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【INSPIRE】noteで見つける、職人的書き手。特に若手女子は興味深い。

いろんなひとのnoteを見ていると、完成度が高い人がいっぱいいて心から「あぁ、面白いことを書くな」と毎度毎度思う。雑文オタクです。特に、女の人の書いていることがなかなか面白い。

今回、とてもおもしろかったのは、この文章。

あぁ、そうか、そういうことか、とやっと納得した。東京に来て、本土の人と接していて、女の子たちがモジョモジョしている部分があるよな、とたまに思うことがあったけど、それはそうだよ!しょうがないな、と思えた。

私から見たら、女性と呼んでもいい年齢の女性が「女の子である価値を最大限に使いたいと体中で表現している」のは、すごく不思議だった。ただの可愛い物好きとかと違う。松田聖子的な堂々ぶりっことも違う。一般人なので、規模が小さいし、すごく不可解だった。

そうしなくても、その子は女の子だし、でも、きっとそうふるまっている&そう考えている時点で、女性ではなく女の子として対応してもらいたいんだなぁ、とくらいにしか思っていなかった。

そして、そういうことに、私は昔から、女の子に価値があると思っていなかったようで(ほとんど無意識レベル)ただただ不思議だった。

自分のバックグラウンドを考えてみるに、同じメンタリティなはずがない。

振り返って考えてみると、私は子供の頃、えらく泣き虫だったので、すぐ泣く→バカにされる→言い返す→女のくせにと言われ、またバカにされる→暴れる、というようなループで育っていたので、女の子であることは、バカにされて泣かされることだと刷り込みがあったんだと思う。

おとなしくいることができなかった、もしくは、可愛い子にしているといたぶられない、と知らなかった・・・。あぁああああ。

チビで黒くて生意気だったので、バカ男子から獲物扱いでいたぶられたんだと思う。他の女子はそんなにいたぶられてなかったものなぁ。というか、当時は動物的に暴れ狂う子どもがいたってこともついでに思い出した。暴れん坊ね、暴れん坊。私はおてんばと呼ばれていた。今、思うに、すごい昭和の言葉。

実家には、私が世の中で一番かわいいと思っている溺愛偏愛の両親がいたので、本気で自分が可愛くないとも思ってもみなかったんだと思う。まぁ、〇〇ちゃんの方が可愛いけど、私もそれなりにとか、僭越なことを考えていたにちがいない。それはそれで家族揃って十分頭がおかしい、笑。

多分、親戚が私のことを褒めないと、いや、少しでもそしると、うちの親は前に出てきたんじゃないかと思う。うちの可愛い子に何するの!と。あぁ、ヤバイ。私も同じことしてる。

若い頃は、両親のヤバさに距離をおいていたけど、今も母は変わらないので、最近は愉快にすら思える。時間ってすごい。

でも、そうだよなぁ。内地の子たちは、ある意味、整えられた、ある程度落ち着いた社会で、暴れん坊にも叩かれずそしられず、親戚の集まりで外見で見比べられて、いろいろ評してたりすると、傷つくこどももいるよな。

っていうか、人の見た目を話すことは、下品って思わないのか・・・大人のなのに。ってことを、私は子どもの頃から口に出す方だったと思う。器のでかい大人は「お前の言うとおりだ」と言った。

でも、ある大人は、顔をしかめて、私を鼻つまみ者としてあつかった。それは、結構忘れていない。私は心の中でどこかバカにしてたんだとも思う。こんなつまらない大人になってはいけない、と、笑。

私が、一番バカだと思っていた大人は「子どものくせに生意気だ」という大人だった。余裕のない大人だなぁ、子どもは生意気でなんぼでしょ。その意見は40年間くらい変わってません。

まぁ、それはさておき。

大多数の大人は、こどもをよくほめまくった。特に振り袖とか着てると。私のまわりの大人が「馬子にも衣装」という言葉を誰も知らなかったんだとも思うけど。

それは、私たちの時代で、やっと本土並みに豊かになったからじゃないかなと思う。図書館には本も少なかったし「笑っていいとも」もケーブルテレビで数週間遅れだったけど、それも昼間にやってたけど、それはそれは、昔から比べたりすると、相当、豊かになったんだと思う。

なので、庶民がはじめて豊かさを享受できたキラメキの子供時代だったのかもしれない。1970年代、80年代というのは、島にとってはそういう時代だったんだろう。

なので、さきの彼女の文章を読んでいると「これじゃ、可愛くなかったら報われない」としか思えなかった。大人じゃないから化粧とかも出来ないし、見た目はごまかせない。悲惨だよな。大人になってもトラウマだらけだ。

で、その前にこのnoteを読んでいた。

そうか、そうか。
可愛くてバカっていうのは、ある意味、ある年代では、可愛いの最上級でもあったのか。ほんと大変だな・・・。

個人的には、私が小学校低学年のとき、松田聖子がデビューして「ぶりっこ」というものを知った。興味のあまり、高校を卒業するまで、松田聖子の切り抜きをしておりました。生態として、あまりにもおもしろかったからだ。(切り抜きは、島を出る時、ドラム缶で焼き捨てました、笑。惜しいことをした・・・)

ファンとか憧れとかではなく、やたらめったら、興味深くてしょうがなかった。生身じゃないみたいで。冗談なのか本気なのか、わからないところも興味深かった。

時代を作ったひとだよな、と思うのだ。それも女性として。

そして、結婚してから、子どもが生まれてから、離婚してから、再婚何度もしてから、日々、彼女が発信するニュースにまだまだスゲーと思う。元気だよな、と。今年の紅白でまともに見て「松田聖子」という偶像に改めて感動しました。好々爺みたいになってたけど。好々婆という言葉はないみたいなので、代用。

したたか、なんだよね、ほんとはさ。どっちかといえば、いい意味での鬼ばばあ。女性は、本質的にはそうではないかな。

ちょっと足りない、から助けてもらえる、それが女の子であり続ける一番のメリットかもしれない。

真面目に女性史とかジェンダーとかではなく、女性を取り巻く大きな時代的なうねりみたいなものが私の大興味なのだ。なので、伊藤野枝もきになってしょうがないです。

この時代、女の子というコスプレは、摩訶不思議。AKBとか欅坂でしたっけ?女の子が集団になっているのを見ると野球チームみたいで面白い。趣味ではないけど。

私が今日紹介した二人は、ほんと優秀な書き手だなぁと思う。書いているものは他にも面白いものがたくさんある。あぁ、楽しい。

私もそうだけど、みんなジブンゴトを書いているようで、書いていない。読ませるために書いている。意外と社会的なお題目だったり、ある社会の開示だったりする。私は、昔の宮古を思い出しつつ、現在とシンクロさせながら、思考のプロセスや、メンタリティの違いを炙り出そうとしている。

本音でしたたかな職人系書き物女子がいっぱいいるなぁと思うだけで、ほくそえんでしまう。私は全然、足元にも及びませんが、はい。あぁ、楽しい。






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