雑記 20180315@珈琲館

数日の振り返りを雑記という形で書いておこうと思います。仕事に入る前に、手と頭の準備運動って意外と必要な気がする。

今週は、新しい人に会った。初めてあったのだけど、ランチして、お茶して、結局7時間くらい喋った。仮にNさんとします。仕事の一環でもありました。

彼女はとても良いブログをやっていて、コンテンツ力が高い人だなと尊敬していた。私はただの読む方だったのだけど、ある日、彼女が自己否定をしてるなぁ、と思う文章を書いていた。

私は、こんなに頭が良くて(多分かわいいし)のに、もったいないと思い、「あーそんなことないですよ」というようなコメントを初めて書いた。それがきっかけで会うことになったのだけど。

ご本人は「かわカッコいい」素敵な女性でした。聡明で。癖はあるけど、自分の癖に比べたら、かわいいレベルです。共通点がいろいろあったので、話がはずみましたが、ある意味、私も彼女もあるトピックについてオタク的に好きだったので、意気投合した感じです。

彼女のほうが全然頭がいいので、私は教えてもらうばっかりでしたが。

与える人っていうのは、搾取されやすい人でもある、と彼女を見て思いました。多分、彼女はそういう人にやられたんだな。

当たり前だけど、単にものの交換だけじゃないです。会うと、すごく疲れる人がいる。エネルギーを奪われているような気分になる人。多分、それは、相性の問題かもしれない。ずうずうしい人は自然にずうずうしい。一見楽しいようなのだけど、実は違う。

で、昨日は、娘の高校に行って、ほんわかとした先生に会って、なんだか安心した。娘が麻布十番の街のアルバイトの値段に驚いていた。確かに、スパゲティ屋で1100円か・・・高いかもしれない。

自由な学校なので、アルバイトは勿論、いろんなことにチャレンジしていくんだろうと思う。若さゆえの失敗は失敗にならない。私は、あまり変な人に会わなかったけど(会っても、こちらが何もないと知ると、さっさといなくなってくれる)彼女は会うのかもしれないな。

これだけ、若い子がいないと、若いっていうだけで価値が生まれる。

私は、東京の子たちが、なんであんなに見た目ばかり気にするのか不思議だったのだけれど、そうか、そのほうが高く売れるからか、ということも知った。
バイト代にしても、かわいいとしょっぱなが得するんだな、多分。

人の趣味なんてそれぞれだし、最大公約数的にしても没個性になる。魅力は相対的なものだから、半減する怖れすらあると思う。たくさんの人に表面的にチヤホヤされても、自分の一番大好きな人にふりむいてもらえないと悲しいはずだ。特に乙女は。

話は戻るが、私は、単におしゃれが好きそうなNさんにはすごく好感をもった。マイワールドがあって、面白かった。こういう趣味的にきれいな子は、高く売れるわけじゃなさそうだ。狭い世界だと、特に。

そういう意味では、やっぱりネットってすごいと思う。世界には彼女のお客さんになるような人はたくさんいると思う。真面目さと気概が伝わってくるような文章なのだ。嘘がない。

ネットっていうと、デジタルタトゥー(これも彼女に教えてもらったブログで初めて知った言葉)が残るので、嘘を書いてもしょうがない。めんどくさい。嘘に嘘が重なるから。

なので、実直で不器用そうなNさんと話したことは、真面目にコツコツやりたいよね的なことでありました。そこに喜びがあるかどうかだよね、と。

そういう意味では、ベーシック・インカムはありだな、とも思う。もっと個人になる。彼女たちの世代を見て、婚姻制度や男女関係も変わっていって、随分シンプルになるんだろうなとも感じた。

今や、ミツグ君とかって、調子に乗って女性側がハマると蟻地獄か負債でしかない。お金でどうにもならないこともあるんだよな。たいていのことは解決したりするけどさ、たしかに。情にからんだ人のお金ほど怖いものはない。

先日、彼女の同世代の女の子で、本気で仕事をしない子を見た時、すごく驚いた。正直、まだいたか、と思った。そういう子は昔からいる。「自分をどう高く買ってもらうか」が主眼となっているので、働く喜びから遠い。

仕事は自分を鍛えてくれる。と、私は思っている。予想もしないことでは、いつもパニックになるけど、何度もあると、次はこうしようとか、今までになかった視点が生まれて楽しい。死ななきゃいけないような失敗なんてない。

私は子育てとかのこともよく書きますが、こどもたちにとってはとても厳しいと思う。ほっこりとした仕事論はしない。人様の迷惑にならないように、将来仕事ができるように、育てているつもりだ。

だから、仕事のアンテナ、興味のアンテナは四六時中立てとけよ、と思う。自分で自分を食わせるってことは大事だ。

そして、日本の女性の雇用は安定していないってことも念頭に入れておいてほしい。この年齢になると、男女の賃金格差を目の当たりにして、驚く。特に東京だと顕著。島だと曖昧なところもあるけど。

まぁ、そんなこんなで、娘達の将来のようなNさんに会って、すごく勉強になった。そして、頭のいい人は、勉強ができるって言うよりは、俯瞰でものが見れるっていうことなのだと思う。そして、しっかりとした軸を持って、情報収集をしている。

それは、カモにならないってことでもある。世の中、カモネギはたくさんいる。

改めて、女性の生き方って、それぞれだよな、とつくづく思う。そして、きっと女性の働き方って、今が過渡期なのかな、と。

先日、ウーマンズデーだったし、いろいろ思うことあって、調べてみた。一度型にはまった女性観っていうのは、女性自らが自分にかけた魔法というか、戒律というか、鎖というか、そんなものから抜けにくい。

ママは輝いて、仕事も、家庭も、遊びも、キラキラ的な女性誌の感じはまやかしだとしか思えない。そのまやかしも楽しめるおばさんになった自分に成長を感じる、笑。

いろんな意味で、役割分担されすぎて、複数の子どもを育てるには、限界がある社会でもあるような気がする。とにかく学校行事が多い。複数いるとフルタイムかよ、とつっこみたくなる。学校に変な誓約書を書かされることも増えたな・・・。要は、学校がまだ専業主婦を中心に考えているってことでもある。保護者会は、ウィークデーだけだし。

かと思うと、ネグレクトや虐待のニュースが頻繁に流れるので、一見、現代は悲惨に思えるけど、昔に比べれば全然マシだと思うのは私だけだろうか。多分、統計的にもそうだと思う。

今から100年ほど前に婦人参政権運動があったのだよな。大正デモクラシーね。それに比べたら、私たちは与えられすぎて、女性の権利や責任について考えるチャンスを失ったのかもしれない。

当時のカフェの女給は、先端の職業だけど、影では売女扱いだったしな。そして、本当にそこに身を投じるひとも多かったようだ。

役割に合わせて「〜でなければいけない」ってことは、本当はないんだと思うのだけど。その人がその人であればいい。そういう時代が来ればいいな。LGBTがファッションで終わらないことを祈る。
15分のはずが、1時間以上書いてしまった。あぁ、仕事に戻ります。

友だちに教えてもらった、喫茶店でのマンウォッチング系ドラマ。私、多分これに近い、笑。

去年ルノアールで

https://youtu.be/Ekl64m3Qqlk









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