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28才大学生(実話)前編-サラリーマンから32才新卒就活まで-12月全国出版

 「大学って、何?」

「おまえギャグかよ!その年で大学行ってどうすんの?キャリアも無くなるし32才で新卒採用で取ってもらえると思ってるの?!」

同僚の厳しい論調はこの夜ずっと続いた。

今から8年前、2009年1月、ぼくはサラリーマンをしていた。

高校3年生の時に、原因不明の病気で倒れた。

気がついたら水だけの生活が待っていた。ようやく回復してきたのが20才の時、アルバイトを始めた。

何度も挫けそうになってやっとの思いである広告代理店の営業になった。

世間ではネット広告が一般化しつつあった。スマートフォンが出るほんの少し前の時代。

 「遅れる!」

毎日、毎日、営業先に走った。

謝って、謝って、謝った。

気づいたらデスクで寝てた。

残業200時間を超える頃、プライベートの境目が無くなった。

ぼくはサラリーマン。

決してできのよい営業マンでなく、ミスしては怒られ、謝り、それの繰り返しの日々。

たまに会議で難しい言葉が聞こえてくる。

「SWOT分析やコトラーのなんちゃらかんちゃら」

そんなものは何一つわからなかった。

それでも必死にしがみついていた。

ただ、漠然とした不安は拭いきれなかった。

こうして、死んでいくのだろうと。

ある日、営業先の帰り道に大学生の集団と出くわす事があった。

いままでだったら、完全にスルーしていたけど、

なぜかその日は気になった。そのままキャンパスに入り、

不審がられながらもスーツ姿でキャンパスのベンチに座った。

いろんな若者が通り過ぎていくのを見て、

「大学って、何?」

おもわず、つぶやいてしまった。

ぼくは27才、もし大学に入れば27才から32才まで学生になる。

サラリーマンにとって5年間のキャリアは致命傷だ。

ましてや、32才になって卒業したらどこの会社も採用してくれないだろう。

「何、ねぼけてるんだ」と自分に言い聞かせ、その場を後にした。

ただ、妙に大学生達の顔がこびりついて頭から離れなかった。

その週の金曜日にいつもながらの会社の飲み会があった。

酔いもまわってきて、大卒の同僚達に、聞いてみた。

「大学って何?」

「えっ?」

「いや、なんでもない」

「もしかして行きたいの?」

同僚の顔が険しくなっていく。

「おまえさ、仕事が厳しいから辞めたいんだろ」

「いや、そうじゃなくて単純に興味があって」

「おまえギャグかよ!その年で大学行ってどうすんの?キャリアも無くなるし32才で新卒採用で取ってもらえると思ってるの?!」

「・・・・」

「そりゃあ、そうだよな」

その通りだと思ったので、その場は笑って濁した。

その後、色んな友達や、BARのマスターなど色んな人に聞いてみた。

「大学なんて学歴だけだよ」

「18才でいくから価値があるのさ」

「大学行かなくても成功した人はいっぱいいるじゃん!」

「寝ぼけてる?」

もう、本当に誰一人肯定者がいなかった。

こうなったら、ネット検索して誰かいるかなと、

案の定、Yahoo知恵袋でボコボコに諭された。

確かに、この年齢で大学に入るのは致命的かもしれない。

ただ、サラリーマンとしての自分の限界を感じていた。

「大学にいってみたい」

周りとは裏腹に想いが強くなっていた。

 ある晩、母親に久しぶりに電話をした。

大学に行きたいと告げた。怒られる事も覚悟して。

母の答えは意外だった。

「その道は苦しいよ、あんたはそれを分かって言ってるんだ。

なら行けばいいんだ。母ちゃんだけは応援するよ。」

次の日、ぼくは会社のビルの前で辞表を持って立ってた。

職場の上司に辞表を渡すと、案の定止められた。

ただ、決心してた僕の眼に観念したのか、

会社を退社する事が決まった。

27才、6月のことだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第2章 受験編

 大した貯金がある訳でもないので、両親に頭を下げて実家に帰らせてもらった。お金があまりないので、地元、神奈川の公立一本に絞った。ここには商学部があるので、そこを目指す事にした。

 頭を丸めて、心機一転がんばる事にした。

時は6月、受験まで半年。

高校卒業してから、10年経っていたので、

高校の教科書を開いても何も分からなかった。

英語の仮定法の、

If I was a bird, I can fly.

「なんだこれ!過去形なの、なぜ?!」

みたいな感じ。

要するに全く分からなかった。

そんなこんなで、中学の教科書を引っ張りだして、

図書館で勉強する日々が始まった。

1ページに1時間かかることは当たり前だった。

1ヶ月後の7月にある予備校主催の全国模試を受けてみた。

結果は、

合格判定 E

要再考せよとのこと。

偏差値は40だった。

その頃、頭に浮かんできたのは、

「何で受験してんだろ?!やっぱり会社から逃げたかったのかな」

「今ならまだ、戻れる」

「浪人できないんだし、中学の勉強で精一杯だろ」

っていう悪魔と、

「まだ、始まったばかりだよ」

「あと5ヶ月あるじゃん!」

「大学行ってみたいんだろ!」

と天使との争い。

8月に入り、ようやく中学の教科書が一通り理解できた。

ただ、残り5ヶ月でセンター試験。地獄。

間に合わないかも・・・・

猛暑の中、図書館までチャリンコで漕いでる横を、

サラリーマンが通り過ぎていく。

9月に入った。あと4ヶ月、高校の1年生程度の教科書を何度も読み返し、

焦りで涙が出てくる。

また、模試を受けた。

判定は E

「はい?!」

思わず、言ってしまった。

偏差値44。

「・・・・・・・・・」

何も変わっていない。

さすがに参ってしまった。

心の悪魔が圧勝。ぼくは図書館に行くのを辞めた。

久しぶりに東京の街をぷらぷらしていた。

ぼくは何者でもない。

27才。9月の後半だった。

適当にBARに入り、何ヶ月ぶりかのお酒を飲んだ。

横には社会人やOLらしき人が沢山いた。

何をやってるんだろう。

「無謀だった」

涙が込み上げてきた。

ぼくは、何者でもない。

周りが輝いて見えた。

希望も何も無い。

それから、1週間、布団から出なかった。

頭痛と吐き気が凄かった。

プレッシャーに押しつぶされそうになった。

投げ出したら楽になれるかもしれないと何度も思った。

「おまえギャグかよ!その年で大学行ってどうすんの?キャリアも無くなるし32才で新卒採用で取ってもらえると思ってるの?!」

昔の同僚の声が響く。

次の日、ぼくは何を血迷ったか、目指している大学のキャンパスにいた。

判定Eのぼくが。

「ここが大学か」

大学はまだ夏休みだったみたいで、部活をしている人以外ほとんどいなかった。

そこらへんの芝生に寝っころがって、空を見上げた。

「大学って何だろう?」

「なぜ目指したんだろう?」

とか、色々考えているうちに、やるだけやってみようって思った。

帰ってすぐに図書館にチャリンコで行き、

また勉強を再開した。

そして、そこからは、ぶれることなく、勉強をした。

時は12月、センター模試を受けた。

模試を受けていいことなんて一度も無かった。

合格判定通知が届いた。

判定 C

偏差値56

1ヶ月前になって、初めてE以外が出た。

「うおおおおおお!!」

嬉しかった。まだ、何も成し遂げていないけど、

とにかく嬉しかった。身体はサラリーマン時代から10キロ痩せて、

ガリガリだったけど、初めてのC判定で希望が出た。

年末年始はもちろん自宅で勉強、センター試験まで残り14日。

そして、時は経ち、センター試験前日になった。

その夜、母親からお守りをもらった。

「お参りしてきたからな。」

応援してくれる母親のためにも自分の為にも、

センター試験を突破したかった。

公立の大学はセンターで良い点数をとらないと2次試験に不利になる、

ましてや2次試験さえ受けれない可能性もある。

センター試験の前だから早く寝床に入ったが、

全然寝れなかった。

不安でしょうがなかった。

よくここまでやってこれた。

そして、当日の朝を迎えた。

勝負の2日間。

周りの若い高校生に混じって、

席に着いた。

ちらちら見られたけど、やるだけだった。

「はじめ!」

試験官の威勢の良い声、みんなの鉛筆が動き始めた。

僕の受験が始まった。

あっという間にセンター試験が終わった。

センター判定を郵送で送り、

2次試験に備えた。

センター判定が返ってきた。

判定 A

安堵感が広がった。

まだ、2次試験も受けていないのに、

ダメだ、ダメだと言い聞かせ、2次試験に備えた。

2次試験の前に誕生日を迎えた。

28才になった。

世間ではバリバリのサラリーマン、子供がいる同級生、

色んな人生がある。

ぼくは28才受験生。

まだ、何者でもない。

2次試験当日のことはあまり覚えていない、

ただ、論文だったので、字が下手なぼくはとにかく綺麗に書く事だけを考えた。読めなくて落とされたらシャレにならない。

ぼくの受験はおわった。

残すは合格発表のみ。

ガリガリのぼくは、家の側にある川岸を散歩して、

受験を思い出していた。

パーカーがゆるゆるになっている。

とにかくやるだけやった。これでだめなら、働くだけだ。

合格発表は電話でも、ネットでも見れたけど、

あえて掲示板まで見に行った。

そうすれば、ダメでも受け入れられるとおもった。

掲示板まで50mのとこにきた。

その日は土砂降りで、少し遅く行ったからか、

掲示板の前には誰もいなかった。

心臓がバクバクしてる。

吐きそうだ。

神様。

掲示板の前に立った。

土砂降りで、よく前が見えない。

番号、番号、、、、、、、

「・・・・・・・・あった」

気がついたら傘を投げ捨てて雨に打たれて呆然とたった。

本当に嬉しいときは声が出ない。

しばらくして、

「うおおおおおおお!」と叫んでしまった。

土砂降りの掲示板の前で28才が大学に受かった。

丸坊主にメガネのぼくは泣いた。

ぼくの受験時代は終わった。

28才大学生になった。

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後編に続く

プロフィール 小菅将幸(こすげまさゆき)

神奈川県生まれ 絵本「らいふいず」で絵本作家デビュー。5万人に1人の難病サルコイドーシスを奇跡的に完治させ、TV出演。現在講演と執筆。普段は外資系企業で働く。






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