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承認欲求に塗れた身勝手な小説(5437文字)


3つの願いと引き換えに、
魂を喰らって永らえるモノ。

そのモノの伝承は各地に残り、
まるで今も そのモノが存在するかの如く、
語り継がれている。

しかし、その姿を確認した という話は、
どこにもなく、誰も語らない。

これより始まるのは、
深淵の闇に葬り去られたモノの、
真実の物語。



あぁ、今日もまた、
何処からか切実な喚びかけが聞こえる。

お決まりの呪文。
伝統に則ったローブなんかを着て。
必死に勉強した通りに魔法陣を描いて。
自分に、意志やチカラなんてものが
あると信じて。

そんなことをしたくらいで、
簡単に召喚できるようなモノだと
思ってるんだろうな。 たぶん。

行くか。行かないか。
応じるか。応じないか。

昨日も一昨日も応じていないから
そろそろ行ってもいいけど
ちょっと面倒かな。

でもまぁ、行ってみるか。


草木も眠る丑三つ時、
私は家を抜け出して、
生まれ育った町から逃げ出して、
船に乗って この町に来た。

だけど、私は私だった。

私が逃げたかったのは、
両親でもなく、友達もどき共でもなく、
紛れもない自分自身だったこと。

それに気がついた時にはもう、
後には引けなくなっていた。

私は新しい町で仕事を探し、
これまでと違う名前を名乗り、
安い金でこき使われていることに
気がつきながらも、
自由を手にしたような気になっていた。

違った。違ったことに。
間違えていたことに気がついてしまう自分に
うんざりしてしまう。

そんな日々から逃げ出すため。
そう。また、逃げる。
私には それしか出来ないから。

風の噂で聞いたんだ、
3つの願いを叶えてくれる、
優しい化け物の話を。

3つ目が叶った後にどうなるかは、
何故だか誰も 教えてくれなかったけれど。

願いなんて、何を願えばいいかなんて、
私にはわからないけれど、
独りで耐える以外の方法なら
なんでもいいんだ。

私は今、魔法陣の中央に立ち、
呪文を唱えている。

きっと来てくれる。 そう信じて、
一言一句間違えないように、
細心の注意を払って、
召喚呪文を唱えている。



あー、聞こえる聞こえる。
今回の声の持ち主は どんなかな。
前のは ひどかったからな。
あっ、思い出すだけで頭痛がする。

えーと、形式とかがあったよな。
呪文を唱え終わったあたりで…、

…?
術者の真正面だっけ?
それとも真後ろだったかな??

まさかの真横!?

……それはないか。

あっ、やべ、もうすぐ唱え終わりやがる。

真後ろにしよう。 うん。



古より脈々と受け継がれてきた呪文が、
私の声帯とそして魂を、同時に震わせる。

長い詠唱。
息つぎのタイミングも、決まりきっている。
大丈夫。間違えない、絶対に。

なぜかそう確信している。

いよいよ唱え終わる、最後の音まであと少し、
というところで、
全身に圧がかけられた、ように感じた。

なにかが、すぐそこに、いる。

口を開けさせまいと、
やめろ、やめろと、
全身が本能で訴えかけてくる。

けれど私は怯まずに、
最後まで呪文を唱え続けた。



ふ〜〜、よかった、間に合った、
危ない危ない。

うーん、ローブのせいでよくわからないけど、
とりあえず背は低いな。声は高いな。

それにしても、なんでみんな、
召喚するとき、こんな真夜中にするのかな。
人目を避けたい?
そんなひどい見た目してるつもりは無いけどな…。
あー、凹んできた。

おっ、唱え終わったみたいだぞ。

このあと、どっちが先に喋るんだったかな…。
術者かな? 術者だよな??
とりあえず 振り向くかどうか待ってみよう。



……どうしよう。
とりあえず呪文は唱え終わったし、
後ろに確実に何かがいるけど、
この後の手順が思い出せない。

間違えたくない。
思い出したい。
思い出せない。

あ、これ、もしかして、私の番かも。

私が、喚んだわけだから、
なにが来たとしても、まず、
確認するべきかも。

私は、大きく深呼吸をして、
ゆっくりと、後ろを、見た。

そして、私は、出会った。

私たちが、化け物、と呼ぶ それと。

それを、なんと呼べばいいのか、
私には、わからなかった。

ただ、あまりに圧倒的で、
化け物、なんて、言葉で、
片付けていいようなモノではないこと。

それだけは、わかった。



おいおい、待てよ、かわいいぞ。
かわいい。すごくかわいい。

なにが かわいいって、
こっちを見た瞬間に目を見開く、
その見開かれた目が
とんでもなく吸い込まれそうだし、
肌なんか陶器のように白くてもう
発光してんじゃないかって感じだし、

あーーーー。叫びたい。
お前なんなんだその可愛さ!って叫びたい。

いやでもここで叫んだら初対面の印象が。
ファーストインプレッションは大事だぞ。

…あれ? 喋らないなこの子。
どうしたんだろう。

ひょっとしてこっちのターンか?
こっちが先に喋る感じだったか?

…いや、術者だ。
術者だったよ、先に喋るのは術者だよお嬢さん。
思い出したよ、
前もその前も喚んだ側が先に喋ってたよ。



…。いけない。圧倒されて意識が飛んでいた。
きっとこれは、こちらが先に話すべき場面だ。

喚ぶだけ喚んでおいてダンマリなんてひどいし、
この、これ、なにこれ?
目の前のこれから
どんな声が出るか、あまり知りたくないし。

これの見た目を。どう説明するべきなのか。

深い闇と強烈な圧。
明らかに人ならざるモノの気配を持ち、
しかし。見た目は人だ。

伝承のようなヤギのツノは無い。
漆黒の翼が生えているという噂だったけど
羽のハの字も見当たらない。

私は、混乱していた。
だから深呼吸をした。

相手と話すときは目を見つめるのがいい
って思ったけど
これの目をジッと見るのは たぶん不可能だ。

だから目の前の床に視線を落とし、
また深呼吸。
吸って、吐いて、吸って、吐く。

意を決して 再度 前を向く。

ローブのフードを取り、私は口を開いた。
定型どおりの問答は、思い出せなかったけど、
とりあえず何か言わなくちゃ、そう思って。

「こんばんは、はじめまして。
 貴方を喚んだのは 私です。
 来てくれて、ありがとうございます。」

これだけ。たったこれだけ、
口から絞り出すのが、
私にできる、精一杯のことだった。



えっ…。我が耳を疑うことが起こっているぞ。

こんばんは? はじめまして?? ありがとう???

いやいやいやいや…。
形式。形式どうしたの お嬢さん。
まさかの忘れたとか そういう展開か?

えっ、えっと、とりあえず。

「こんばんは。喚ばれたから来ました。」

ほ、ほかに何て返せばいいのこれ…。

てかお嬢さん、フード取ってくれてありがと。
三つ編みにした茶髪が良く似合って
すごく可愛いよ。
こちらを真っ直ぐ見つめる
その紫色の瞳が心を掴んで離さない。

あ、混乱してきた。混乱している。



そいつの声は、予想外の効果を私にもたらした。

安心。

そう、その声を聴いた瞬間、
私は、自分の頬を熱いなにかが伝い、
視界が歪んでいくのを感じた。

「…。えっと、あの。
 ごめんなさい。泣くつもりは、無かったんです。
 私、思い出せなくて。
 形式が、ありますよね。思い出せなくて。
 違う。 待って。 なんだっけ。
 そう、願いを。 願い…。」

気がついたら口が勝手に言葉を紡いでいた。



っ!!!!
!!!!!!!!

…な、泣いている、だと!?
待ってこれ どうすればいいのこれ。

「願い。そうだね、そういう決まりだね。
 一応説明したほうがいいかな、

 そちらが願う。こちらが叶える。
 それを3回くりかえす。
 これが基本のルール。

 一度叶った願いは 取り消すことが出来ない。

 あ、あと、喚んだのとそれに応じたってので
 契約したことになってるから。

 契約が反故にされると、どうなるか は
 されたことないから わからないけど。」

なるべくわかりやすく話したつもりだけど
まだ泣いてるし話聞いてるのかこれ…。

ど、どうするべき!? 抱きしめるべき!?!?
…それはないな。 ないな。



あぁ、止まらない。
涙が止まらない。
はやく止まってほしい。

涙をぬぐいながら、私は話す。
もっとその声を聴きたい。
たったそれだけの理由で。

「わかりました。
 願いを、3回、叶えてもらえるんですね。
 それは、知ってます。
 私の、願い、それは。」

ここで、言葉が途切れた。

なにを願えばいいのか。
私は、なにを、願いたいのか。

ずっと、独りで、なんでも、やってきたし、
それなりのことは、
独りで、なんでも、できる。

願わなければ叶わないような何かを、
求めたから、ここに、私は、いる。

あ。独り。だ。独り。わかった。

その瞬間、涙が止まった。
そいつの顔を、真っ直ぐに、見つめる。

目が合った。
こちらの言葉を、待ってくれている目だった。

それだけで、充分だと、思ったら、

自然と、とても久しぶりに、笑顔になれた。

作り笑顔以外の笑顔は、
何年ぶりかすら思い出せないけど、嬉しい。

素直に、嬉しいと、思えた。

そのとき、私には、何も、怖いものが、無かった。

「私が 貴方に願うこと。
 ひとつめの願いを聞いてください。

 わたしと、ずっと、一緒に、いてください。」

ほかに、望むものなど、なにもないと、
心底、思った。



ん!?

今なんて言ったこの子!?
ずっと一緒にいてください!?!?

ちょ、ちょっと待てよお前ちょっと待てよ。

…告白? 告白か?
願いっていうか告白だよなこれ。

うわぁどうしよう。嬉しい。めっちゃ嬉しい。

嬉しいは嬉しいんだけど、違う。
間違えてるよ君、間違えてるよ。

3つだよ。3つ願わないといけないのに
そのひとつめが
ずっと一緒にいてください って。

面白い子だと、思った。
自分が笑顔になっていることに、
後から気がついた。

「えっと、ずっとって、どういう意味?」

思ったよりマヌケな質問になってしまった。



ずっと 一緒に いてください。

そのシンプルな願いに対して、
質問が返ってくるなんて
思いもよらないことだった。

「ずっと、 ずっと、 誰といても、
 独りなんです。

 独りな自分が、

 独りだと思ってしまう自分が、

 同じように独りな癖に幸せそうな、
 自分以外の人間が、

 嫌いで仕方がないんです。

 だから、だけど、

 誰かと一緒に居たい と
 願う自分も、嫌いなんです。

 でも、やっぱり 独りなんです。

 貴方なら。と、思うのです。

 だって貴方は。

 そんな見た目をしているけれど、
 私にはなんとなくわかります。

 貴方は人間では無い。

 だから安心できるんです。

 お願いします。心からお願い。

 わたしと、ずっと一緒にいて、ください。」

だけど、口を開くと、ダムが決壊するみたいに、
これまでずっと
誰にも言わずに言えずにいた心が、

言葉と涙になって
止めどなく あふれてきた。



もう無理しんどい我慢できない。

気がついたら腕の中に彼女の体温があった。

こちらを見上げる目が
あまりにも無垢なので、あぁ本当に。
本当に、これまで、誰もいなかったんだなぁ。
そう思った。

目はまっすぐなのに身体が固まっていて、

これまで本当に
誰にも心を許さず 誰からも心を許されず、
そんな自分の心を罰し裁き殺しながら
生きてきたんだな。
そう思った。

その瞬間 俺の目から涙があふれていた。
彼女の透明な涙は止まったというのに、
俺の目から流れる紫色の、
彼女の瞳と同じ色の涙は、止まらなかった。

「ごめん。ごめんな。
 今までお前がつらいとき
 俺がその場にいなくて本当にごめんな。

 最初の願い、確かに受け取った。

 それはお前の心からの願いだ。

 …そしてこれはオマケ。」

俺の言葉を聴きながら、
見上げる彼女の目が、
大きく見開かれていった。

彼女の紫色の瞳を見て、
そこから再びあふれだす透明な涙を見て、
それでも閉じられることのない両目を見た。

きっと、彼女は。

強くなりたく なくても、
強くならなければ ならなかった。

きっと そういうことなんだろうと、思った。

思ったら我慢できなくて、

彼女の桃色の唇に、そっと口付けをした。



気がついたら包みこまれていた。

彼の謝罪の言葉を聴いて、
何が起こったか理解できないまま、
目から再びあふれだす熱いものを、
どうすることもできずにいたら、

今度は顔が近づいて、
彼の想いが、繋がれた唇から注ぎこまれてきた。

そのまま、しばらく、息が、できなかった。



繋いだ唇から
想いが少しでも伝わるように願っていた。

叶える側の俺が願うなんて
初めてのことだった。

彼女の、俺そのものを求めた彼女の願いが、
軋む心が、少しでも満たされるように、
切実に願いながら、

何度も何度も少しずつ角度を変えて
同じことをくりかえした。

彼女の髪を柔らかく撫でながら、
俺の心も満たされていった。

少しずつ上がっていく、
彼女の熱い吐息が、
近すぎる体温が、
とても愛しいと思った。

人間という生き物に、
ここまで心を揺さぶられたのは、

俺が生きてきた中で
いまだかつてないことだった。



「ん…。っ…。」
自分の声が自分の耳に届く。

心臓が うるさい。

彼も、自分も、世界も、
全てがどうでも良くて、

もうどうなってもいいから
ずっと続いて欲しい、と、

切実に願ってしまった。

自分が こんなに欲張りだなんて、

私は、そんなことすら、知らずに、
生きていたんだな、と、思った。


そっと、唇を離すと、

彼女は、
ぼんやりと、焦点の合わない目で、
俺を見ていた。

その とろけた顔を、心から愛しいと思った。



余韻に浸りながら、彼の顔を見つめる。

ついさっきまでのことが
夢や幻のように思えてきて、

もしかしたら、
私が彼を喚んだことすら、

なかったこと だったかもしれない と思って、
急に不安になった。

でも、彼が、優しく微笑みながら、
こちらを見つめ返してくれているので、

もう、これが夢や幻だとしても、

いまとてつもなく満たされているこの感覚が、
これこそが全てで、
ほかに望むものはないから、

これでいいと、思えた。

ふるさとの風景。

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