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海辺でコーヒーを淹れて飲むだけのツーリング

発作的に海が見たくなった。

12月になったばかりの日曜日。バイクのタンデムシートにコーヒーを淹れるための道具一式をいれたシートバッグをくくりつけ、いつもよりもゆっくりの時間に家を出る。目的地は漠然と海辺に行きたいと思っていたので、とりあえず西に向かって走ることにした。

シートバッグの中身はかれこれ30年以上前に買ったCamping gazのシングルバーナー。針金を螺旋状に巻いただけのシンプルなドリッパーと円錐形の紙フィルター。アルミのマグカップ。携帯用のコーヒーミル。昨夜鍋で焙煎した、とっておきのマンデリン。そしてヤカンだ。今時のオシャレなキャンプ用品ではなく、普通のヤカンだけど、ずんぐりしたフォルムは結構気に入っている。

さて、どこの海に行こうか。

兵庫県の海はどうだろう…。須磨浦海岸では近すぎる。いくらシーズンオフといえ、なんとなく俗っぽくて趣に欠ける気もする。そうだ、淡路島に行こう。学生の頃淡路島に住んでいる友達のところに遊びに行った時連れて行ってもらった海岸が頭に思い浮かんだ。淡路島は東は大阪湾に面していて砂浜は少ないけど、瀬戸内海に面した西側には良い砂浜があるのだ。

阪神高速神戸線はたいした渋滞もなく、いつも渋滞する摩耶入り口の合流もスムーズに流れ、1時間程で京橋パーキングに到着した。こんな季節にバイクで出掛ける物好きはいないだろうと思っていたが意外とバイクが停まっている。中にはキャンプ道具を沢山積んだフルパニアの猛者までいる。

自販機の暖かいコーヒーで一息つく。次に停まるときにはもう淡路島に渡っているだろう。大阪からほど近いけどちょっとした旅行気分を味わえるのも淡路島の魅力だ。


垂水を過ぎるといよいよ明石海峡大橋を渡る。橋の眼下には明石海峡が広がりたくさんの漁船やタンカーが行き交っている。バイクという乗り物は男子の「好き」が詰まっている。合理的に配置されたスイッチ類。アナログの計器類はまるで小型飛行機のコックピットだ。橋を渡っているとまるで海の上を滑空しているような気分になる。

橋を渡ると淡路サービスエリアがあるが混んでいるのでスルー。時間は11時。適当な店で昼飯を買って海辺でコーヒーを淹れて優雅なランチを楽しむ計画だ。洒落たバイク小説の主人公みたいにバゲットにチーズなんか挟んじゃったりして…などと妄想しながら地元の店を探す。もちろん下調べなどなしの行き当たりばったりだ。

「道の駅 東浦ターミナルパーク」という標識が見えたので入ってみる。パンくらい売ってるだろうと予想していたが、あいにく「淡路島玉ねぎを使ったカレーパン」というものしかなかった。カレーパンか……悪くはないけど今日はカレーパン気分じゃないな。オシャレなバゲットにチーズなのだ。しかしそんな気持ちとは裏腹に売り場には地元産の野菜や乾物、土産物がズラリと並んでいる。道の駅だから当たり前か。


冷蔵ケースの中に巻き寿司がたくさん並んでいる。「元気巻」と書かれたパッケージ。ゴロンと大ぶりな具が巻かれた田舎の太巻き。茶色く醤油で味付けされた素朴な具が食欲をそそる。頭の中はオシャレなバゲットから急激に巻き寿司へとシフトする。コーヒーに巻き寿司⁈ミスマッチもいいところだがバゲットが見当たらない以上、これ以上昼飯で迷っているのは時間が勿体無い。

元気巻を掴むとレジに向かった。レジは2台が横並びに設置してあり、一列に並び空いた方のレジに進むスタイル。先客は地元のばあちゃん2人組。2人ともショッピングカートにどっさり買い込んでいる。奥のレジが空いた。「お待ちのお客さん、こっちのレジにどうぞぉー」とパートのマダムが叫ぶが、ばあちゃんのカートが通路を塞いでいるので前に進めない。ばあちゃんはそのことに全く気づいていない。まぁ急ぐ旅でもないのでばあちゃんの精算が終わるまで待つことにする。これもまたのんびり田舎らしくていいではないか。

元気巻をシートバッグに押し込み海に向けて出発。東浦は島の東側なので西側に出るには内陸部を突き抜ける必要がある。淡路島は海のイメージが強いが、内陸部には意外と峠道もあるのだ。
ワインディングを軽快に走っていくとだんだん道幅が狭まってきた。徐行していたら対向から地元のおばちゃんが運転する軽自動車が猛スピードで迫ってきた。慣れた道なのだろう。田舎のおばちゃんのドライビングテクニックはなかなかのものだなぁと感心しつつ山道を進む。下り坂にさしかかった時、不意に視界が開けた。海だ!島を走っている実感が湧いてくる。この景色はなかなかイイぞ。


と、ここで燃料計を見るとガソリン残量が少ない事に気づいたのでガソリンスタンドを探しながら進む。程なくガソリンスタンドが見つかった。バイクを停めると店員が2人も出てきた。1人は爺さん。もう1人は20代くらいの田舎の好青年。好青年がバイクのナンバープレートをみて「あ、大阪からですか?遠い所をありがとうございます。寒かったでしょう」外見通りの好青年だ。
爺さんが「アワイチか?行き先は決まってるんか?」と気さくに話しかけてくる。イイなぁ、こういう感じ。でも行き先は漠然と海に行きたいとしか決めてないので「えー、まぁ決まってるというかなんというか…」とマヌケな返答しか出来なかった。

スタンドを出てしばらく走ると不意に海沿いの道が現れた!どうやら島の西側に抜けたらしい。「淡路島サンセットライン」という看板が見えた。夕焼けが綺麗な道なのだろう。あいにく今は昼だけど。

海沿いを進むと何やら人集りが見えた。
パンケーキ…⁈
映えスポットなのだろうか、真新しいパンケーキの店は記念撮影をするカップルや家族連れで大賑わいだ。淡路島もすっかりリゾート地か、変わったもんだなぁ。

「多賀の浜海水浴場」という看板が見えたので駐車場にバイクを滑り込ませる。何の変哲もない小さな海水浴場。シーズンオフなので駐車場は閑散としている。海辺でコーヒーを淹れるのが目的のおじさんには好都合の鄙びた場所だ。近くにはトイレもあるし言うことない。


海だ。目の前に砂浜が広がっている。この季節にしてはポカポカと日差しも暖かく、絶好のコーヒー日和ではないか。階段状になった護岸に腰掛け、シングルバーナーをセット。予め計っておいたコーヒー豆をミルの中に投入し、ガリガリと挽く。このプロセスを面倒だと感じるか、美味いコーヒーにありつくために必要なセレモニーと感じるか。せかせかと慌ただしい日常に、一見無駄に思える時間を楽しむのはとても重要だと思う。

豆を挽き終わる頃に丁度良いタイミングでヤカンから湯気が吹き出す。普段使っている鶴首の細いコーヒーポットと違い、こいつはただのヤカンなのでコーヒー豆の上に湯を細く落とすのは至難の業だ。

湯を少しだけ落として豆を蒸らす。焙煎したての新鮮なコーヒー豆はムクムクと膨らむ。辺りにコーヒーの美味そうな香りが漂う。至福の瞬間だ。

淹れたてのコーヒーを一口。うむ、美味い。巻き寿司を一口頬張る。ずっしりとした田舎の巻き寿司は思った通り美味い。聞こえるのは潮騒だけ。贅沢な時間だ。

わざわざ寒い中バイクなんかで淡路島に来て、手間をかけてコーヒーを淹れて飲む。バイクに乗らない人には理解できないかもしれないがこの非日常を味わうためなら寒い風に吹かれることは全然苦ではないのだ。

昼食を終えて浜辺を歩く。浜辺には様々なゴミが散乱している。今度来る時はゴミ袋を持ってこよう。1人が一袋づつ片付けるだけでもそのうち浜辺はキレイになるんじゃないだろうか。

ビーチグラスを探して歩く。ビーチグラスとは波に洗われ砂に磨かれすりガラス状になったガラスの破片のことだ。夢中でビーチグラスを拾うおっさん、かなり怪しい。


帰り道、高速道路を走っていると徐々に風が強くなってきた。このバイクを買った時にはビキニカウルがついていたのだが、バイクはネイキッドがカッコいい!という息子の意見でカウルを取り払ったのだ。しかしネイキッドのバイクは身体にモロに風を受けることになる。時速100kmを越えると風に翻弄されバイクは尻を振り始める。スタイルを取るか、実用性を取るか、迷うところであるが、やっぱりカウルやスクリーンを付けることはないかな。だってバイクはネイキッドが一番カッコいい!


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