さぼ子さん その11
連載ファンタジー小説
十一 笑天神社
そう、あれはぼくらが一年生のときのことだった。
みぞれまじりの雪がふる二学期最後の日、ぼくは聖子を泣かせたとおこられ、卓也は卓也でふすまに大穴を開けたとおこられたから、二人とも反抗心がむらむらとわき出ていたんだ。
だから大人のいいつけにさからって、笑天さんの社に入ってやることにした。
灰色のあつい雪雲におおわれた空の下を歩き、ぼくらが笑天神社に入ると、クスノキの大木をねぐらにしているカラスが、うすきみわるい声でギァギャァと鳴いた。
いつもだったらそれだけで回れ右して一目散ににげだすところだったけれど、この時はこわさよりも怒りの方が強かった。
ぼくと卓也は手をつないで鳥居をくぐった。そして、一番手前の石畳に足をのせると、カラスのぶきみな鳴き声が一段と大きくなった。
これで恐怖心がいっきょにはね上がり、次の一歩が踏み出せなくなってしまった。
どうしようと足元を見つめていたぼくは、石畳の四角形の中に、点のような目と笑っているような口の模様があることに気がついた。
卓也の目の前の石にきざまれていたのは、丸の中に点のような目と笑っているような口の模様。石畳には横三列縦二十一列に敷き詰められ、この中には三角や楕円形の石があり、これにも同じ模様がきざまれていた。
このままスゴスゴと帰るのはくやしい。かといってまっすぐ社にむかって行くのもこわい。そこでぼくは、卓也にある提案をした。
「ねえ、同じ模様を見つけて、ケンケンしながらあそこまで行ってみようよ。それからあの中に入ろう」
ぼくが社を指さすと、卓也もうなづいた。遊びながらだったらこわいのが少しは薄れるし、なんといっても笑い顔の模様に勇気づけられたんだ。
「オレ、四角」
「じゃあ、ぼくは丸だ」
ぼくが丸の模様の石の上に飛びのる。
四角、丸と順々に石を見つけながら前に進んでいって、とうとう社まであと一列のところまできた。けれども最後の三枚にきざまれていたのは花とカギの模様だけだった。
「丸も四角もないよ。卓也、どうする?」
「じゃあさ、一・二の三でまんなかのカギのところに飛ぼうか?」
「うん、いいよ」
「よしっ、じゃあ、一・二の三」
ぴょんとカギ模様の石の上に飛びのったしゅんかん、バサバサバサッと羽音をたててカラスが飛び立って、どこから吹いてきたのか竜巻のような強い風ぼくらをつつみこんだ。
「うわーっ」
風に吹き飛ばされないようにぼくと卓也がだきあっていた。
すると、こんどは足元がグラリとゆれ、ギギギーッとにぶい音が社からひびいてきた。
「じ、地震?」
ぐらぐらっと大きく波うつゆれでぼくらの体は右、左とかたむき、とうとうバランスをくずして、後ろにドンと転がってしまった。
そのとたん、あんなに大きかったゆれもぶきみな音も、ぴたっと止まってしまった。
これでもうじゅうぶんなほどの恐怖を味わったぼくらは、一目散に笑天神社からにげだしたんだ。
ぼくは、それからしばらくの間、笑天神社の前を通るのさえこわかった。
「あの日って、一年の時のことだろ?あの時はさぁ、ほら琢磨もオレもガキだったし、それに天気も悪かっただろ?だからびびって、ちょっとの風やゆれが、なんかすごいことみたいに感じただけなんだって」
「ほんとうに、そう思うのか?」
「ああ、それにほら、外を見てみろよ、今日はこんなに天気がいいんだぞ。こんな天気の日に変なことがおきるわけないって」
たしかにまっ青な空、それにジリジリと照りつける太陽の下だったらこわいことなんておこりそうにない。
このことばを信じて、ぼくらはすぐに笑天神社に向かった。
「あっちーっ」
まだ午前中だというのに、商店街の細い道路は熱気でモヤが立っていた。けれども、クスノキが木陰をつくる笑天神社の鳥居をくぐると、汗がすぅとひいていった。
ぼくの足元には、あの石畳がある。でも今は緑の苔にびっしりとおおわれていたので、模様が少しわかりづらい。ひざをついて苔の上から模様をさぐってみた。
「これが、ぼくが乗った丸だ」
「こっちが四角。なぁ、あの時みたいにケンケンしてみるか?」
卓也が言ったけれど、さすがに今はそれをしたくない。またあんなことがおこったら、今度こそ天気や年のせいにできないもんな。
ぼくが立ち上がって苔でよごれた手をはらっていると、ふいに後ろから声がした。
「おい」
ふりむくと、鳥居の下にじっちゃんと玄じいちゃんが立っていた。
「こんなところで、なにをしているんだ?」
「なにって・・・えっと・・」
こんなぼくらを、玄じいちゃんがさぐるような目で見ていた。
「もしかして、おまえたちも、社に入ろうとしたのか?」
じっちゃんが聞いてきたので、ぼくらは、ぶんぶんと首を横にふった。
「なんだ、入ってないのか?」
「入ってないのかって、なんだよ、それ?じいちゃんたちはさ、いつもここには入ったらダメだって言ってたじゃないか」
不服そうに卓也が言うと、じっちゃんたちは顔を見合わせた。
「うん、そうだ、わしらはいつも社に入っていかんと言ってたな」
「ねえ、じっちゃん、ぼくさぁ、いつもふしぎだったんだけれど、どうして社に入っていけないんだ?」
じっちゃんは、こまったなぁっていう顔をしている。
「社にはぜったい入るな。これは、わしもガキの頃にじいさんに言われて、そのじいさんも同じように、そのまたじいさんに言われていたそうだ。
つまりだな、ずっと昔から社のこの禁忌はあった。だけど、わしは、どうして入っていけないのかは、だれも説明できないんじゃないかって思っとる」
ここでじっちゃんは、社の方に目を向けた。
「きのう玄ちゃんが、さぼ子さんと笑天さんがなにやら関わりをもっているんだったら、一度笑天さんのことをしらべてみるかって言いだしたんだ。
だから今朝早くここに来て、笑天さんがほかの神社とちがっている所はないかって、しっかり目ん玉開けて見てみた。そうしたら、いまごろになって、ここは少し変だってことに気がついた」
「どこが変?ぼくには、どこにでもあるふつうの神社に思えるけど。なぁ、卓也もそう思うだろ?」
ぼくが卓也を見ると、こいつもそうだというようにうなづいた。
「まぁ、一見どこにでもあるような神社に見える。だがな、ここには手を清めるための手水舎や邪気をはらうための狛犬もないだろ?あるのはやけに多い灯篭だけ」
そう言われればそうだ。
「鳥居をくぐると灯篭が社を四角ではなく円形にぐるっとかこむっていうのは、神社のつくりとしてはなんだか不自然なんだ。
祖神はなにか?いや、どんなささいなことでもいいから知ろうと郷土資料館や教育委員会の資料室、ほかにも文献がありそうなところを全部行ってみた。なにか一つはひっかかるものがあればと思ってな。
ところがどういうわけか笑笑さんの資料だけは全然なかったんだ」
「ここはなぞだらけだ」
じっちゃんと玄じいちゃんが言った。
なぞだらけのさぼ子さん。なぞだらけの笑天神社。
ぼくは卓也と顔を見合わせ、おずおずと言ってみた。
「ねぇ、じっちゃん。あの社の戸、開けちゃだめかなぁ?」
「わしらも八月二日のなぞを解くカギは、もしかしたら笑天さんの社の中にあるんじゃないかって言ってたんだが・・・」
「だったら、さっさと開ければいいじゃん」
卓也が言うと、玄じいちゃんがしぶい顔をした。
「すぐにでも戸を開けて社の中をしらべたいが、そうはいかん」
「なんでだよ?」
「今でこそ祭りも中止になって氏子の役目もなくなっているが、笑天さんは、この商店街の神社なんだ。だから社を開けるにしても、ほかのみんなのゆるしをえないとだめなんだ」
「ちえっ、めんどくせえの。だったら、じいさんたちがくる前に、さっさと開ければよかった」
舌打ちする卓也を見て、じっちゃんたちも苦笑している。そういえば、じっちゃんは
「なんだ入ってないのか?」
って言ったよな。
あの時、あんがい自分たちがくる前に、ぼくらがもう社に入っていればいいのにっていう希望的観測があったのかもしれない。でも、もうあとの祭りだ。
「わしらはこれからみんなに事情を話して、社を開けてくれるようにたのんでくるから、ほれ、おまえらもいったん帰れ」
ぼくらは、じっちゃんたちに追い立てられるようにして神社を出た。
「琢磨、これから健んちに行くか?」
卓也が聞いてきたけれど、ぼくは首を横にふった。
「家に帰って勉強するよ。時間があるうちに点数かせいでおかないとさ、いざというとき、母さんが外に出させてくれないから」
「そうか、おまえは、来年は受験だからしかたないよな。じゃあ、オレは健のところに行ってくる」
「うん、なんかあったらラインくれる?またうまくごまかしてにげだすからさ」
「ああ、わかった。じゃあな」
神社の前で卓也とわかれたあと、ぼくは家に帰り、しぶしぶ勉強をはじめた。
連絡があったらすぐに行くつもりだったのに、ラインがきたのは夜の八時すぎで、その内容ときたら健はパソコンに向かって何かをしらべていたので、およびでないオレはちび二人(聖子と咲のことだ)の相手をしていた、だったんだ。
これじゃあ、家にいて正解だったな。
健が何をしらべているのかわからないけれど、いまのところ進展なしってかんじだ。
笑天神社の件で話し歩いていたじっちゃんたちも、思うように進まなかったみたいだった。
8月2日まであと十日。ぼくらのテレビ局に売りこみをするという計画は実行できるのか?
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