2021年夏、資格試験と就職に失敗した僕は、フリーターとして恋人と共に暮らしながら生計を立てていた。夢破れたルーティンな日々。昔、君が書いた詞のようだと思っていたんだ。

#深琴と真琴の琴棋書画
#自己紹介 #精神病 #ナクシタモノ #創作エッセイ

名前

2024/01/某日 某時刻 ？？？の部屋

「これじゃない……」

ペンを握る手が止まる。

「これじゃないこれじゃないこれじゃない！！！」

何度も書き直してグシャグシャになった紙をビリビリに破いた。

「私が愛していたのは！こんなどこの誰とも分からない継ぎ接ぎで作った"お人形"なんかじゃない！！！」

あんなに大好きだったはずなのに、私は君達のことを何も知らなかった。突如として虚無感が襲ってくる。

中の人
「君達は……私はいったい……誰なんだ……」

はじめから

海の日

2021/07/22 某時刻 <安才海人とのログ>

深琴
「海の日おめでとう！」

海人
「海の日を祝われてもな」

僕の名前は葛木深琴(カツラギ ミコト)。彼は高校の同級生でバンド仲間だった安才海人(アンザイ カイト)だ。暑さが厳しくなってきた夏、僕は安才に暇潰しで作った曲をメッセージアプリで送りつけた。

海人
「いや、歌詞草。ラップかよw」

深琴
「本当はお誕生日ソングでも作ろうかと思ってたんだけど、クソみたいな曲出来ちゃった」

<動画ファイル>
「日本の夏は ヤバすぎ 地球のバグだって～🎵」

挿入歌：
日本の夏はヤバすぎる / 葛木深琴

ごめん、安才。今年も"例の曲"は完成させられなかったよ。僕は高校卒業から6年以上編集中になったままの音楽データを眺めながら返信した。

深琴
「葛木さんは作詞が苦手なんだ」

海人
「確かに苦手そうなイメージある」

安才との"まともな"会話はこの日が最後となった。なぜなら、僕が……。

ルーティンな日々

2021/07/某日 某時刻 アルバイト先①

店主
「深琴ちゃ～ん、これお願い！」

深琴
「はい！今行きます！」

2021/07/某日 某時刻 アルバイト先②

お客様
「電気が止まっちゃって大変なのよ。なんとかならない？」

深琴
「電気が止まっているのですね。ご不便をおかけして申し訳ございません。確認いたしますのでお客様の……」

2021/07/某日 某時刻 深琴と敬の家

深琴
「ふぅ～ただいま～！」

敬
「お疲れさま～！」

彼は大屋敬(ダイヤ ケイ)。僕の恋人だ。大学生の時の夢だった公認会計士試験と就職に失敗した僕は、敬のお世話になりながらフリーターとして生計を立てていた。

これはこれで幸せなはずだけど、僕は夢破れルーティンな日々を過ごす自分を、高校時代に安才が書いた"人形の詞"に重ねていた。

あの頃の君みたいに、何か面白いことでも起きればいいと思っていたんだ。それがまさかこんな事になるなんて、誰も思わなかっただろう。

深琴
「うっ……ぐ……っは！！」

ある時、突如心臓が痛み出した。時間は数十秒。違和感を感じながらも治まったことに安堵した。しかし……

疲労とストレス

2021/08/某日 某時刻 アルバイト先①

ガシャーン！！

深琴
「失礼いたしましたー！！(やってしまった……)」

店主
「深琴ちゃん、怪我は大丈夫？最近食器割ること多くなってない？」

深琴
「すみません……ありがとうございます。なんだかボーッとしちゃって。暑さのせいですかね……あはは……」

2021/08/某日 某時刻 アルバイト先②

お客様
「電気の点検だ？知らねぇよ。もう電話かけてくるな！(ガチャ)」

上司
「葛木さん大丈夫……？難しいお客様だったみたいだね。気にしなくて平気だからね」

深琴
「すみません……。僕の技量不足です……」

2021/08/某日 某時刻 深琴と敬の家

深琴
「ただいま……」

敬
「深琴、大丈夫？顔色悪いよ……？」

深琴
「うん……ちょっと、疲れて……うっ！！」

アルバイト先から家に帰ってきたときだった。再び心臓が痛み出した。

敬
「深琴……？この前も痛んでたよね……？念のため今度、一緒に病院に行こう？」

深琴
「うん……ありがと……」

敬がいてくれて良かった。一人暮らしだったら、冷静になれなかったかもしれない。

2021/08/某日 某時刻 大学病院

医師
「検査しましたが、特に体に異常は見られませんね。心因性のものでしょう」

深琴
「心因性……」

それからもしばらく、心臓の痛みや、目眩、吐き気、腹痛などの症状が続いた。

休職

2021/09/某日 某時刻 アルバイト先①

深琴
「すみません……。ちょっと具合が……」

店主
「また！？病院行ったって聞いたけど、本当に大丈夫なの？心配だよ。今日はもう早退しな。あとやっとくから」

深琴
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」

2021/09/某日 某時刻 アルバイト先②

深琴
「うっ……うぅ……(涙が止まらない……)」

上司
「葛木さん、大丈夫？医務室で休む……？」

深琴
「すみません……。少し……横にならせてください……」

上司
「彼氏さんにも連絡しとくからね。迎えに来てもらえそうなら来てもらおう。大丈夫だよ」

深琴
「ありがとうございます……」

2021/10/某日 某時刻 深琴と敬の家

深琴
「ぐっ！……はぁ……はああ！！……うわぁああん！！」

敬
「深琴！落ち着いて！深呼吸しよう。深呼吸」

深琴
「……すーはー……すーはー……ちょっと……落ち着いた……。ごめん敬……僕はもうダメかもしれない。最近、死ぬことばかり考えてしまうんだ……。自分の背中を刺す誰かの夢にうなされる。頭の中がごちゃごちゃ騒がしい……。仕事でも迷惑かけてばかりだし、僕なんかいない方が良いんだ……」

敬
「そんなことないよ。職場の人達は心配してくれてるんだろ……？俺も心配だし。心因性って前に大学病院で言われてたね。気持ちの落ち込みもあるようだし、心療内科か精神科？に行って診て貰おう。俺も一緒に行くから」

敬の言葉に促されて、僕は病院をスマホで検索した。どこに行けばいいか分からなかったから、すぐに予約が取れそうだったメンタルクリニックに行くことにしたんだ。

2021/10/25 某時刻 メンタルクリニック

受付
「問診票の入力はお済みですか？」

深琴
「はい……」

受付
「ではこちらの資料をご覧になってお待ちください。カウンセラーの先生が今いらっしゃいますからね」

深琴
「分かりました……」

僕は貰った資料に目を通した。うっ……うっ……情けない……。アルバイトすらままならない自分に、不甲斐なさを感じずにはいられなかった。泣きながら資料に目を通す僕の背中を、敬がさすってくれる。

カウンセラー
「葛木深琴さーん。こちらへどうぞー。お連れ様は待合室でお待ちくださいね」

何を話したのかは覚えていない。気付けばカウンセラーさんとの話は終わり、診察に入っていた。

精神科医
「適応障害の診断を出しますので、休職して様子を見ましょう。お薬出しときますね」

深琴
「ありがとう……ございます……」

泣きながら話を終えた僕は敬と一緒に帰路についた。重苦しい気持ちの中、仕事先2つに電話で連絡をする。戸惑ったような声が聞こえてきたが、どちらも今はゆっくり休んでと言われた。

そしてその日の夜、僕はメンタルクリニックで出された薬を服薬する。すべてはこれがはじまりだった。

オープニングテーマ：
ナクシタモノ―Reset―(inst) / 葛木深琴

次回

登場人物紹介