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夜こい

夜と書いて「よさ」と読む記述を見つけた。

こんな話がある、と老婆は身を乗り出す。「ヒコソのジイサは力強かったんやと。ほいて、度胸がよかったんやと。医者じゃったさかの、刀さして、オバミネというところを通る時の山賊がの、よさに火たいて、車座になってあたりやるんやと。そこへ行ての、寒い時やしよ、あたらしてくれ言うて行たんやと。昔や、なんやしらん、フンドシもしてなかったんかいの、蹲踞つくのてたら、ほいたら、山賊が見たら、キンダマ下がったあたんやと。おとろしかったら吊り上がっていくやろけどの。キンダマ下がったあるさか、こりゃ度胸ある男じゃさかい、うっかり手を出せん。ほいで山賊はよう手ェ出さなんだやと」

[太字引用者] 中上健次『紀州 木の国・根の国物語』「尾呂志」

山賊の火を囲む処にフンドシもせずノコノコやってくる男というのは、その図体といい相貌といい、眼に浮かぶようで面白い。状況が少し違えば、鈴ヶ森である。

閑話休題。夜と書いて「よさ」という。それで思い当たったのが、「よさこい」である。よさこい節は夜来いと唄うのだったっけ。「よさこい」のことを調べると、そうではない。夜来いというのだそうだ。

さり」は夜分、夜という意味を持つ古語で、こういう言い方は今には伝わっていないが、さりこい→よさこいとなって、その名残を留めている。

語源を調べても、夜よ来いなのか、夜に来いなのかわからずじまいだ。助詞は判然としない。

来いと唄って欲しい。紀州の「よさ」が土佐にもありうる気がするのだ。同じく山と海とに遮られた零落の地であるからして。


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