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NEW 小説『ジェフ』

『ジェフ』
 
Halloweenの夜に


 暗いのに急な階段で、僕はもう少しで首の骨を折るところだった。 
「ほんとに俺のこと全然知らないんだな」
知らないといけないんですか。僕は済まなそうな顔をしてみせた。彼は何度も自分の髪を掻き上げる。芸能人みたいに。って、芸能人か。
「ですから僕は、クラシックが専門なので」
うるさい演奏が始まった。これでは話ができない。彼はスコッチの氷を長い指で掻き回す。それを何度もやる。氷山は海面に浮いた部分は小さくて、海水に沈んだ部分がずっと大きい。
 舞台では、人の動きに合わせて、埃が舞う。そこに檸檬色のライトが当たって、案外と綺麗だ。ピアノの上にも積もった埃。そこにライトが当たって、音楽の波動に合わせて埃が吹き上がる。客席には十人程の客。これが本番なのか、ただのリハーサルなのか、僕はそれが知りたい。バーは営業している。だからこれってやっぱり本番。
 ボーカルは大きなサングラスを掛けて、黄緑色のシーク教徒みたいなターバンを巻いている。両腕に派手な刺青。ライブハウスだと思ったけど、そうじゃなくて、本当はここはバーで、ちょこっとステージがある、みたいな。これはレゲエだ。リズムに特徴がある。
「じゃあ、俺のことを知らない君に頼みたい」
これだけうるさくても聞こえるのは、彼がボーカリストだから。僕は質問をしたけど、あっちには聞こえなくて、僕は筆談を図る。携帯に打ち込む。
(イメージはどんな?)
「恋愛小説を書くみたいな」
(どんな?)
「それを君に考えて欲しい」
 
 彼は立ち上がる。そこにも埃が舞う。僕はくしゃみを二連発する。見ると、彼は、高級っぽいシルクっぽいシャツの下に、真新しいNirvanaのTシャツを着ている。
「これが新曲だから」
僕の耳にヘッドフォンを掛ける。彼は好奇心いっぱいな子犬みたいな上目遣いで僕の反応を見る。なに、これって、ロックじゃないよな、ロックだって聞いていたけど。がちゃがちゃしたロックのイントロに、突然エレクトリックサウンドが響き渡って。結局これってラップ? なんだ……。あ、今のとこ、彼の正気が失われるところ……。この人の歌には正気を失うところがあって、そうなると、もうこっちの世界には帰って来られない。って言うか、帰って来る気はない。
 
 新曲を何回も聴いた。ラップだけど歌詞ははっきり聴こえるから、それで曲を理解できるかな、と思ったけど、そういうことは起こらない。彼の声は低いけど艶がある。やたらに「死体」という言葉が聴こえる。「硬くなった死体」「手足を切り落とした死体」「頭蓋骨が剥ぎ取られた死体」
 硬くなった死体……。死後硬直? なんでこれで恋愛小説を書くイメージが欲しいの? 洗足池は僕の家から近くて、考え事をする時によく来るんだけど。……あ、ここが正気を失うところ。生きている男の頭蓋骨。真上からドリルで穴を開ける。ドリルは脳の底まで垂直に進む。って言っている今のところ。そこから彼は戻って来ない。
 馬鹿みたいに微笑ましい高校生の手を繋いだカップルが通り過ぎた。僕はヘッドフォンを外して、世の中の音を聴く。小鳥のグループが熱心に討議をしている。背中がブルーで、お腹がオレンジで、野鳥にしては派手だ。意地の悪い外来種にねぐらを奪われそうで大変なことになっているらしい。議長が演説を始めると、他の鳥は、うん、うん、と頷きながら熱心に聞き始める。
 僕はどうしていいのか分からない。目の前を白鳥のボートが、すいすい走って行く。突然、白鳥のボートに乗ることを思い付く。日曜で、呑気な顔の白鳥は人気があって、少し待った。小学生の時以来だ。弟が一緒だった。弟はまだ足が届かなくて、僕は二人分漕いだ。弟が十六才でジュリアードから帰って、僕にプロモーションビデオを創ってと頼んだ。海外ではクラシックの演奏家が、ポップミュージック張りの手の込んだMVを創るのが流行っているらしい。
 クラシックの殿堂、Deutsche Grammophon のMVを弟と一緒に観た。若手では世界一のパイプオルガン奏者。音楽は流れているけど、演奏している場面はなくて、彼はヨーロッパ中に残る貴重なパイプオルガンを訪れる。パイプオルガンは教会にあって、鍵盤は天井近くにある。彼は階段を駆け上がる。そして別の教会のシーンになって、彼はまたそこを駆け上がる。そんな映像が延々と続いている。
 その頃、僕はビデオ制作の学校に通っていた。「死体」が一杯出て来る。死後硬直。でもイメージは恋愛小説。恋愛小説を書くみたいな……。ボート小屋の人に、僕と白鳥のまあるいお目目を入れた写真を撮ってもらう。よかった、男前に撮れている。その写真を見ていると電話が鳴る。ボートに足を乗せる。右足、それから左足。ぐらっとして、そこのところが彼の正気を失うところと同じだ。
「夕夜(ゆうや)、どう、時間ある? ピアニストの日向美香子がやって欲しいって」
「なんで僕なんですか? あんな人、どんな人でも雇えるでしょう?」
「夕夜が若くて、センスがトレンディーだからだろ。ギャラもまだ高くないし」
 
 ボートの揺れと、僕の脳の揺れがシンクロして、こびり付いた彼のラップが遠のいて行く。他の白鳥を見ると、当然だけど、カップルやファミリーで、いい年をした男が一人で乗るのは可笑しいと分かったけど、こっちは必要があって乗っている。
 今年は海に行きたいな。洗足池の、ポジティブな波に吹かれた光を見ていてそう思った。けれども、なんで死体なの、なんで恋愛小説なの、僕は彼にまた会って話す決心をする。
 弟の初めてのMV。高校生で水泳部に入っている彼。泳いでいるシーン。本当は全然泳げないけど、それらしく撮る。制服に着替えて街に出る。ジムに寄ってさらに運動。バーベルを持ち上げる。本当は全然持ち上がらない重いバーベルを、それらしく撮る。弟はいつも強くて美しい男に憧れている。
 
 洗足池のボート小屋から一番遠くまで来た。来た道を振り向くと、世界の果てという言葉が浮かぶ。世界の果てに行くともう戻って来られない。時間を見て計算したら、ボートを返す筈の時間までに戻るのは難しい。一生懸命漕ぐ。脳のどこかにあるスイッチが入って、死体のラップが蘇る。僕なんて鼻血を見ただけで倒れそうになるのに。十七人も殺したら後始末が大変。
 腕の筋肉と心臓を刻んで焼いて食べる。そうするとその男が、俺と永遠に一緒にいられる。だから食べる。肉は冷凍庫で保管する。ミイラ化した頭を幾つもテーブルに並べて、モニュメントを創る。モニュメントってなんだろう。弟のMVは最初は音楽はなくて、プールの音、街の音、ジムのマシーンの音。家に帰って、ごそごそ着替えている音。なにか黒いケースを持ち上げるシーンでは、弟の声が入る。「ヘイ、レッツゴー!」
 少年に睡眠薬入りの酒を飲ませ、電動ドリルで脳に穴を開け、そこに酸性の液体を流し込む。俺の言うことを良く聞くゾンビを作る予定だったのに、男はそれで死んでしまう。ジェフは1940年代に始まった精神病患者へのロボトミー手術のことを知った。頭蓋骨を鋸で開けて、メスで脳を掻き回す。ロボトミー手術後、多くの患者は知性と人格を喪失して廃人になった。
 完全にコントロールできる理想の恋人を創ろうとした。そうすればもう男を殺さなくてもいい。ジェフはサディストではなかった。殺すことに快感はない。殺すのは男に一緒にいて欲しいからだ。
 ドリルで頭に穴を開ける時って、どんな音がするんだろう。弟は黒いケースを持って車に飛び乗る。車のドアが閉まる音。観客の喝采。本当は観客はいなくて音だけ入れて、それらしく撮る。弟が友達と一緒に、立派なコンサートホールで演奏をしている。みんな立派なタキシードを着ている。立派なコンサートホールには協力をお願いして、ただで撮らせてもらった。弟が第一ヴァイオリン。第二ヴァイオリンとヴィオラとチェロ。弦楽四重奏曲第八番。暗い曲。でもテンポは速い。ショスタコーヴィッチの正気が失われる瞬間。もう帰って来られない。
 
 メジャーTV局の海が見える楽屋。僕はたくさんの検問を抜けてやっとここまで辿り着く。海の遠くを見ると、やっぱり世界の果てという言葉が浮かぶ。世界の果てに行くともう戻って来られない。世界には地球が平らだと信じる人が何万人もいて、その業界も色々ある。じゃあ、NASAの映像は全部嘘だって言うの? こうして海を見ると、海が大き過ぎて、僕の視界に全部入らない。地球が平らだったら、サーファーの人とかは気を付けないと端っこの向こうに落ちて大変。クジラやイルカはどうしていたんだろう。
 世界が平らだと信じられていた頃は、世界は亀の背中に乗っていると信じられていた。なんで亀だったんだろう。彼はたくさんのカーラーで髪を巻かれて、ドライヤーに吹かれている。僕は挨拶するけど、きっとあっちには聞こえていない。ヒッチハイカーを車に乗せて、家に連れ込んで、一緒に酒を飲んで、男が帰ろうとしたからダンベルで殴って殺した。帰したくなかった。一人になりたくなかった。
 それがジェフの最初の殺人で、死んでからも椅子に座らせて、話し掛けたりした。本当に腐ってしまうまで。ゲイバーで拾った男。男の身体に入れる時は、殺してから入れた。その方が完璧に自分がコントロールできるから。ネクロフィリアとカニバリズム。死体性愛と人肉嗜食。
 
 ドアがノックされて若い男が入って来る。寝不足で憔悴している。あれがアシスタント・ディレクターという、人類で最も悲劇的な生き物だ。
「聖夜(せいや)さん、他のメンバーの方々は?」
「本番の一時間前に来るって言ってたぞ」
「間に合わないでしょう、それじゃあ。……もう、じゃあ、リハーサル最後にしておきますから」
 ネクロフィリアとカニバリズムという言葉が、さっきからどこからか僕の頭に吹き込まれている。フェリーが見える。あんなに大きな。霧笛が聞こえる。霧笛って夜しか聞こえないんだと思っていた。こんなに見通しもいいのになんで。散弾銃自殺をしたアーティスト・ヘミングウェイの氷山理論。海水に沈んだ部分の方がずっと大きい。
「君の方から会いに来たのに、なんで静かなの?」
カーラーを取ってスタイリングをする。髪が全部、空を向いている。知らない間に、彼の髪が海水色になっている。
「夕夜君は本番観て行くんだろう?」
打ち合わせがあるから無理。それは本当。日向美香子。子供の時、母親に連れて行かれてコンサートを観たけど、どこがそんなに特別なのか分からなかった。ネクロフィリアとカニバリズム。
「僕、聖夜さんの他の曲は聴かない方がいいと思って」
それも本当。聖夜が立って僕と並ぶと、髪の立ってる分だけ僕より背が高い。向かい合わせに椅子に座った。
「俺な、眠れないんだ。夕べは薬でほんの少し寝たけど」
ほらまた、霧笛。気のせいなのかな?
「僕、あんまりあの曲を聴き過ぎて、幻聴まで聞こえます」
「どんな?」
「霧笛。船の」
「今のは本当だぞ」
なんだ。本当か。
「俺は恋に落ちたんだ。頭がいっぱいで眠れない。俺のこの恋心を、なんとかなにかに残したいんだ。じゃないと俺は早々に死ぬ」
ヘアメイクの人が追い掛けて来て、聖夜の目にカッコいいアイラインを引く。こんなに間近で見ると勉強になるな。弟とはあれから十個MVを撮って、それが動画投稿サイトで広がって、弟はヴァイオリンで食えるようになって、僕はビデオで食えるようになった。アイラインがもう少しで終わるところで、聖夜の目が閉じて、戻って来られなくなる。ヘアメイクの人が手を止める。
「聖夜さん、もうちょっと寝ないで」
 恋愛小説ってなんだろう? 僕、読んだことあるかな? あんまり読まない分野だな。『人間失格』は入り乱れ過ぎて全然恋愛小説じゃないし、夏目漱石のは一応、あれはあれで恋愛小説だよな。親友の奥さんを絶望的に好きになる。それは『それから』という小説だ。童話の方が分かりやすい。人魚姫とか、白雪姫とか、浦島太郎はちょっと違うよな。なんで亀だったんだろう。
「貴方の恋愛小説って、喜劇ですか? 悲劇ですか?」
「どっちとも言えるな。結構前に死んだ人だからな。今更想ってもしょうがない」
死んだ人を想って眠れなくなる。この人はやっぱりアーティストなんだな。聖夜の瞼が落ちていく。
「夕夜君。俺の目が覚めるようなことを言って」
「じゃあ、貴方の恋愛小説の結末はどうなるんですか?」
「俺が死ぬまで結末はない。だって相手は死んでいるんだから」
「ラストシーンが分からないとストーリーになりませんよ」
思い付くことを投げてブレインストーミング。夏目漱石のラストシーン。恋は成就したけど、奥さんを取られた親友にチクられて、親に勘当される。聖夜は意外にも『白雪姫』に食い付いてくる。プリンスがキスをして、プリンセスが目覚める。
「でも相手はゲイだから」
「貴方はゲイじゃないんですか?」
向こうでスタッフの人達が笑っている。
「俺はゲイじゃないよ。男の身体には興味ない」
じゃあなんでゲイの死んだ人のことをそんなに。幾つかラストシーンを提案する。今度は『人魚姫』に食い付いてきた。恋に破れて海の泡となって消え、そこからまた空気の精になって吹き上がる。
「いいなあ、それ。じゃあ俺、空気の精になろう」
泡の中に入っているみたいなデジタル加工をしよう。メンバー全員、ひとつひとつの泡に入って吹き上がる。そこでビデオは終わる。僕は聖夜が舟を漕いでいる間に、曲の長さの絵コンテを仕上げた。他のメンバーが入って来る。聖夜は年上だけど、メンバーは僕くらい若い。ギターを持った一番可愛いのが、僕のラブ・アンド・ピースな絵コンテを覗く。
「でもあれ、殺人事件だから」
サイケな服を着たベースも口を出す。
「そうそう、アメリカの連続殺人犯」
巻き毛でドラムの棒をくるくる回している人。
「世界の連続殺人業界でも、かなり有名な人だよ。逮捕されたのは1991年だった」
僕は、連続殺人業界という怪しい言葉に、地球は平らだと主張する業界のことを重ねた。僕は絵コンテの最後に、泡に入ったみんなが宇宙に吹き上がる、そのバックに、NASAが録画した地球を書き込んだ。地球が丸いということを証明する為だ。
 聖夜が椅子を並べて横になろうとする。飛んで来たヘアメイクに、寝ると髪が駄目になると怒られる。しょうがないので、聖夜は僕のところへ来る。
「夕夜君。俺の目が覚めるようなことを言って」
さっきと同じことを頼まれる。
「連続殺人なんですか?」
「そうそう、十七人の男を殺したんだ。俺はもうその人のことを考えて眠れないし、殺人現場もありありと浮かんでは消える。腕や足を胴体から切り離して、警察が踏み込んだ時、切り取られた頭がいくつも冷蔵庫に入っていた。ドラム缶の液体の中に、胴体が浮いていた。悪臭が凄かったらしいんだ」
海水と青空が交わる線が緩くカーブして、地球は丸いんだぞ、と告げている。大きな耳鳴りがする。僕は空調の下に行って、それが空調の音なのか調べてみる。
「その殺人犯のどこがいいんですか?」
「三十一才で逮捕された直後の顔がいいんだ。憔悴して……。最初の二人は割と若くして殺したんだけど、あとの十五人は割と立て続けで、死体を切断するのに忙しかったんだ。脳に穴を開けるのと。自ら運命に従って、疲れ切って、なにかを成し遂げた顔をして、それがセクシーなんだ」
「貴方はほんとにゲイじゃないんですか?」
「……今のよかった。少し目が覚めた」
 バンドのメンバーが突き合って笑っている。一人ずつ鏡の前に座らせられて、ヘアメイクにいじくられている。弟の周りを見ると、ピアニストにはゲイが多いけど、不思議と、ヴァイオリニストには見当たらない。あれはなんでなんだろう。耳鳴りの中から霧笛が聞こえる。それが終わると聖夜の声が聞こえる。
「それでその、ジェフ、ジェフリーって言うんだけど、ジェフが法廷に入って来る時、いつも看守やポリスや警備員に囲まれているんだけど、ジェフだけみんなより頭一つ背が高くて、顔がみんなの半分くらいの小ささなんだ。それに金髪でモデル顔なんだ……憔悴して」
聖夜も憔悴している。そのジェフという連続殺人犯が乗り移っている。
「死んだんでしょう? 死刑ですか?」
「その州には死刑制度がないんだ。黒人の囚人に殴り殺された。まあ、殺した十七人の殆どが、若くて美しい黒人だったんだ。運命だ。だから警察も犯人は黒人だろうと思って、それで捜査が難航した。三十四才で殺されたから、俺の中ではジェフはいつまでも若くて美しいんだ」
 犯罪者だろ? それって可笑しいだろ? バンドのメンバーはみんなあっちで一緒に騒いでいる。楽器を掻き鳴らす音。テーブルをドラムの棒で叩く音。「オーマイガー!」という言葉が何度も繰り返される。子供みたい。あんなんでどうやって死体の音楽を奏でるのだろう。
 一番可愛いギターが駆けて来る。
「ジェフはね、ヴィスコンティの映画に出てくる、ヘルムート・バーガーに似てる。『ドリアン・グレイの肖像』とか」
サイケなベースが割って入る。
「似てないよ!」
「似てるよ!」
どっちなのか分からない。僕は先入観を持ちたくないから、ジェフの写真は見ないことにした。可愛いギターが言う。
「ジェフはね、超男前だったから、男の人がいくらでも寄ってきて、殺す男には不自由しなかった。今でも世界中にファンクラブがあるんだ」
犯罪者だろ? それって可笑しいだろ? 巻き毛のドラムも意見を言う。
「ジェフは黒人が好みなんじゃなくて、若くて美しい男なら誰でもよかったんだ。最初の二人は白人だった。両親の仲が悪くて、可愛そうなんだ。暴力的な父親から母親が逃げ出したんだけど、母親はその時、弟は連れて行ったけど、自分は残された。それが高校を卒業した頃で、最初のヒッチハイカーを殺したのはその直ぐ後なんだ」
またギターが言う。
「ジェフは子供の頃から解剖おたくで、動物の身体の中になにが入っているのか知りたがった」
なんでそんなに詳しいんだ。こいつらみんな頭が可笑しい。僕はいいことを思い出す。
「聖夜さんの曲に、モニュメントっていう言葉があったでしょう、いいキーワードだと思うんですけど」
「ああ、モニュメントね。ジェフの絵が遺っているんだ。黒いテーブルに十個の頭蓋骨を並べて、テーブルの両脇に全身の骸骨を立たせるんだ。骸骨の名前も書いてある。ライトとか、カーテンとか、カーペットの色まで指定してある。そして自分が座る椅子の位置までスケッチしてある。サイン入りで」
ジェフって相当の変態だな、と僕は溜息を吐く。なんだかやけっぱちな気持ちになってきた。
「じゃあ、そのモニュメントを実際に作って、貴方がその中にいる」
僕のいい加減なアイディアに食い付いてくる。
「え、俺? どの部分に?」
「テーブルの頭蓋骨でもいいし、脇に立っている骸骨でもいいですよ」
「いい、いい、それ、モニュメント。俺がジェフのモニュメントになる。俺はいつまでもジェフと一緒にいられる……。ハッピーエンドだ。ありがとう、大分目が覚めてきた」
こいつも相当の変態だな、と僕は思う。僕は急いで、さっき描いた絵コンテを描き直す。今週、撮影をスタートさせないと、スケジュールに間に合わない。
「これで決めますけど、なにか他に大事なことはありますか?」
「ああ、そうそう、ジェフが逮捕された時の精神鑑定の結果が、なんと真っ白で、ジェフは十七件の殺人を、正気で実行したんだ。それがジェフの一番、素晴らしいところなんだ」
 ネクロフィリアとカニバリズム。正気でね……。
 
 
Jeffrey Dahmerに捧げる
 
 
(了)
10/27/2023
書き下ろし
#NEMURENU
#恋愛小説家



NEMURENUはnote内の創作サークルです。ジャンル不問で二か月に一度、テーマに沿った作品を提出します。感想を貰いたい人にはお勧めです。私は参加四年目。ぜひご参加ください。



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