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さぼ子さん  その16

  連載ファンタジー小説


 十六 笑いを糧とする
 
六年生になったばかりの4月、ぼくらは授業で【生命の神秘】っていうDVDをみた。

この中では、花が咲き始めるしゅんかんや、ゼミが羽化するしゅんかん、卵からヒナがかえるしゅんかんの映像が次々と流れ、最後にお母さんの子宮の中でうずくまっている胎児の映像が映しだされたんだ。

さぼ子さんの横には、あの映像の胎児のように小さな体に大きな頭をもち、全身が銀色にかがやく人のようなものがすわっていた。

「ぼく・・・ともだちだよ」

いつのまにきたのか、健が社の前に立っていた。

「ぼく・・・ともだちだよ」

社にむかって健が一歩ふみだした。

行ったらだめだよ!ぼくは止めようとしたけれど、体が動かない。

「健ちゃんっ、だめーっ!」

和子ばあちゃんが、悲鳴をあげた。
でも、だれも動けない。健の手と、銀色の人の手がしだいに近づいていく。

「E・Tだ」

ぼくの横で卓也がつぶやいた。

そうだ、これって、健が好きで好きで何度もみていたスピルバーグ監督のE・Tのあの場面とおんなじだ。

「と・も・だ・ち」

健の右手と銀色の人の左手が重なると、健のてのひらが銀色にかがやきはじめた。すると

『わたしは時が満つるのをまっていました』

健の口から今まで聞いたことのない声がひびいてきた。

『広大な宇宙空間を移動していたわたしはその途中で傷つき、この星にたどりつきました。そしてふたたび力がもどり、また旅立てる日を待っていたのです。
笑いを糧とする種族のわたしは、傷をいやし、力がもどるために多くの笑いが必要でした。そのために、この地に社を築き、そして祭りをおこしました』

「笑天祭のことだね」

よっちゃんがつぶやいた。

『この社を聖域として、わたしはこの地のものが社の中に入るの禁じ、しずかに力が満るのをまっていました。
幾十、幾百もの祭りをくり返し、あとわずかで力が満るという時、祭りが行なわれなくなってしまったのです』

「十二年前だ」

今度は、玄じいちゃんが言った

『幼子のいる所に、笑いは満ちます。わたしは笑いの糧をえるため、初めて社を出て、幼子の生まれた者へこのカギを託したのです』

健が言ったように、さぼ子さんはやっぱりカギなんだ。
このカギは、笑いをためて大きくなっていったんだな。

でも・・・

「ねえ、これまで一度だってさぼ子さんから甘い匂いなんてはしなかったのに、今になって、どうして匂いはじめたの?」 

ぼくは聞かずにいられなかった。

『笑いの糧が満ち、あふれ始めたからです』

笑いが糧・・・、甘い匂いは笑いの素なのか。
だからあの匂いをかぐと、あんなに笑えてきたんだな。

「じゃあ、あのキーンっていう音は何?」

『時が満ち、わたしはシグナルの音で仲間と連絡を取り合ったのです』

「あ、あのさ、オレも聞きたいんだけど、勘じいちゃんの運パワーってどうやって出したんだ」

卓也が聞いた。

『わたしは何もしていません。この方は、わたしが言ったことばを信じてうたがわなかったから、自分でその現象を引き寄せただけなのです』

「そんなのあり?」

卓也は半信半疑みたいだ。ぼくだって、そんなことがおこせるなんて信じられない。
でも、現実にじっちゃんの身にハッピーなことがおきたんだ。だったら、人の想いってすごいって思えてきた。

次に聞いたのは、重じいちゃんだ。

「8月2日には何かおこるのか?」

『⒏月2日は笑いの糧をえた祭りの日。8月2日はカギに糧をあたえてくれる者が誕生した日。8月2日、わたしの仲間がむかえにきます』

「わ、わしは、さぼ子さんといっしょにいられて・・・うれしかった・・・」

じっちゃんが、声をしぼりだすように言った。 

『わたしはこの地で笑いの糧をえました。この糧をあたえてくれたあなた方に感謝します』

銀色の人がゆっくりと健から手をはなし、両手でさぼ子さんをつつみこんだ。
するとさぼ子さんは、まばゆいばかりの光を放ちながら形をかえ、やがて小さな白銀の球体になって銀色の人の手の中にもどっていった。

「さぼ子さん」

そうつぶやいたじっちゃんの目に涙があふれている。

目の前に広がっていた星のかがやきが、しだいにひとつ、またひとつと消えていく。

ぼくらは、ひとつずつ星が消えていく様をずっと見とどけていた。

やがて最後の星が消えてしまうと、社の中はまっくらな空間にもどり、しずかに扉が閉まった。
 
 

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