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さぼ子さん その12

  連載ファンタジー小説



 十二 匂いがもれている?

8月2日まで、あと九日。

この日も朝からジリジリと太陽が照りつけていたけれど、ぼくはリビングでひたすら勉強にはげんでいた。

卓也から健はあいかわらずパソコンの前から動かない。オレは何をすればいいんだ?ってラインがきたけれど、ぼくだってわからないよ。

じっちゃんは、今日も玄じいちゃんといっしょに商店街の人たちの説得に歩きまわっていたし、聖子はやっぱり健の所だ。

ぼくだけこんなところで勉強をしていていいのかな?

昼ご飯を食べにもどってきたじっちゃんからも朗報なし。結局ぼくは、さぼ子さん対策に動くこともできず、丸一日勉強をしていた。

8月2日まで、あと八日。

今日もひたすら勉強。
卓也からきのうと同じようなラインがきた。じっちゃんたちは、あいかわらず説得に歩きまわっている。

こんな進み具合でさぼ子さんのひみつが見つけられるのか心配だし、なにより一人だけ何もしないでいるので気持ちが落ち込んできた。

ぼくはじっちゃんの部屋から4Dメータを出して、さぼ子さんに接続してみた。そして五十音、アルファベット、数字を順々に言ってみる。やっぱり2と8にしか反応しない。

8月2日まで、あと七日。

今日も午前中は勉強。まる二日半家で勉強ばかりしていて、すっかりつかれはてていたぼくのところに、ようやく朗報がきた。

「琢磨、明日、笑天さんの扉を開けられるぞ」

額にびっしり汗をかきながら、じっちゃんがかけこんできた。

「ほんと?」

「ああ、がんこもんたちをようやく説得できた」

じっちゃんは、すぐによっちゃんの店で笑天さんの社を開ける打ち合わせに行くといったので、ぼくもついて行った。
そして五時すぎに会合を終えて店を出たとき、ちょうど健のところから帰ってきた聖子と鉢合わせになった。

「健は、なにしてた?」

「ずっとパソコン見てたよ」

パソコンにかじりついて何をしらべているんだって健に聞いても、返ってくる答えは、きっと理解不可能だろうし、まぁその答えがでたら、そのうちなにか言ってくるだろうな。

畳屋玄の前をすぎたところで、うちの事務所の前に(有)佐藤商会って書いてあるバンが止まっているのが見えた。

「父さん、帰ってきたんだ」

ぼくと聖子は同時にかけ出した。でもダッシュの差でぼくの方が早く事務所前に着いた。
「父さん、お帰り」
と言いながらガラス戸を開けようとしたけれども、中から聞こえる声を聞いて、手を止めた。これって・・・・。

「父さーん」

すぐに追いついてきて横をすり抜けようとした聖子の手を、ぼくはつかんだ。

「開けたらダメだっ」

「どうして?」

「どうしてもだって」

聖子の手をつかんだまま、ぼくは少しおくれて歩いていたじっちゃんを大声でよんだ。

「じっちゃん、早く来て!」

「どうした?」

「この中・・・」

じっちゃんが、ガラス戸の前に立った。

「これは・・・」

事務所の中から聞こえてくるのは、重じいちゃんと同じようにひきつった笑い声だったんだ。

「おじいちゃん、どうして中に入らないの?」

聖子が心配そうに聞いてきた。

「う、うん、今入るぞ・・・。あっそうだ、その前に、聖子、じいちゃんのたのみをきいてくれるか?」

「たのみってなに?」

「畳屋の玄じいちゃんを大いそぎで呼んできてくれ」

聖子が、不満げにきゅっと口をすぼめた。でも、ぼくやじっちゃんの様子がただごとじゃないことに気がついたのか、しぶしぶうなづいた。

「玄じいちゃんを呼んできたら、中に入れる?」

「ああ、入れる。だから、ほれ、いそいで呼んできてくれ」

聖子がかけ出してから、じっちゃんは、ぼくを見た。

「いいか琢磨、今から中に入るけど、もしまだ家の中におまえや重ちゃんが言っていた甘い匂いが残っていたら、その匂いをかいだとたん、中の二人のようになるかもしれん。
だから、まずオレが一人で入る。で、大丈夫だとわかったらおまえを呼ぶから、それまではここから少しはなれた場所でまっていろ」

「でもっ・・・」

「まってるんだっ!」

ぼくだっていっしょに中に入りたかった。でもじっちゃんの気迫におされ、うなづくしかなかった。

じっちゃんが大きく息を吸いこんで、バンッとガラス戸を目一杯開けたそのしゅんかん、モワッとあの甘い匂いがただよってきた。
ぼくはあわてて戸口からはなれて、口と鼻を両手でおおった。

ガラス戸は大きく開かれていたので、この場所からも、じっちゃんが片手で鼻と口をおおって事務所の西側の窓と北側の小窓を開けている様子が見えた。そして、事務所の来客用のソファにもたれながら苦しそうに笑っている父さんと母さんの姿も。

「父さん・・・、母さん・・・」

ぼくはついさっきまで、さぼ子さんはこの商店街をすくってくれる救世主だと思っていた。でも苦しそうに笑っている父さんたちの姿を見ると、なんだかそれがまちがっているような気がしてきたんだ。 

さぼ子さんは、いったい何をするつもりなんだ?

「琢磨っ!」

じっちゃんが叫んだ。
「なに?」
「そこのお茶を買え!」

ぼくは、じっちゃん投げてきた五百円玉をキャッチして、事務所前にある自販でペットボトルのお茶を二本買った。
じっちゃんは重じいちゃんのときみたいにお茶を飲ませて、笑いをおさめるつもりなんだ。

「じっちゃん、買ったよ。ねえ、もう中に入っていいだろ?」

ガラス戸の前では、もうあの甘い匂いはしない。
じっちゃんは口と鼻をおおっていた手をはなして、クンクンと匂いをかいでからうなづいた。

「これっ」

キャップをはずしてぼくがペットボトルのお茶をわたすと、じっちゃんは、まず母さんの口にこれをそそいだ。そして重じいちゃんにしたのと同じように、何度も根気よく母さんにお茶を飲ませた。
ようやく母さんのひきつった笑いがおさまると、今度は父さんにお茶をのませた。
むせながらお茶をのまされていた父さんのひきつりがおさまったころ、聖子が玄じいちゃんと卓也をつれて来た。

「おそくなってすまん」

こう言って事務所に入ってきた玄じいちゃんの後ろからひょいと顔をだした聖子は、ソファにぐったりと横になっている父さんたちを見たとたん、涙声になった。

「父さんたち、どうしちゃったの?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。父さんたちはちょっと悪い空気をすったから気持ちが悪くなっただけだ。ほら聖子、父さんたちを寝室につれて行くから手伝ってくれ」

じっちゃんに言われ、すぐに母さんの横にかけよった聖子が

「母さん、大丈夫?二階まで歩ける?」

と聞くと、母さんは弱々しくほほみながらうなづいた。

「玲子さん、ほれ、つかまれ」

玄じいちゃんに手をかしてもらって立ち上がった母さんは、すこしふらつきながら階段をのぼっていった。

「昭三、立てるか?」

じっちゃんが手を引っぱって、父さんの体をおこした。

「なんか甘い匂いがしたとたん、笑いがとままらなくなって・・・」

「わかっとる」

じっちゃんに支えられ、父さんもゆっくりと階段をのぼっていった。
聖子は父さんたちからはなれない。

ぼくと卓也がリビングでまっていると、眉間に深いしわがよせてじっちゃんと玄じいちゃんが父さんたちの寝室から出てきた。


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