したのだ。膨大な戦費と多数の犠牲者(アメリカ兵)に耐えかねたのだろう。
 本書を読んで改めて認識したが、アメリカを中心とした多国籍軍がアフガスタンを侵略(後述するが明らかに侵略だ)するためにかなりの無理を重ねた。表向きの理由はアフガニスタンに過激派組織アルカイダーが潜み暗躍しそしてタリバンが支援しているというもので何の証拠を示さずにアメリカは当時のアフガニスタン政府に対して引き渡しを要求した。当然だが、当時のアフガニスタン政府は「証拠を示せ」というごく普通の要求をした。それに対してアメリカはその要求を拒否した上で単独では流石に気が引けたのか多国籍軍を編成してアフガニスタンを攻撃したのだ。これを侵略と呼ばずして何と呼べばいいのだろう。アメリカはこの侵略に際して別の言い訳も考え出した。それが「民主主義、人権、自由」だ。特に女性の人権をタリバンが蹂躙していると喧伝した。確かにタリバンは女性の人権を蔑ろにしているのだろう。だからといってミサイルと戦車、そして銃器で他国を侵略していいはずがない。何様だよ、アメリカは。と改めて痛感したのだった。
 世界は不平等で混沌し、各地で紛争が起こっている。さまざまな理由があるだろう。しかしながら特に21世紀に入って宗教を起因とした民族対立が深刻になっている。火種となっているのがイスラム教だ。ただ紛争の原因を全てイスラム教に負わすわけにはいかないというのが本書における著者の一番の主張だと僕は読んだ。と同時にイスラム側も本来イスラム教が持っている寛容な精神に立ち返る必要があるというのも著者の重要な主張だ。
 僕らにできることは少ないが、まずは知ること、そのためにアフガスタンの地理的な位置をぜひ確認してもらいたい。本書のほぼ冒頭に中央アジを中心とした地図が載せられている。アフガニスタンは中央アジアに分類され、イラン、パキスタン、タジキスタン、ウベズキスタン、トルクメニスタンと国境を接している。「スタン」が付く国はその他にウズベキスタンを入れて6カ国ある。「スタン」はペルシャ語で「土地」を意味する。これらの国はイランが帝国だった頃は支配下にあった「土地」であった。そういう歴史的背景を知ることで現在の混迷の一因を知るきっかけになるかも知れない。決して明るい気持ちになる本ではないが、現代世界の状況を知るためには有益な本である。

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