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映画「夜明けのすべて」出会えてよかった

※ネタバレ

朝ドラ「カムカムエヴリバディ」にて夫婦役を演じた松村北斗・上白石萌音の再タッグであり、ラブストーリーでない。
この前情報だけで最高が約束されていると確信する。

予告から想像していたとおり、なにも起こらない映画だった。
病気は治らないし、逆に悪くなって人が死ぬこともない。職場内いじめも家庭内不和もない。
主人公二人が恋愛に発展することも、もちろんない。

星空がゆっくりと景色を変えていくように、変わらないまま変わっていく日常を少しだけ切り取った映画。
そのなかで、人間どうしのあたたかい感情のやりとりが心をほっとさせてくれる映画だった。

「普通」ってなんだろうと考える。
「普通」の人なんていないんじゃないだろうか。
みんな、それぞれ見えない事情を抱えて何とか毎日を生きてる。

部屋にはトロフィーや寄せ書きが並び、都会的なオフィスで働いていた山添くんは、おそらく人生に勝ってきたのだろう。しかし、突然のパニック障害発症により、休職する。
山添くんが栗田科学に来たのはなぜだろうと考えていると、栗田社長と元上司が同じ会合に参加している場面になる。
グリーフケア。家族の自死を経験した人たちのサークルだった。
この人たちも、外から見えない心の傷をずっと抱えている。

新卒で勤めていた頃に、PMSの症状がひどくなった時には迎えに来てくれた藤沢さんのお母さんは、5年後には要介護状態になっている。
藤沢さんは、そのことを特に職場に知らせていないようだ。

過呼吸の発作とか、イライラが抑えられなく周囲に当たり散らしてしまうような分かりやすい出来事がないと「普通」の人なのかなと思ってしまうけど、実はそうではないと実感する。
自分の周囲の人に、もう少し優しくなってみようかなと思った。


好きなシーン。

藤沢さんになかば無理矢理髪を切られた次の日、山添くんの短く整った髪に気づいた社員が声をかける。もっさりした髪が顔の半分を覆っていた頃から明らかに表情が明るくなっているのに気がつく。山添くんの心境の変化が少しわかるさりげない描写だ。

もう一つは、生理が重く会社を早退した藤沢さんの自宅に山添くんが忘れ物を届けに来るシーン。
ドア越しに短い会話を交わし、荷物をドアノブにかけて山添くんは会社へ戻っていく。
藤沢さんは荷物を部屋に入れたあと、窓際で外を眺める。風がふわーっと入ってきてレースカーテンを揺らす。体調が悪くて沈んでいた藤沢さんの心にも、爽やかな風が吹き込んでいくのが見えるようだ。
美しい景色だった。


北斗くんと萌音ちゃん、二人が持つ大きな財産は、やはり「声」だと感じた。
この映画、二人のモノローグが多い。
終盤は、萌音ちゃんの長いナレーションがある。
二人の繊細で柔らかく、しかも芯のある声が物語に説得力をもたらしている。
この静かな映画に二人が出演する意味がここにあると思う。


映画は静かに終わり、エンドロールは定点で撮られた栗田科学のありふれた1日のワンシーンが流れ続ける。
坦々と過ぎる日常。その中で、お互いに少しずつ関わり、助け合い、相手を思いながら過ごしていく。
もう会うことのない人の思い出も抱えながら、それぞれの一日が過ぎていく。
暗い気持ちになる雨の夜から始まって、明るい昼で終わる映画。
シアターを出てからも心がほわほわと暖かかった。

生きるって、働くって、大変。
でも、差し入れでもらえるたい焼きみたいに、たまにはいいことあるよね。
私もがんばろ。

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