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期待と恐れを捨てたい

人間って意外と思い込みというものを持っている生き物でして。

私の思い込みは、未来に、ひとに、期待をすると必ず良くないことが起こる。だから、必死に悪い結果を考える。テストが返されるときも0点だと思うようにしていたし、旅行にいくときも雨とかお腹を壊すとか、プレゼンをするときは頭が真白になるとか直前にトイレに行きたくなるとか、楽しくするため、成功させるための事前準備としてわざと嫌な思いを植え付ける。

それは過去の経験にしばられているから。あのときこうなったから同じことをしたらこうなるだろうって思ってる。

ひとに縛られていることもある。
あの人が言ってたから、あの本に書いてあったから、すべてうまくいかなかったときのいいわけと、逃げる理由。

なにか行動するときの理由にしているものに向き合ってみたらなんの根拠もなかった。もしかしたら、そう思い込んでるから、そうなるのかもしれない。

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恐れ。
言ったら伝えたら相手になんて思われるんだろう、失ったら終わったらとてもつらいだろう、そんなことを前提に生きてる。だから何に対しても近づきすぎないし、見動きがとれないこともたくさんある。でも、結局これも「だろう」なわけで、思い込みでしかない。

今日お客様に「前職なんですか?」と聞かれた。(本当は1年目)よくとらえれば、落ち着いてるともいえるし、良くない方向にとらえれば、生意気という意味かもしれない。だれも本当のことはわからないのに後者だと信じて思い込んでしまったら、きっとそれが現実。

いつか失う、いつか終わる、それは当たり前だし、そう思うものってきっと失ったときすごく落ち込むし、つらいと思う。私はその恐れから身を守るために、私は孤独がかっこよくて、自分は孤独だと思ってた。

回避しているものに向き合う必要性があるのかと聞かれたらなんにも理由はないけど、いま向き合わないといけない気がする、前に進めない気がする。

そんなときにある本の中でみつけた言葉、
「結局あなたはどうしたいの?」

伝えたいのであれば伝えればいいし、近づきたいのであれば近づけばいい、行きたければいけばいいし、なんといわれようと何が起きようと信じたいものを信じればいいし、たぶん人生ってそれくらいシンプル。

過去に縛られるなってよく聞くけど、私は未来にある期待と恐れを捨てたいから、過去の楽しかったことを思い出す。どんなに過去の経験があったとしても過去なのであれば、いまの私は変われてるし、同じじゃない。

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きょうのほん
よく生きるために働くということ
「あなたはどうしたいの?」ということばをいただいた本。久しぶりにアドラーさんの本読みましたが、やっぱり私の信じたいもの。

ちょっとでも、あなたの心にひっかかったら。