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VOL3:ラーンネット・グローバルスクール 代表/神戸情報大学院大学学長 炭谷俊樹(すみたに としき)さん

1960年兵庫県神戸市生まれ。東京大学大学院理学部物理学科修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ラーンネット・グローバルスクール開校、同代表。社会で活躍する探究型リーダー育成を実践。2010年より神戸情報大学院大学学長。著書に『第三の教育-突き抜けた才能は、ここから生まれる』、『ゼロからはじめる社会起業』など


―この企画は教育の第一人者にお話を伺う企画です。教育の課題や展望、それからご自身の生きざまなどを主なテーマにしてお話をお伺いしていきたいと思っています。
炭谷:よろしくお願いします!


INDEX
1、学習者本人が何を学ぶかを自己決定し、主体的に学び、振り返り、次の学びの計画を立てていく
2、それぞれの人が持っているよさを活かしあい、照らし合う
3、ナビゲータ自身が、自分の好きなことを追求していく
4、「ICT技術を使って社会課題を解決する」というコンセプト
5、環境を思い切って変えてみる


1、学習者本人が何を学ぶかを自己決定し、主体的に学び、振り返り、次の学びの計画を立てていく

ラーンネット・グローバルスクールを、1996年に神戸に開校されてから20年以上が経ちました。改めて同校の特色を教えてください。
炭谷:ラーンネット・グローバルスクールは、自立・探究型の学びをコンセプトに掲げた、3歳から小・中学生までを対象とする、フリースクール(オルタナティブ・スクール)です。放課後だけ通っていただくアフタースクールもありますが、小・中学生向けにはフルタイムで通っていただくフルスクールも展開しています。

―1996年当時に、「自立・探究型の学び」を掲げるというのは、時代のかなり先を走っておられた感じではないですか?
炭谷:ちょっと早すぎたかもしれないですね(笑)。しかし、20年やってきたからこそいまがあるので無駄ではなかったですよ。

―ラーンネット・グローバルスクールは、現在、どのような受け止められ方をされているのですか?
炭谷:風向きが変わってきましたね。ご存知の通り、2020年度から始まる教育改革(※2020年度より小学校で新・学習指導要領が全面実施予定)の中で、文部科学省が探究型学習の重要性を唱えています。こうした動きもあってか、いまは、見学の問い合わせが非常に多くなっています。

―改めて、2020年度から始まる教育改革のポイントを教えてください。
炭谷:あらゆる教科・科目に探究の要素が入ってきます。それから、文部科学省の言葉で言いますと、「主体的・対話的で深い学び」という表現になるのですが、これはいままでのように一歩通行の正解を教えるのではなく、対話のなかで自ら深く学んでいこうという考え方がベースです。180度学びの在り方が転換すると言っても過言ではないでしょう。

―「探究」がキーワードになってくるのですね。
炭谷:そうです。一番大事なのは、学習者本人が何を学ぶかを自己決定し、主体的に学び、振り返り、次の学びの計画を立てていくということです。先生や保護者など、周囲の大人にあれをやれ、これをやれ、と言われて学ぶのは、探究的とは言いません。

―なぜ、いま日本で探究型学習が求められているのでしょうか?
炭谷:基本的には社会の要請だと思います。経済成長が鈍化し、まわりの人と同じことだけをやっていても答えが見つからない時代になってきました。創造的に自らの付加価値を見出すことをしていかないと、世の中が回っていかないという状況になってきているということが、探究型学習が求められる背景にあると考えています。

―なるほど。
炭谷:ヨーロッパなどは一足早く成熟型社会に入っていますから、20年・30年前からこうした考え方が根付いています。私がマッキンゼー時代に赴任していたデンマークはまさにそうした社会でしたね。一方、経済成長がもうしばらく続く中国やインドは、探究型学習が大きなうねりにはなることはまだ当面はないでしょう。


2、それぞれの人が持っているよさを活かしあい、照らし合う

―炭谷さんが探究型学習に触れたのは、デンマーク赴任時代(1992年頃)ということですよね。当時のデンマークの社会について教えてください。
炭谷:経済成長は止まっていましたが、暗さはなく、わかりやすい言葉で言えば、ハッピーな社会でした。一人ひとりが自分の意見や考えをもって、幸福を追求しながら、イキイキと暮らしているように見えましたね。日本は当時、バブルこそ終われども、まだ成長神話が世の中を覆っていた時代です。マッキンゼーという職業柄もあって、バリバリと働いていましたから、驚きはありましたね。

―デンマークの社会のベースにあるのは、一人ひとりがやりたいこと・関心のあることを追求しているということなのでしょうか?
炭谷:はい。社会全体がそのような考え方で、教育にもこれが反映されているのです。当時からデンマークは、社会が競争的ではありませんでした。こうした雰囲気の中に教育があるので、どこにいっても一人ひとりの価値観・意見が尊重される教育が展開されていると感じましたね。

―著書『第三の教育』の中で、デンマークで「教育」を表す言葉として「Oplysning(オプリュスニング)」という言葉を紹介されています。ラーンネット・グローバルスクールの基本理念にもなっていますが、少しご紹介いただけますか。
炭谷:Oplysning(オプリュスニング)の意味合いを一言でいうと、「照らし合う」ということです。一人ひとり、自分自身が好きなことを追求していく中で、まず輝いていく。そして人とのかかわり合いの中で、相手の中にある、輝きを見つけてつながりを持っていく。それぞれの人が持っているよさを活かしあい、照らし合うという意味が込められた言葉ですね。

―この言葉にとても感銘を受けました。こうした理念をもって開校されたラーンネット・グローバルスクールですが、当初の受け止められ方はどのようなものでしたか?
炭谷:始めてすぐに受け入れられるとは思っていませんでしたよ。私自身も、たまたまデンマークに赴任して初めて、探究型学習の価値を感じたくらいでしたので。当初は、そんな中でも訪れてくださった親御さんや生徒さんに、私たちの教育の考え方を知ってもらって、その生徒さんがイキイキと成長してくれればいいということで、規模を追いかけることも考えてはいなかったです。

―そうなのですね。
炭谷:そうした生徒さんが世の中に出ていって、社会の中で活躍をしていくということが起きてきて、じわじわと広がってきたということと、重ねていまの時代の追い風も重なっていま大きなうねりになりつつあるということでしょう。

―自立・探究型の学びを掲げるラーンネット・グローバルスクールで学んだ生徒さんはどのような力が身につくのですが?
炭谷:中学生・高校生であっても、学校の中でリーダーシップをとっていける力が身につくと思います。たとえば私の息子は、小学校の時にラーンネットに通い、中学校からは私立中学に通ったのですが、最初は「ラク」だと言いましたね。座っているだけで、ぜんぶ先生がやってくれて、さまざまなものごとが進んでいくのだと。しかし、そのうち退屈になってきたようで、自分でなにか動こうとなっていきました。自然とリーダーになっていくような形ですね。

―ラーンネット・グローバルスクールの入学条件の一つに生徒自身が学びたいという意思があることが置かれています。
炭谷:それは絶対大事ですね。ラーンネットは、自分でアクセルを踏む学校なので。先生や保護者など、周囲の大人から押されて動き出すことに慣れてしまっていると、最初は大変かもしれません。周りの子供達の刺激を受けて次第に慣れますが。


3、ナビゲータ自身が、自分の好きなことを追求していく

―ラーンネット・グローバルスクールでは、そうした生徒の学びを支える大人を「ナビゲータ」と呼ぶのですね。ナビゲータの役割もとても重要ですよね?
炭谷:とても重要です。一番大事なことは、生徒がアクセルを踏み出したときに、止めないということです。「やめなさい」「それをやる時間ではない」などの言葉は使いません。もちろん好き勝手やっていいということではないですが、生徒が「やりたい」というエネルギーを持っているのであれば、それが実現できるようサポートしてあげることが基本的なナビゲータの役割です。

―読み書き算数のような基礎学習と、探究型学習はどのような関連で理解すればよいでしょうか?
炭谷:実は探究型学習をしていると、基礎学習の方にもいい影響が出てくるのです。自分の好きなことを追求していく中に、読み書き算数の能力はリンクしてきて、基礎学習の意欲も高くなってくるという好循環が生まれてくるのですよ。テストのために基礎学習をするのではなく、自分のやりたいことのために基礎学習をするという形になります。

―ナビゲータのみなさんがほかに大切にされていることはありますか?
炭谷:ナビゲータ自身が、自分の好きなことを追求していくことですね。ナビゲータには副業を奨励しているので、エンジニアやワークショップファシリテーター、デザイナーなど、ラーンネット以外のフィールドで活動しているナビゲータがほとんどです。常に社会とつながっているからこそ、社会との橋渡しの役割を担うことができると思っています。

―小学生くらいの年齢の子と接することが少ないのでイメージがつかないのですが、みんな子どもたちはやりたいことは持っているのですか?
炭谷:本来的に、誰もが中に持っているのだと思っています。それをどう発露していいのか分かっていなくて出せていない子どももいますが、たとえばデザインの現場や、農業の現場などに行くと、急に子どもが活性化するということがあるのですよ。ですので、刺激を受ける場所を用意するというのも、ナビゲータの重要な役割ということになります。


4、「ICT技術を使って社会課題を解決する」というコンセプト

―2010年には、神戸情報大学院大学の学長にも就任されています。こちらはどのような経緯だったのですか?
炭谷:15年位前になりますが、探究型学習の考え方を私学の経営者セミナーで講演をさせていただいた際に、たまたま当時の神戸情報大学院大学の経営者の方と話し込む機会がありました。そこで、大学も探究型学習に変えていきたいということで要請を受けて、就任することになったのです。

―学長としてはどのような取り組みをしてこられたのですか?
炭谷:2013年から、ICTイノベーターコースを設置し、留学生の獲得に力を入れるようにしました。このコースは英語で2年間、技術や課題解決を探究的に学び、専門職修士を取得できるカリキュラムになっています。これが評判となって、アフリカを中心とした途上国から留学生が多く訪れてくれるようになり、これまでに70カ国近い国の留学生が学びました。

―70カ国近い留学生が1つの学校に所属しているというのはすごいことですね。
炭谷:カリキュラムの特長は、社会課題を自ら見つけ、その課題に対し、ICT技術を通じたソリューションを考え、実際にやってみて検証し、ブラッシュアップするという一連のプロセスにあります。これを探究実践と名付けて進めています。これが評判になっていますね。

―通常の大学院との違いはどのような点ですか?
炭谷:実は今も私はMBAでも教鞭をとっているのですが、MBAと、このICTイノベーターコースの違いは、企画プランニングで終わらず、ICT技術を活用して実際に課題解決までやれることにあります。

―それにしてもなぜ70カ国近い留学生を集めることができているのですか?
炭谷:おそらく日本でも数少ないのではないかと思います。技術系としては極めて珍しいでしょう。これは、JICAとつながることができたのが大きいのです。私たちの掲げた「ICT技術を使って社会課題を解決する」というコンセプトに共感いただき、JICAの方から、ルワンダなどICTに力を入れていくアフリカ諸国に実際に視察に行く機会をいただきました。ここで現地のつながりを作ることができたことが大きいですね。

―留学生が増えてから、学内にどのような変化がありましたか?
炭谷:日本の学生の刺激になっています。20代後半の留学生は、大げさではなく、国を背負って学びにきています。彼ら彼女らと接する中で、日本の学生も視野が一気に広がるのです。

―炭谷さんご自身にとって学長として神戸情報大学院大学にかかわってこられた約10年はどのような意味合いがありましたか?
炭谷:気づきが多かったですね。先ほどOplysning(オプリュスニング)の話をしましたが、留学生の光っているもの、やりたいことを知るということは、僕自身ほんとうにおもしろくて視野が広がりました。留学生のエネルギーを通じて、今後のアジア、アフリカの可能性を大いに感じるようになりました。


5、環境を思い切って変えてみる

―ところでこの企画は、ちょうど僕がいま30歳ということで、インタビューを受けてくださった方の30歳の頃のお話もお聞きしたいと思ってお話をお聞きしているのですが、炭谷さが30歳のころは、どのようなことを考えておられたのですか?
炭谷:正直何をしたいのかわからないという感覚でした。マッキンゼーという会社は入社説明会のころから「5年でみんな辞めます」と言われるような会社なのですが、30歳というのは、入社してちょうど5年くらいが経ったときで、その頃辞めて何をしようというビジョンは明確ではなかったのです。それで環境を変えようと外国赴任を申し出て、32歳の時にデンマーク赴任が決まり、さきほどお話したような社会や教育の考え方の違いに気づく機会をいただいて、人生のテーマがようやく「教育」だと定まったのです。

―環境の変化が大きかったのですね。
炭谷:同じことを同じ場所で続けていると、なかなか見つからなかったのですが、デンマークというまったく異なる環境に置かれた体験が、自分を後押しするきっかけになったのだと思います。

―同じような世代でなにか自分自身のやりたいことに迷っている方になにかアドバイスはありますか?
炭谷:私自身、30歳までにやりたいことが見つかればいいなとは思っていましたが、見つかりませんでした。自分自身の経験を振り返ると、そういう時には環境を思い切って変えてみるというのもいいかもしれません。それで私は「教育」というテーマが見つかり、35歳の時にラーンネット・グローバルスクールを開校するに至ったのです。

―マッキンゼー時代のお仕事についても少しお聞きしたいです。
炭谷:当時はほんとうに景気が良かったですから、たとえば売上3000億の会社を、10年後、売上1兆円を目指してどのような事業をどのような戦略で展開していくのかということを提案するような仕事ですね。当時は多角化、情報戦略といったキーワードが流行っていました。

―当時学んだことでいま活きていることはなにかありますか?
炭谷:PSA(Problem Solving Approach)と呼ばれる問題解決手法を学びました。これは課題を見つけて、解決策を立案し、実行する一連の流れなのですが、これはビジネスであっても社会課題解決であっても通じますね。大学院やMBAでいまでも教えている内容です。もう30年以上になりますが、自分で実践し、人に教え、というのを積み重ねてきていまに至っています。

―マッキンゼーのご卒業生はさまざまなフィールドでご活躍と思いますが、炭谷さんのように教育分野でご活躍される方も多いのですか?
炭谷:いるにはいますが、教育の場合、社会人教育分野が多いですね。大前研一さんのBBT大学(ビジネスブレイクスルー大学)のようなものが有名です。私のように子ども向けの教育というのは少ないのではないでしょうか。

―子ども向け教育が少ない理由は何か考えられますか?
炭谷:社会人教育はほとんど規制がない一方、子ども向けの教育は日本の場合、文部科学省の規制の中で進めていかないといけない部分がありますので、なかなか入りづらいというのはあるでしょうね。

―そうした中で、子ども向け教育というフィールドを起点にキャリアを築いてこられた炭谷さんご自身の今後のチャレンジについて最後にお伺いさせてください。
炭谷:学校の中、外含め、探究型学習というものを日本の中でもっと広めていくお手伝いをしたいですね。そのために講座も展開していますし、コミュニティづくりも始めています。教育の外にいる人がもっとかかわってもらえるようにしたいです。教育は社会の反映だと思うので。教育と社会の壁を崩していって、みんなが子どもにかかわっていけるような環境づくりを進めていきたいと思っています。

―本日は、多岐にわたるお話をじっくりお伺いできて楽しかったです。ありがとうございました!



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