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悪がないと善がわからない

人の世界には善悪という分別があります。
善は称賛すべきもの、悪は排除すべきものというのが一般的な考えです。

しかし人間で悪を行わないもの、悪を思わないものなどいるでしょうか?
仮に悪が許されないものなら、人は存在してはいけないものになります。

神は意味のあるものしか与えません。
与えたものである以上、あるものは必要なものです。

悪により痛い目にあうことで後悔する、懲り懲りする、反省することが出来ます。
それ故に善に気づき、善に向かうことが出来るわけです。

人は善を知るためには悪がなくてはなりません。
悪も必要悪として存在し、善へと向かう道となる故に悪は必要なんです。

だからいかなる悪をも憎み、嫌い、裁いてはいけません。
悪を憎み、嫌い、裁くことは一切を、自分を憎み、嫌い、裁くことになり、それこそが真の悪だからです。

以下は日月神示の一文です。


日月神示
【海の巻 5帖】
今日までの御教えは、悪を殺せば善ばかり、輝く御代が来るという、これが悪の御教えぞ、この御教えに人民は、すっかりだまされ悪殺す、ことが正しきことなりと、信ぜしことの愚かさよ、三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の、平和を求め願いしも、それはは水の泡、悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪はますます増えるのみ、悪殺すてふ(ちょう)そのことが、悪そのものと知らざるや、⦿(かみ)の心は弥栄ぞ、本来悪も善もなし、ただ御光の栄ゆのみ、八股大蛇(やまたおろち)も金毛も、邪鬼も皆それ生ける⦿、⦿の光の生みしもの、悪抱きませ善も抱き、あななう所に御力の、輝く時ぞ来たるなり、善いさかえば悪なるぞ、善悪不二と言いながら、悪と善とを区別して、導く教えぞ悪なるぞ、ただ御光のその中に、喜び迎え善もなく、悪もあらざる天国ぞ、皆一筋の大神の、働きなるぞ悪は無し、世界一家の大業は、地の上ばかりでなどかなる、三千世界大和して、ただ御光に生きよかし、生まれ赤児となりなりて、光の⦿の説き給う、(マコトの道を進めかし、)マコトの道に弥栄ませ。

【黒鉄の巻 16帖】
いよいよ表の守護と相成ったぞ。
表の守護とは、善いものもなく悪いものもなく、ただ喜びのみの守護となることぢゃ。
悪いもの悪くなるのは表の守護でないぞ。
心得なされよ。
一つの魂を得ることは一つの世界を得ることぢゃ。
人間は一人でないぞ。
神は善人の中にも悪人の中にも呼吸しているぞ。
悪なくては生きてい行けん。
悪は悪でないぞ。
外道の悪が悪であるぞ。