さぼ子さん その7
連載ファンタジー小説
七 ばれた
夏休みの初日、朝早く目が覚めたぼくが商店街に面した窓を開けると、古い街路灯の下に健が立っていた。
「健?こんなにはやく、どうしたんだ?」
「・・・あの・・さぼ子さんを・・」
「さぼ子さん?ああ、もうっちょっと待ってろ。今、下に行って戸を開けるから」
ぼくが部屋を出ると、おどり場では、じっちゃんがさぼ子さんに霧吹きをしていた。
「おっ、琢磨、早起きだな」
「う、うん、まあね」
さぼ子さんの例のでっぱりは壁にくっつくように伸びた幹の裏側にあるので、じっちゃんの位置からはちょうど死角になって見えないはずだ。
「・・・おはよう」
事務所のガラス戸の前に立っていた健が、ぼそっと言った。
「おはよう。なぁ健、おまえ、いつ来たんだ?」
「え・・っと、六時・・くらい」
「六時ーっ?」
「さぼ子さんの・・あの・・でっぱりをしらべたくって」
いくらさぼ子さんのことが気になるからって、こんな朝はやくから来る?
「朝ごはん、食べた?」
こくんとうなづいた健を階段の下に待たせて、おどり場をのぞいて見た。
じっちゃんは、まだ霧吹きしていたけれど、ちょうどタイミングよく母さんが呼んだ。
「おじいちゃん、朝ごはんの用意できましたよ」
「よし、じっちゃんがいなくなった。いいか、健。おまえがなにをしらべたいのか知らないけれど、さっさと片づけろよな」
ぼくが部屋からだした脚立をさぼ子さんの前におくと、健はディバックの中からスマホ、メモ帳、そして小さなメジャーだして、この一番上にのぼった。
「終わったら部屋に脚立を入れておくんだぞ。ぼくはじっちゃんをくい止めておくから」
健をのこして、ぼくはキッチンに入った。聖子はまだおきてこない。
「琢磨、今、だれかとしゃべってた?」
母さんが聞いた。
「うん、健が来てるんだ」
「健ちゃんが?こんなに朝はやくからどうしたの?」
なにかてきとうなこと言わないと・・・。あっ、そうだっ。
「え・・っと、健さぁ、自由研究で、さぼ子さんのことをしらべたいんだって」
「こんなに朝早くから勉強なんて、健ちゃんはほんとえらいわねぇ。ほら、琢磨も健ちゃんを見習って、さっさとご飯を食べて、さっさと勉強しなさい」
「ごっそうさん。さてと、霧吹きのつづきをするか」
「えっ、あ、あのじっちゃん、ちょっ、ちょっと聞きたいことが・・・」
ぼくがじっちゃんをとめようとしていたら
「あーっ、健くんだー、おはよー。ねえねえ健くん、さぼ子さんって超能力があるから、ぜったいテレビに出れるよねー?」
って大声でしゃべっている聖子の声が聞こえてきた。
じっちゃんが、ん?って顔をした。
「さぼ子さんの超能力って、なんのことだ?」
「テレビってなんのこと?」
じっちゃんと母さんが、同時に聞いた。
「あっ、そうだ、卓也と朝のすずしいうちに勉強しようって約束してたんだ」
ぼくは食べかけのごはんをのこして、すぐにおどり場に行った。
脚立から健をひきずりおろし、速攻でこれを部屋にかたづけたとき、じっちゃんが来た。
ぎりぎりセーフ。
「おい琢磨、さぼ子さんの超能力って、なんのことだ?」
「超能力?それって聖子が見た夢のことなんじゃない。健、聖子も今から卓也んちに行くぞ。」
「わたし、まだ朝ごはん食べてない」
「いいから、来いって」
ぼくは聖子と健をおいたてるようにして家を出て畳屋玄に行くと、ちょうど店のガラス戸が開いたところだった。
「卓也」
「なんだよー、オレ今からおまんちに行こうと思ってたんだぞ」
だったら話は早いよな、さっそく行動開始だ。
「あのな、健。きのうの夜、変なことがあってさ、それがさぼ子さんとも関係しているみたいなんだ。だから、もう一度ネットでサボテンの超能力のことをしらべてくれないか?」
「・・・なにがあったの?」
ぼくと卓也は、交互にあの甘い匂いと、重じいちゃんの事件のことを話した。
「わかった。すぐ・・・しらべる。ぼくんちに・・・行こう」
朝の七時にぼくらが天満屋に入ってきたから、和子ばあちゃんは、びっくりしたみたいだ。
「あれまぁ、こんなに朝はやく、どうしたんだい?」
「へへへ、ちょっと勉強会」
部屋に入ると、健はすぐにパソコンを立ち上げ、きのうと同じサイトを開き一言もしゃべらずにこれを読みはじめた。
「・・・ない」
「えっ、ない?」
「甘い匂いなんて・・・どこにも書いてない。それに・・・、あのでっぱりのことも」
「じゃあさ、あの匂いとでっぱりは、さぼ子さんだけにあるってこと?」
「ねえ健くん、どうしてさぼ子さんだけなの?」
「音と匂いって関係あるのか?」
ぼくと卓也と聖子が聞くと、健は
「今はわからないけど・・・それ全部、さぼこさんと交信できれば・・・わかるかも」
なんて言い出したんだ。健の発想って、ほんとうにぶっ飛んでいる。
「さぼ子さんと交信って、なあ健、そんなのどうやってやるんだよ?」
卓也がこう聞いたその時、バンッとドアが開いてじっちゃんがいきなりどなりこんできた。
「おいっ、おまら、なにをたくらんでるっ?」
じっちゃんのうしろに、玄じいちゃんと心配そうな顔をした和子ばあちゃんまでいる。
「じっ、じっちゃん?な、なんのこと?ぼ、ぼくら、なんにもたくらんでないって」
ぼくは、あわてて否定した。
「うそつけ!おまえと卓坊は、さぼ子さんのまわりをこそこそとうろついていただろ?健坊は健坊で、きのうの夜、定ちゃんや安ちゃんや他のみんなのサボテンのところで、なんかしらべてたんだってな?」
えーっ、こいつ、そんなことしてたのか。
「ほかのサボテンって、健、なにをしらべていたんだ?」
「・・でっぱりもトゲも・・さぼ子さんにしかなかった」
これを聞くやいなや、じっちゃんたちの顔がひきつった。
「さぼ子さんにでっぱりだって?こらっ卓也、てめえ、なんかかくしてるな?」
玄じいちゃんが、卓也の右耳をぐいっとひっぱった。
「いてっ、いててて。じいちゃん、いたいって」
「ほらっ、さっさと話せっ」
「いててっ、た、琢磨、助けてくれ」
どうしよう?まだなにもわかっていないから、じっちゃんたちに話すには早すぎる。
「・・・話そうよ」
ぼそりと健が言った。
「えっ?」
「・・・おばあちゃんたちにも話して・・・みんなで協力しよう。・・・そうすれば、なにかわかるかもしれない」
卓也を見ると、耳をひっぱられていたそうな顔をしながらうなづいている。
「琢磨、オレも健に賛成。ここまできたら、もうかくしとおせないしさ、それに、ほら、じいさんはだてに長生きしてないから、あんがいいいヒントがで・・・いててててっ」
「だれがだてに長生きしてないだって?」
玄じいちゃんが、今度は両耳をひっぱった。
「いたいっ、じいちゃん、いたいってばっ」
「わかった、わかったよ。全部話すから、玄じいちゃん、卓也の耳から手をはなしてやって」
「よしっ」
玄じいちゃんが耳をひっぱっていた手をはなした。
「えーっと、あのね、さぼ子さんがおかしいと思ったのは、金曜日なんだ・・・」
じっちゃんたちは、目を丸くしてぼくの話を聞いていたが、話し終えるやいなや、玄じいちゃんが、ぼくの背中をバチンとたたいた。
「えらいっ!おまえたちが、商店街のことをそんなに大事に思っていてくれたなんて、オレは・・オレは、うれしくて・・・」
「おじいちゃん、お兄ちゃんの話を信じてくれる?」
聖子が、おずおずとじっちゃんに聞いた。
ふつうの大人だったら、こんなぼくらの話をバカなことを言ってと笑うかもしれない。けれども、やっぱりじっちゃんはちがった。
「信じるに決まってるだろ。さぼ子さんが、そんじょそこらにあるふつうのサボテンとちがうってことを、わしはちゃーんと知っといる。けどなぁ、超能力とは考えつかなかったなぁ」
「それにしても、さぼ子さんとテレビ局を結びつけるなんてよく思いついたねぇ」
「こいつらが言うように、テレビでどんどん放送されれば、ここも有名になるしな。うん、こりゃあいいアイデアだ」
じっちゃんたちは、心底感心したって感じで話している。
「でもさぁ、オレたち、さぼ子さんのことは、まだなんにもわかってないからなぁ・・・」
卓也が言った。
「なんだ?健坊が、交信とやらをすればわかるんじゃないのか?」
玄じいちゃんのことばで、その場にいたみんなが健を見た。
「健ちゃん、あんた、そんなことできるの?」
和子ばあちゃんが心配そうに聞いたけど、そうだよ、交信の仕方なんて、ぼくにはさかだちしたって出てこない。健はどうやってするつもりなんだ?
「・・・4Dメーターさえあれば、できると・・・思う」
「おい、琢磨、なんだ?その4Dメーターって?」
じっちゃんに聞かれたけれども、ぼくが知っているわけない。だからぼくが健に聞いた。
「4Dメーターってなに?」
「四次元波受信機で・・・えっと植物に感情変化がおきると・・・植物の内部抵抗が変化するから・・・入力端子から電圧の変化を測定できるんだって」
こいつ、ほんとに小四?ぼくらと頭の構造がちがうんじゃないの?
「今の説明で・・・わかった?」
「う、うん、まぁ、なんとなく。だよな?」
ぼく、卓也と聖子、それにじっちゃんや玄じいちゃんまでもが、あいまいにうなづいた。
「で、その肝心かなめのなんとかメーターっていうのは、どこにあるんだ?売ってるのか?」
じっちゃんが聞くと、健は旧式のラジカセににた機械がうつっていたウェブサイトを開いた。
「・・・これ、高いんだ」
「いくらだ?」
4Dメーターの下に書かれた値段表を見ると、どひゃー、すっごく高い。でも、じっちゃんは、この値段を見ても眉ひとつ動かさなかった。
「玄ちゃん」
じっちゃんが呼ぶと、何も言わなくても通じているって感じで、玄じいちゃんがうなづいた。
「よし、わかった。これは、わしらが買ってやるから、健、すぐに注文しろ」
「マジ?げぇ、すっげぇ太っ腹」
うん、やっぱりじっちゃんたちに話して大正解だったな。
「ほら健、早く注文しろよ」
卓也がせかすと、健はすぐに注文画面を開いた。
「支払いは着払いで・・・、送り先は・・・、さぼ子さんのことをしらべるんだからな、オレのところにしてくれ」
「発送は明日だから・・・、あさってには着くと思う」
よし、これで、さぼこさんと交信できる。そうすればどうして甘い匂いがしたのかとか、あのふしぎな音はなにかってこともわかる。なにより、じっちゃんたちがあんなにまちのぞんでいる運パワーだって復活させられるかもしれない。
なんだかワクワクしてきた。
この時ぼくらは、4Dメーターさえ手に入れば、何もかもかんたんに進んでいくって信じてうたがわなかったんだ。
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