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死ぬ気で生きる~どうせ死にゆく命です


社会の役に立っていない
自分には価値がない

病を患い家族も養えない
申し訳なく思い
孤独感を感じずにいられません




仏教では
生きる上での基本的な姿勢
が示されています

それは

与える

ということです

生きていくうえで
私たちの姿勢として
基本となるものです


これは
大人であっても子供であっても
高齢者であっても病人であっても
同じ

なぜならば

私たちは
独りでは生きていくこと
が出来ないから

です



生きている
ということは
家族に
周囲に
社会に
育てられた

ということです


だから
それらを返していく
自分が
与えられるものを与える

それが仏教の教える
生き方の基本姿勢
です

生きている

それだけで
何らかの形で

社会に与えている

はずです

   
何かしら
与えられるもの

があるのです


お金や財産
品物だけではなく
知識や経験であったり
笑顔や言葉であったり
心遣いであったり
懸命に生きる姿勢であったり

様々なものがあるのです



何かに行き詰まり
苦しんでいる


苦しみには2つあります

一つは
次から次へと生まれてくる苦しみ

もう一つは
苦しみを超えていくための苦しみ


将来自分はどうなるのだろうか
このままで良いのだろうか
なぜこんな事になったのだろうか

という苦しみではなく

出来ることは何か
私は何を与えられるのか

何とも曖昧で
何とも大雑把な
そして一見無責任な

今の私に出来ること

お金もない
知識もない
技術もない
何も持っていないその手で

病気になったなら
その病気の体で
何ができるか

苦しみを超えていく
のです


何が与えられるか

自分にないものではなく
自分にあるものに目を向け
この状態で

私に何ができるのか

私が与えられるものは何か

それを考えて
与えていく

そのことによって
私たちの心は
過去ではなくて
未来を見るようになるのです

未来を見る
とは
未来を想像して
憂う
ということではありません
未来を心配する
ということではありません


私に与えられるものは何か

と考えた時
次の瞬間に
取れる行動があるのです

これを見つけていくこと
これを行じていくこと

これが

今を生きる

ということです



どうせ死んでいく命です
未来を憂うのではなく
今この瞬間を

死ぬ気で
生きてみてはいかがでしょうか







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