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さぼ子さん その13

   連載ファンタジー小説


  十三 さぼ子さんを捨てる?

「さてと・・・、おい琢磨、わるいがお茶をもってきてくれ」

じっちゃんに言われ、ぼくは冷蔵庫からペットボトルの麦茶を出して、これを四つのガラスコップに注いだ。

「はい」

ぼくがテーブルにコップを置くと、じっちゃんは麦茶を一気に飲みほし、ふーっと深いため息をついた。

「ああなった原因は、さぼ子さんか?」

玄じいちゃんが聞いた。

「たぶんそうだ」

「さぼ子さんは、いったいどうなったんだ?」

「わしにもさっぱりわからん。ただ・・・」

ふーっと、じっちゃんがまたため息をついた。

「ただひとつたしかなことは、こんなことをおこすようなら、さぼ子さんをもうここには置いておけないってことだ」

えっ?それって・・。

「じっちゃん、・・・さぼ子さんを・・・どうするつもりなの?」

「処分する」

「処分する?だめだよ、そんなのぜったいだめだって!」

「わしだって、そんなことはしたくないっ!だがな、琢磨も見ただろ?父さんたちの苦しそうな姿を。さぼ子さんがここにあるかぎり、いつ何時またあんなことがおきるかもしれないんだぞ」

「でも、でもさ、甘い匂いを出すのは、さぼ子さんだけじゃないだろ?笑天神社からもでていたじゃないか」

「わかっとるっ!笑天さんのことも、ちゃんとしらべてなんとかする。だが、今はさぼ子さんの方が先だ」

「そんな・・・」

ぼくらがサボテンのことしらべて、さぼ子さんにふしぎな力があることを見つけたんだ。
咲が転校しないですむようにって、サボテン商店街にまたお客さんがたくさん来るようにって、ぼくらはいっしょうけんめい考えたのに、さぼ子さんを処分したら、商店街を復活させる最後の方法がなくなっちゃうじゃないか。

ぼくの目から涙がこぼれはじめていた。

「琢坊」

 じいちゃんがぼくの肩に手をのせた。

「琢坊は、勘ちゃんが、さぼ子さんを親身になって世話していたのを毎日見てたよな?」

ぼくはコクンとうなづいた。

「だったら、さぼ子さんを処分して一番つらい思いをするのは勘ちゃんだってこともわかってくれるな?」

ぼくはもう一度、コクンとうなづいた。

「勘ちゃんだけじゃない、オレだってつらい。さぼ子さんのなぞを知りたくって、今日の今日まで勘ちゃんといっしょに走りまわっていたんだからな。けどな、こんなことがおきた以上、勘ちゃんが言ったようにさぼ子さんを処分するしかないんだ」

玄じいちゃんの言うことはわかる。わかるけど・・・。

ぼくはこれ以上涙がこぼれてこないようにくちびるをぎゅっとかんだ。

「あ、あのさ・・・」

今までずっとだまっていた卓也が、おそるおそる口を開いた。

「さぼ子さんがおかしくなったのは、あのでっぱりが出た時からだろ?だったら、えっと、でっぱりをとっちゃえば、もう匂いが出なくなるんじゃないのかな・・・ってオレは思ったんだけど・・・」 

じっちゃんと玄じいちゃんは、顔を見合わせている。

「そうだよ。卓也が言ったように、さぼ子さんがおかしくなったのは、あのでっぱりのせいだって。だから、あれを取ればいいんだ。そうしたら、もうあんな匂いがしないって」

ぼくは必死にうったえた。
でも、じっちゃんはしぶい顔をして首を横にふった。

「でっぱりを切ったらぜったい匂いがしない、という保障はないからな」

それはわかるけど・・・。やばい、また涙がでてきた。

「とにかく処分するにしてももう夜だし、今日はできないだろ。勘ちゃん、どうする?」

「今晩のところは、匂いが外にもれないようにビニール袋に包んでおくしかないな。たしか倉庫にでかい袋があったから、玄ちゃん、運ぶのを手伝ってくれるか?」

じっちゃんと玄じいちゃんは、一階の倉庫に行くために階段をおりていった。

ぼくは胸がしめつけられるような気がして、その場にしゃがみこんだ。

「琢磨」

ぼくの前に卓也もしゃがみこんで、肩に手をおいた。

「おまえんちにナイフあるか?」

ぼくは顔をあげ、まじまじと卓也を見た。

「ナイフ?そんなものをどうするんだ?」

「じいちゃんたちが下にいる間に、さぼ子さんのでっぱりを切っちゃおうって思ってさ」

「でっぱりを切ったって、また匂いがするかもしれないって、じっちゃんが言ったじゃないか」

「ああ、でもさ、やってみないとわかんないだろ?
とにかくでっぱりを切って、今晩は様子を見ていようぜ。ビニール袋に小さい穴を開けておけば匂いが出たかどうかわかるし、かりに出たとしても外にもれる量なんてしれてるだろ?」

「そんなことしたって、明日にはさぼ子さんは、処分されちゃうんだぞ」

「そうさ、でも明日になれば健も呼んで、じいちゃんたちがすることを止められるかもしれないだろ?
それに健はぜったいいい案をだしてくれるって。なんたってあいつは、オレたちとちがって頭のできがちがうからさ」

オレたちとちがって頭のできがちがう、か。

ちぇっ、なんだかおかしくなってくすっと笑った。すると、少し気持ちが楽になった。

「卓也、でっぱりを切ったら、さぼ子さんがどんな連絡をしているのかわからなくなるだろ?そうしたらテレビ局の話はオジャンになるんだぞ」

「まぁ、それは痛いけどしかたないって。みんなで商店街復活の方法を考えれば、またいい案がでるから。それより今は、やれることをやろうぜ。ほら、はやくナイフ探せよ」

「う・・・ん、そうだよな。わかった」

ぼくは立ち上がった。

「えーっとたしか果物ナイフがあったんだよな・・・」

キッチンにはいり、食器棚の引き出しを探していると、突然おどり場からガッチャーンっとガラスが割れる大きな音がした。

「なに?」

卓也といっしょにリビングからおどり場に出たしゅんかん、ぼくらの足はピタッと止まり、その場から動けなくなってしまった。

「どうしたっ?」

じっちゃんたちが二階にかけ上がってきたのと、父さんたちが寝室から出てきたのは同時だった。
そして、みんなぼくらと同じように、すぐにその足が止まった。

おどり場の大きな窓が割れ、床にはガラスが粉々に散っている。そしてそのまん中に、満月の夜に見たあの白いあごひげのじいさんが立っていた。

みんな凍りついたように動かない中で、じっちゃんの、ぐぅっと大きく息を吸い込む音がひびいた。

「お、おまえは・・・あの時の占い師?」

占い師?なに、それ・・・?

「どうして・・?」

じっちゃんが一歩足を踏み出したしゅんかん、じいさんは、あんなに重たいさぼ子さんを軽々とだきかかえて窓枠に飛び移り、商店街の通りに飛び降りてしまった。

「待てっ!」

じっちゃんと玄じいちゃんがすぐに回れ右をして、階段をかけ下りた。
ぼくも、とじっちゃんを追いかけようとした時、寝室から出てきた母さんがさけんだ。

「動いてダメッ!ガラスが刺さるから、じっとしてなさい!」

ぼくと階段の間には、ガラスの破片が足の踏み場もないほど散らばっていた。
はだしのままここを通れば、破片が刺さる。

「すぐに片づけるから、まってなさい」

まってなさいって言われても、そんなことしている間にも、あいつは逃げちゃうじゃないか。このとき

「おい琢磨、これっ」

って卓也がスリッパを投げてきた。

ぼくはすぐにこれをはいて、母さんが止めるのを聞かずにガラスを踏みつけ階段をかけおりた。そして、卓也もぼくの後についてきた。

「どっちに行った?」

 通りに出て、右、左と見る。

「あっ、あそこっ!」

卓也が指さす先に、じっちゃんの白いシャツが小さく見えた。

「急ごう」

ぼくと卓也は、すぐにかけだした。

「あっちって、笑天神社の方だよな?」

並んで走る卓也が聞いた。

「うん」

「あいつ、いったい何者なんだ?」

「わかんないよ」

あんなに力持ちの父さんだってさぼ子さんを持ち上げるのが大変なのに、やせて背の低いじいさんが、軽々と抱きかかえ、まるでサルみたいに窓枠に飛び移った。
こんなこと普通の人間はできないよ。

あいつは何者・・?

「琢磨、あれっ」

ぼくらの少し先で、さぼこさんを抱いたじいさんが笑天神社の鳥居の下をくぐり、おくれてじっちゃんたちも入っていくのが見えた。

「はやくっ、オレたちも行くぞ」

ぼくらも鳥居をくぐると、クスノキの黒い影におおわれた社は暗かったけれど、通りからもれてくる街路灯の弱々しい光で、かろうじて中の様子がわかった。

じっちゃんと玄じいちゃんが、社正面の両開きの扉に手をかけて、これを開けようとしていた。
「じっちゃん!」

ぼくが呼ぶと、じっちゃんは顔を上げた。

「あいつはこの中だ!琢磨、卓也、おまえたちも手伝えっ!」

ぼくはじっちゃんといっしょに左の扉の取っ手をつかみ、卓也が玄じいちゃんといっしょに右の扉の取っ手をつかんだ。

「いいか、一、二の三で思いっきり引っ張るぞ」

ぼくらはうなづいた。

「よしっ、いーち、にーのさんっ!」

ぼくはもてる限りの力で取っ手をひっぱった。でも、二枚の扉は、強力な接着剤を塗ったみたいにぴったりと合わさってびくともしない。

「もう一度だ。いーち、にーのさんっ!」

今度はうしろに体重をかけてひっぱってみたけれど、これもダメ。
このあとも、ぼくらは汗だくになりながら何度もためしてみた。でも、どうやっても扉は開かなかった。そして、とうとう玄じいちゃんが

「あーダメだぁ、わしは、もう力がはいらん」

と言って、へなへなっとその場にすわりこんでしまった。
玄じいちゃんだけじゃない。額から玉のような汗がふき出ていたぼくも、卓也も、そしてじっちゃんも、もっている力を全部出しつくしていたんだ。

「あいつはかんたんに扉を開けて中に入ったんだ。それなのに、わしたちが開けようとしてもびくともしない。いったいここはどうなってるんだ?」

ドンッ、とじっちゃんが扉をたたいた。もちろん中から返事が返ってくるわけはない。
じっちゃんの向かいに座っていた玄じいちゃんも、ようやく息がおさまったみたいだ。

「なあ勘ちゃん、おまえさん、あいつのことを、占い師って言ったよな?その占い師って、もしかして・・」

じっちゃんが、ちらっと社を見た。

「ああ、さぼ子さんをくれた奴だよ。あいつは、顔も、ヒゲも、着てる服も全部あの時のままだったから、わしはすぐにわかったんだ」

「全部同じって・・・、さぼ子さんが来たのは十二年も前のことだぞ。いくらなんでも同じってわけはないないだろ?」

「そうだ、だからおかしいんだ」

このときぼくらの頭の上でカラスがギャァーと鳴いたので、ぼくと卓也は思わずおたがいの手をとりあった。
じっとしていると、なんだかべっとりと黒い闇がぼくらをおそってきそうだ。ぼくがじっちゃんの手をにぎると、じっちゃんもぼくとおなじように感じたのか、ブルッと身ぶるいをした。

「ここにいても、もうなにもできんな。今日のところはひとまず帰って、明日一番にサボテン組のみんなを集めて対策をねるとするか」

「ああ、そうだな」

それからすぐに神社を出て街路灯の明るい光を見ると、ぼくはようやくホッとした。

今日一日で、一週間分くらいの量のハラハラドキドキを体験したような気がする。
あんまりいろいろなことがありすぎて、もうクタクタだ。早く帰って寝たい。

ぼくとじっちゃんが家に帰ると、踊り場に散らばっていたガラスはきれいに片づけられ、割れたガラスを取り除いた窓には厚手の透明ビニールが貼ってあった。

「おじいちゃん、琢磨、ちょっと来てください」

父さんがよんでいる。ぼくらが二階にあがると、父さんは、いきなり直球を投げてきた。

「いったいあれは何者なんです?」

「わからん」

じっちゃんの答えも直球た。

「二階の窓ガラスを割って家に入り、さぼ子さんを軽々と持ち上げてまた二階から飛び降りるなんて人間業じゃないですよね?」

「ああ」

「どうしてさぼ子さんを?」

「それもわからん」

「わからんって・・・」

父さんは、ちょっとのあいだなにか考えているかのように口を開かなかった。

「もしかして、ぼくらがおかしくなったあの匂いもさぼ子さんと関係してるんですか?」

じっちゃんがうなづくと、ふーっと息をはいて、父さんはこめかみをもんだ。

「さぼ子さんをかわいがるおじいちゃんの気持ちを大事にしたいから、なにをやってもだまって見てたのに、こんなことがおきるなんて・・」

じっちゃんは、すごく悲しそうな顔をしている。

「ちがうよっ、じっちゃんは悪くないんだ。最初は、ぼくらがさぼ子さんがおかしいって気づいて、それからじっちゃんたちが協力してくれて・・・」

「さぼ子さんがおかしい?琢磨、いったい何を言ってるんだ?」

「あの・・父さんが出張に行った次の日、さぼこさんに変なでっぱりが出てて・・・・」

そのあとぼくは、今日までのことを全部話した。

「じっちゃんはね、さぼ子さんが父さんたちをあんな目に合わせたから、明日処分つもりだったんだ」

母さんと顔を見合わせた父さんが、もう一度深いため息をついた。

「これから、どうするんです?このままにしておくわけにはいかないでしょ?」

母さんが不安そうに聞いたけれど、父さんもどうしたらいいのかわからないみたいだ。

「とにかく明日、みんなに集まってもらって何とか策をねるから、そんなに心配するな」

じっちゃんはこう言ったけれど、いったいどうするつもりなんだろう?


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