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エッセイ 「クロノスタシス」を私は知らない。私は「クロノスタシス」の中にいるから。

土曜夜10時過ぎ。電気を消した六畳の端っこにアロマランプを置き煙を吹かせ、アフリカのヒーリングミュージックを聴きながら、窓に映る関越自動車道を眺めている。等間隔のオレンジの光と、ゴオオオオ……と流れる自動車の音。別にうるさくはない。

部屋の端っこに突っ立ってチリワインを飲んでいる。優雅な夜だ。旅に出たくなるな。さすがに関越で都心方面に行く人たちで、その後アフリカに行く予定の人はいないかな。こんなご時世だし。でも、世の中何があるか分からない。

私はまだアフリカに行ったことは無い。なので、勝手に旅行したのを想像して、空港からホテルまでの夜の道を、バスに揺られているのを浮かべてみる。外灯もあまり無い荒野を星の下、走っているのかもしれない。いや、それはイメージで、発展した街の舗装された高速道路を、それこそ関越みたいにオレンジライトに照らされながら走っているのかもしれない。いつか行ってみたいものだ。アフリカのどこかへ。

海外旅行に行くと、空港に現地の夜の時間に着き、バスやタクシーでホテルに向かうことが多いが、そのホテルまでの道と風景が結構記憶に残っている。ブダペスト、イスタンブール、ハノイ、ソウル、ハバナ、ヘルシンキ……どこだって舗装された夜道を走っているのだし、風景と言っても暗くてそんなに分からないのだが、それでも記憶に残るのだ。アパートの明かり、たまたま見えた人通り、車の列……これから始まる旅がどんなものか、暗闇に浮かぶ僅かなヒントから勝手に想像して、ワクワクするからかもしれない。夜道に映る何気ない景色への言及から、ガイドさんの興味深い話に繋がる場合もある。

別に国により大きく変わる訳でもない景色が、何気に印象的だったりするのだ。

後は夜の街を散策で歩いた道も印象深かったりする。プラハ、ベルリン、ハノイ、ハバナは特に印象に残っている。どこも明るすぎないのだ。特にハノイやハバナは、昔の建物に囲まれ、入り組んだ道があまり外灯で照らされてなかったりするので、暗闇が迫ってくる感じがあるのだ。何か、想像をかきたてるものがあるのだ。

さて、頭の中はあちこち旅行したけれど、そろそろ東京の夜道も歩きたい。

一人ワインを飲み続けるのもアレだ。もう一人の自分に出て来て貰おう。

「キミ、クロノスタシスって知ってる」

「知らない。検索して調べてみたら?」

検索したら興味深い記事が出てきた。

「ふうん。何かさ、不思議だよね」

「何が?」

「曲、歌詞、PV全部ひっくるめて」

「詳しく」

「『誰も知らない場所にいきたい』とか言ってさ、でも結局『君と一緒に今夜という時間に留まりたい』的なこと言ってるんでしょ。でさ、PVだと一人で歩いてて、途中で街の人の動きが止まっちゃってるじゃん。あれ、0時になったから止まっちゃったんだよきっと」

「う~ん。あれなんじゃない。本当は留まれやしないことなんてとっくに分かってる。で実はもう『きみ』とは別れてる。だから0時に周りの人の動きを止めてみて、その周りの人たちに過去の自分と『きみ』を重ねているんじゃないかな。誰も知らない場所にいきたかったけど行けなかった人の回想なんだよきっと」

「なるほど……でも、PVの街って勝手に東京ってことに私はしてるんだけど、撮影してるからとは言えやっぱり明るいよね。私が行ってきた海外の街より余剰が無い感じ。あ! これって映画『花束みたいな恋をした』の劇中歌に使われてるんでしょ確か。私観てないけど。なんかさ、何でもできる。どこでも行ける、ってノリで世界観構築しといて実際はジャンル毎に袋小路に陥って重箱の隅つつき合ってるっていう、日本のサブカルの末路を体現してるんじゃないの?」

「おーい、それはおかしいわ。色々飛躍してるし、映画観てないでフライングで語り過ぎ! サブカルに対しマウンティングしても仕方ないでしょう。その内『余剰の無い東京の街路とは違う海外の街路を歩いて来た私』なんてあんぽんたんなこと言いださないでよ?」

「はーい。確かに実際海外言っても変な視点で物事語っちゃう人もいるしね。今日昼私これ読んでたの」

「ふうん」

「70年代に東京でベネズエラ人の男性と意気投合して結婚。で、ベネズエラに渡って波乱万丈の人生を送った人の実話なんだけど。その中に、危険な貧困地区を車から降りずに『取材』した日本の新聞記事が取り上げられてて……それじゃあ現地の人の悲喜こもごもは分からんでしょうって突っ込まれてるけど、今だって『独裁、独裁』とボロクソ言われてるでしょう。でももし、ショボい取材しかしてなくて(実際読むと怪しいんだけど)『独裁、独裁』言って『自由と民主主義』を対地させてたら笑っちゃうよね」

「さっきのサブカル云々に引き続き、更に話が飛躍したなあ。まあ実際そういう記事はあるね。『自由と民主主義』の価値観は重要なんだけど、今の大半のそういうこと唱えてる人って、そういう価値観を袋小路に追い込んじゃって、それこそさっきのあんたのサブカルの話じゃないけど、重箱の隅のつつき合いをやっちゃってるでしょう。普遍を掲げれば掲げるほど狭くなっていくというのはある意味興味深いね。それはでも、今のベネズエラを擁護するような人にも見受けられるけどね。いつの間にか完璧な政権を想定してしまっているっていう」

「う~ん。話が難しくなってきたね。とりあえずアフリカ行きたいなあ。窓から見える関越に揺られてたら着く気がする」

「それは多分ワインの酔いによる揺れで、明日には二日酔いだわ」

「え~。でもさ、思った。人類って皆、『クロノシスタシス』に囚われているんだよ。きっと」

「うわあ、物凄い大飛躍論理来そうな予感。ちょっと名前間違ってるし」

「同じことばかり繰り返してるように見えるじゃん人類って。同じところから進歩しないみたいな。時計の針が止まってるかのようにさ」

「来た~! こりゃアフリカどころか宇宙まで飛べる!」

「いやでもさ、止まってるようで少しずつ、蟻の群れ並みに遅いけど前に進んでるんだよ!」

「蟻さんなんかごめんなさい。しかもあんた真剣な顔して涙ぐんでるし、どどどうした」

「不器用ながら前に進もうとしてる人間の大群を簡単に否定しちゃダメだよ! 勝手に止まってるって決めつけちゃだめだよ!」

「……内容はともかく、真剣な顔で力説するあんたは可愛いねえ。でもさ、じゃあ、人類やこの世界自体がクロノシスタシス(?)の現象として見えてしまうとしてさ、それは、誰が見てるの。神様?」

「……!! その話は気づかなかった。ミチ子天才!!」

「ミチ子誰(汗) そういう『全体を見れる存在』を、あんたはいつの間にか想定していた訳だよね。さっきのベネズエラの話じゃないけど、いい加減な記事書いちゃう人はもしかしたら、『全体』を見る努力ができてないから、現在地が分からなくて漂流してる、みたいになってしまったのかもしれない。サブカルに触れるのでも読書するのでもさ、自分なりに世界の全体を見渡したらこうなりますっていう巨大地図を作り上げるのに重要なんじゃないの。馬鹿にしてる場合じゃないんだよ。でさ、あまりに行動しないと巨大地図が完璧に見えてきちゃって、それこそ危険だからさ。行動してさ、グーグルマップの中の青い丸ポチじゃないけど、巨大地図の中の自分の位置を確かめて、それで巨大地図でまだ霧がかってるところが見えてきたりするんじゃないの? で、完璧な地図なんて普通無理で、できれば超ラッキーくらいの気持ちで地道に描いてれば、その内アフリカやカラカスの高速道路を走ってたりするよ。夢物語じゃなく」

「(ウルウル)そうだね。そうだよね。これ以上呑んでたら私の中でクロノシスタシス(……)現象が起きて、明日は今夜に囚われ動けなくなっちゃうから、そろそろ寝るね」

「そこかい。ていうか現象の意味分かってるのか……まあ明日は日曜だしゆっくりしなよ」

「は~い」

こうしてミチ子(仮)は消えた。私は現実に旅ができるよう、近所から外国あらゆるところに健やかに行けるように……

……とりあえず寝た。



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