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1辺1の正方形の穴を1辺1の正八面体は通るか

 (きょうの算数・数学の記事は、小学6年生くらいには通じるように書きたいと思います。難しいかな?中学生ならばわかるはずです。かつて学生だった大人の皆さんも、あたまの体操に、ぜひどうぞ。ただし、以下の記事は、ある大学入試問題でして、私が作った問題ではありませんので、私はなにも偉くないです。作った先生が偉いです。)

 これは、だいぶ前の、東大の入試問題なのです。私が学生であったころ、すなわち30年くらい前にすでにかなり古い過去問だったと思います。私にとってこれは、高校3年生のときの、センター試験が終わって、二次試験の勉強をしていて、東大の入試の過去問を解いていて出会った問題です。ちゃんと制限時間内に解けましたが、ものすごく感動したので、いまだに覚えている問題です。これ、大学入試とはいえ、もしかしたら小学生でも解けるかもしれませんね!小学生は無理?「正八面体」を知らないか…。でも賢い中学生なら可能ですね。とてもおもしろい問題ですよ。つぎのような問題です。

 「平面に、1辺が1cmの正方形の形をした穴があいています。この穴を、1辺が1cmの正八面体が、穴のふちに触れることなく、通り抜けることは可能でしょうか。可能ならば、その方法を説明してください。不可能ならば、その理由を説明してください」。

 いかがでしょうか?

 (「正八面体」ってなんだっけ?と思うかたにかんたんにご説明いたしますね。1辺の長さがすべて等しい正三角形を8枚用意して、ひとつの頂点に4枚ずつ頂点を集め、辺と辺をくっつけてできる立体のことです。だいたいの形は以下のようです。)

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 この問題、「ふちに触れてもいいのなら、すぐに通り抜けられるなあ」とお思いになったかたが多かったのではないかと思います。正八面体のある頂点をPとして、Pから最も遠くにある正八面体の頂点をXとして、その穴のあいた平面と、対角線PXが垂直になるように通そうとすると、頂点PとX以外の4つの頂点のなす正方形の辺がちょうど1cmなので、「ふちに触れれば」通ることになります。でも、それではダメなのです。さあ、どうしましょうか?

 (※ここまでお読みになって「ちんぷんかんぷんだぞ」とお思いになったかたへ。ごめんなさいね、やっぱりこの問題、大学入試なだけあって、高校生向けかも知れませんね。ここまででわからなかったらごめんなさい!)

 さて、いかがでしょうか。

 答えを書きますよ。

 通るのです!

 では、やりかたを説明しましょう。長さの単位cmは、以下、省略しますね。

 どうするかといいますと、正八面体のある面と、その穴のあいた平面とを、平行にした状態を保ったまま通すのです。すると通るのです。(どの面を平面と平行にしても同じですよ。正八面体ってとても対称性の高い図形ですから。)

 さて、正八面体を、ある正三角形PQRと平行な平面で切った断面を考えましょう。これが、すべて1辺1の正方形におさまればよいわけです。

 つぎの図を見てください。最初に穴を通るのがその正三角形PQRだとしましょう。すると、正八面体で、頂点Pから最も遠い頂点をX、頂点Qから最も遠い頂点をY、頂点Rから最も遠い頂点をRとしますと、最後に通るはずなのが正三角形XYZです(正三角形PQRと正三角形XYZは平行です)。そして、途中で正八面体の向きなどを変えないで通しますと、図のように、PQ//XY、QR//YZ、RP//ZXです。互いに、いわゆる「逆三角形」の位置にありますな。

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 それで、かんじんの「その途中」ですが、以下の図のような六角形になります。6本の辺と、6枚の正三角形を横切りますので、六角形になることはご納得いただけると思いますが。そこで、その六角形の頂点をA、B、C、D、E、Fといたします。Aは辺PY上、Bは辺PZ上、Cは辺QZ上、Dは辺QX上、Eは辺RX上、Fは辺RY上の点です。あっているかな?

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 (余談です。よく大学院の数学の先生に「数学の本は間違いがあって当然で、その間違いを訂正しつつ読むのが正しい数学の本の読みかた」と習ったものです。つまりどういうことかと言いますと、おおざっぱにザザザっと読む人には、間違いがあっても困りませんし、たんねんに読む人は自分で訂正できてしまうということです。たとえば、私が学生時代にすでに古典的な本であった、Birmanという数学者の書いた「Braids, Links, and Mapping Class Groups」という本では、ピュア・ブレイド群の表示が間違っているのですが、なんとBirmanは少なくともそのときに現役の数学者であり、しかもその間違いは有名でした。それなのに著者もその本を訂正しないというね。そんな感じなのです。さらに脱線すると、私はしばらくBirmanが女性であることを知らなかった!それくらい、数学の世界は性別も国籍も関係のないフェアな世界でした。だいたいChernが中国人であった(陳さんらしい)ことさえ知らないものです。)

 長い脱線おしまいです。ええと、なんの話だったっけ。そうです、その六角形ですけど、したがって向かい合う辺はすべて平行で、内角の大きさはすべて120°です。そして、PAの長さをa(0<a<1)としますと、AB=CD=EF=aで、BC=DE=FA=1-aですよね。つまり、以下の図のようになりますね。(また余談です。よく中学1年生向けの教科書に、「角の大きさがすべて等しい六角形は正六角形であると言えますか」という問いが載っていますが、言えませんね。こういう六角形がありますもの!a=0.5のときだけ正六角形になりますけどね。だから、正多角形は教科書にある通り「すべての辺の長さが等しく、すべての角の大きさが等しい多角形」と約束しないとダメですね。余談おしまい。)

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 この図から、対角線ADの長さが1であることは容易に言えます(ちょっと考えてみてくださいね)。そして、辺BCと辺EFの距離は1より小さいです。なぜならBE=1だから、それよりは小さいわけです。ということはですねえ、この六角形は、対角線ADを、平面の穴である正方形の1辺と「ほんのちょっとだけ」平行でなくすると、あれれ、この六角形、1辺1の正方形に、ふちに触れずに、おさまりますねえ!ということは、1辺1の正方形の穴を、1辺1の正八面体は、ふちに触れずに通りますよ!なんと!

 最初に申しました通り、これは東大の入試の過去問です。およそ30年前、センター試験の終わった私は、二次試験の勉強をしていました。おもに東大の過去問を(当時から「赤本」というものはあったと思います)、制限時間を測りながら、自宅で解いていたと思います。当時、数学は(少なくとも理系は)6問でした。いまでもそうかどうかは知りません。(教員だった時代がありますけど、大学入試の過去問など解くのは超苦手だった私は、2006年ごろもそうだったのかどうかは知りません。不勉強な教員でした。すみません。)この問題はちゃんと解けたのですが、たいへん感動したわけです。いまみたいに、パソコンも携帯電話もインターネットもない時代です。私は、二次試験の勉強の最中にもかかわらず、文房具屋さんに行って模造紙を買い、実際に正方形の穴と正八面体を作り、「おお!通る、通る!」とやっていたことを思い出します。この問題、いまでも有名なのですかねえ。それさえも知らずにこの記事を書いています。

 さらにくだらない余談を書きますね。今回は余談だらけです。東大理科一類のほかには、慶応の理工学部を受けました。さすがに1校しか受けないのは恐ろしいですから、慶応をすべりどめにさせていただいたわけです。理由はたんに日程的なものだったと記憶しています(東大の入試とある程度、日程が離れていました)。慶応の過去問を見たのは本番の前々日くらいでした。「ずいぶん傾向が違うなあ」と思った記憶がありますが、とにかく意味がわかればいいですので、それは問題ありませんでした。慶応の試験会場は慶応のどこかのキャンパスでした。前泊は付近に住む親せきの家でした。前の晩に、「こんな物理の問題が出たら解けそうにないぞ」と思った問題がありました。ふたつの重りのあいだにばねがあって、そのばねが伸びちじみしながら全体が等速直線運動するものでした。そうしたら、翌日、ほんとうにその問題は出たのです!そして、やはり解けませんでした。慶応の試験は1日でしたが、ほかに、メンタルの弱い私は、数学の試験中にトイレに行きましたし(高校受験のときも数学の途中で保健室に行っています。メンタル弱)、もうこれは落ちたわと思い、最後の英語の試験は、居眠りする始末でした。それでも受かってしまったのです。ちなみに慶応のキャンパスに足を踏み入れたことは、人生でそのときだけです。合格発表も行っていませんし(郵送で合格を知ったと思いますね。だって東大の勉強の最中ですもの。郵送物のなかに慶応の校歌や応援歌の楽譜が入っていたことをなんとなく思い出します)、大学入学後も、どういうわけか慶応には縁がなく、有名な慶応のオーケストラも聴いたことはありません(慶応オケの友人がいなかったから。いや、唯一、慶応のオケの学生が高校オケの後輩にいたのですが、1度も聴かなかったですね。ちなみに彼はのちにプロの音楽家となり、いまはある有名な日本のプロオケの奏者です)。早稲田には限りなく行ったけどね!下宿時代は早稲田の文学部キャンパスの学食は毎日のように行っていたし、ワセオケも限りなく聴いたしね。後輩がたくさんワセオケにいたから。とにかく慶応にはのちに行っていません。研究集会が慶応で行われたということさえありませんでした。さて、東大の入試の話に戻ります。東大の数学の問題は6問だと言いました。でも、ぜんぶ解く必要などないのです。好きな問題を解けばいいので、だからこれは実質的に選択問題でしたね。制限時間はどれくらいだったかな。とにかく長い時間をかけて少ない問題を解かせるスタイルでした。やはり東大は、「短い時間でやさしい問題をたくさん解く」能力ではなく、その逆を求めていることがわかりますでしょ。研究ってそれですから(長い時間をかけて難しい問題に取り組む)。あと、最近はいろいろな大学で「人間力の入試」もするみたいですけど、東大がそれをやらない理由はなんとなくわかりますね。なぜなら、もし東大が「人間力の入試」をやってしまうと(私はともかくとして)「人間的にはなんらかの欠落があるけど、優秀な人材」を逃してしまいますからね!(だから私はやはり研究者になっていればよかったのだ!数学者なんて、かなりの変人がたくさんいましたよ。アイドルマニアで、研究集会の会場の休憩時間にそこのテレビでアイドル番組を嬉々として見ているのみならず発表のときも「最大値」を意味する「Max」という記号を書いた瞬間に脱線して当時はやっていたアイドルグループの「MAX」の話になってしまった某有名大学の教授とかね。自分の研究室の前の廊下で体育座りをしている世界的な東大教授もいましたしね。とにかくそういう変人を受け入れる雰囲気が大学院数学の世界にはありました。もちろん変人でないまともな人もたくさんいましたけど。)とにかく東大の数学は6問でした。今回の記事の問題も、そんな過去問を見ていて出会った問題です。過去問を解いている限り、私は少なくとも必ず3問は完答(完全な答え)をしていました。多い年は、5問完答した年の過去問もありました。その皮算用でしたが、なんと、本番だけ、1問も完答できなかったのです!そんな年は過去問を解いていて、1度もなかったのに!すべて途中までしか解けなかった!東大の入試は2日間で、前泊も含めて2泊、同じ宿に泊まりました。少しでもリラックスするために、オーレル・ニコレ(世界的なフルート奏者。私のフルートの先生の先生)のフルート、ジンマン指揮コンセルトヘボウ管弦楽団によるモーツァルトのフルート協奏曲全2曲をカセットテープに入れて持って行ったものです(いまみたいにスマホはないので、音楽を聴くとしたらそれしかなかった時代です)。初日は国語と数学。それで、数学がその出来だったのです。ショックでしたね。これは落ちたわと思いました。また慶応のときみたいです。しかし、その晩、宿で、柔道の山下が、オリンピックで、けがをしたのにがんばって金メダルを受賞した話をやっており、そうか、ぼくもがんばろう、と思えたのでした。ニコレのモーツァルトを聴いて眠り(当時はいまみたいな睡眠障害はなかったのだよな。いまは寝る前に大量のくすりを毎晩飲んでおり、くすりを飲まないで寝付くのが信じられないからだになってしまった。これも25歳の二次障害以来のことです。かなしい)、気持ちを切り替えて2日目の理科と英語に臨みました。理科は化学と物理でしたが、化学はとても難しく、これはみんなできていないだろうと思いました。物理はとてもやさしく、これはみんなできただろうと思いました。英語も手ごたえがありました。結果として受かったのですけど、ここでちょっとした豆知識を入れますね。東大の数学って、今は知りませんけど、当時は、解答用紙のほか、計算用紙も回収していました。つまり、解答用紙のほうに、あまりいいことが書けていなくても、計算用紙に、いい線のことが書いてあれば、評価してもらえるのです。とにかく東大の先生には私の能力を評価していただけたことになります。だから、ちゃんとわかっている人は、ちゃんとわかっている人に評価されるのですから、だいじょうぶです。やたら脱線の長い記事になっていますが、ついでに大学院入試で、これから大学院を受ける人に伝えておきたいことがありますので、それも書きますね。大学院は東大数理しか受けなかったですね。というか、すべりどめに東工大とか受けたかったのですが、気がついたときには願書が締め切られていて、結局、東大数理1本になっちゃったのですよね。メンタルが弱いからつらかったですね。東大数理の院試(大学院の入試をしばしば院試と略しました)は、ある月曜日からまる1週間をかけて行われました。筆記試験が2日間、面接試験が1日でした。筆記試験の1日目は、線形代数などの基礎的な数学の内容でした。2日目は、専門の試験で、私の場合は「幾何」になります。もっとも配布された問題冊子はたくさんの選択問題でした。しかしページを開いてみると、「解析」2問、「代数」2問、「幾何」2問、(果たして2問ずつだったかな?3問だったかな?)あとは、「応用数理」の問題がたっくさん載っていたのです。応用数理ってすごく幅が広いですからね。したがって応用数理の先生は、毎年のように大学院入試の問題を作らなければならないはずで、たいへんですなあ…。さて、筆記試験をパスした私は面接試験に臨みました。「面接だから」というので、スーツにネクタイで行ったのですが、ぜんぜんそういうところではなかったです。だいたい、研究集会(学会)とかでも、Tシャツに短パンにサンダルで発表する先生とか当たり前のようにいる世界ですからね。部屋に入ってみると、幾何の先生が全員いました。そして、1人につき40分から50分くらい、いろいろ聞かれるのです。いろいろ聞かれていろいろ答えましたが、私が言いたいことは次のことです。「これで終わります」というタイミングで、司会をしていたある先生が「ところでドラームの定理は知っていますか」と聞かれたのです。私は思わず「知りません」と答えて面接会場をあとにしましたが、これがなにを聞かれているのか、あとから知りました。だいたいにおいて私はドラームの定理は知っていたのであり、ドラーム複体もドラーム・コホモロジーもきちんと理解していたのですが、「ドラームの定理」という言いかたを知らなかったので思わず「知りません」と言ってしまったのでした。「ドラーム・コホモロジーは、たしかにコホモロジーであることを主張する定理です」と言えばじゅうぶんだったでしょう。もったいない。受かったからいいけど。(でもいまこんな状態にあるから意味ないけど。)それでですね、皆さんに伝えたいことは、こういう質問で最もいい答えはもちろん「知っています。これこれこういうことです」と答えられることですが、2番目にいい答えは「知りませんでした。これから帰ったら調べます」という答えなのですね。それが期待されているという質問なのですということが言いたかったです。ついでだから博士課程の入試についても書きますと、それはほとんど修士論文の発表であり、私は非常に優秀な修士論文を書いたし、なにを聞かれてもちゃんと答えられたから問題なしです。

 というわけで脱線の長い記事でしたが、1辺が1cmの正方形の穴を、1辺が1cmの正八面体は、ふちに触れないで通る、という記事でした。長い脱線にお付き合いくださり、ありがとうございました!

(サムネは安田講堂じゃないそうです。駒場の1号館らしいです。東大数理は駒場にありました。私は駒場に12年間、通ったのです。しかし、言われてもこれが安田講堂ではないということはわかりませんなあ。)

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