防人

防人が悲別の心を追ひて痛み作る歌一首

大君(おおきみ)の 遠(とお)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫(つくし)の国は 敵(あた)守る おさへの城(き)そと 聞こし食(お)す 四方(よも)の国には 
人さはに 満ちてはあれど 鶏(とり)が鳴く 東男(あずまおのこ)は 
出で向かひ 顧(かへり)みせずて 勇(いさ)みたる 猛(たけ)き軍士(いくさ)と ねぎたまひ 任(ま)けのまにまに たらちねの 母が目離(か)れて 
若草の 妻をもまかず あらたまの 月日数(よ)みつつ 
葦(あし)が散る 難波(なにわ)の三津(みつ)に 大船(おほぶね)に 
ま櫂(かい)しじ貫(ぬ)き 朝なぎに 水手(かこ)整(ととの)へ 
夕潮(ゆうしほ)に 梶(かぢ)引き折り 率(あども)ひて 漕(こ)ぎ行(ゆ)く君は 波の間(ま)を い行(ゆ)きさぐくみ ま幸(さき)くも 早く至りて 
大君(おおきみ)の 命(みこと)のまにま ますらをの 心を持ちて 
あり巡(めぐ)り 事し終(を)はらば 障(つつ)まはず 帰り来ませと 
斎瓮(いはいへ)を 床辺(とこへ)に据(す)ゑて 
白たへの 袖折り返し ぬばたまの 黒髪敷きて 
長き日(け)を 待ちかも恋ひむ 愛(は)しき妻らは

(訳)
防人の別れを悲しむ心をあとから思いやって作った歌一首

大君の遠い役所の内でも (しらぬひ)筑紫の国は
敵を監視する鎮めの砦だぞと お治めになる四方の国に
人は多く満ちてはいるがわけても (鶏が鳴く)東国の男子は
敵に向かって わが身を顧みず血気にはやる勇猛なる兵士であると
ほめいたわられ 仰せのままに (たらちねの)母とも別れ 
(若草の)妻の手枕もせず (あらたまの)月日を数えて
(葦が散る)難波の三津で 大船に 
櫂をいっぱい通し 朝なぎに 水手(かこ)を揃え 
夕潮に 梶を懸命に操り 声を合わせて 漕ぎ行く諸君は 
波の間を 押し分けて行き つつがなく 早く筑紫にいき着き 
大君の 仰せのままに ますらおの 心を堅持し
巡察を続け 勤めが終わったら 元気に 帰って来ておくれと 
斎瓮を 床辺に置いて (しろたへの)黒髪を敷いて 
長い間 待ち恋い慕うことであろうか 故郷のいとしい妻たちは  
(萬葉集 巻第二十 4331/新編日本古典文学全集9 万葉集4)




「戦争は近代に始まったことではない」 というのが事実。


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