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暑さを受容する

バイト先の前を人がごった返している。
今年も祭りの季節がやって来たのだと実感する。

http://www.oyakosandai.chiba.jp/

私は真夏なのに人が寄せ集まって騒いでいる様子があまり好きではなかった。要因は色々ある。暑いのにわざわざ人が多い場所に向かってさらに暑くなることに疑問を感じてしまうこと。毎年友達と決まったお祭りにしか行かないから、それ以外のものは何となく周りの騒いでいる人達を見て孤独を感じてしまうこと…そもそも、ここにいる人達とは楽しむベクトルや温度が違うのではないかと感じてしまうことetc。

でも最近色んな人と出会って、彼らの価値観に触れて、文章に触れて、私が今まで嫌悪感を抱いていたものは私の凝り固まった思考がそう認識していたに過ぎないのではないかと、受け入れることが出来るようになっていた。

『夢の旧作』で音響を担当していただいた、れとろみらいさんと、舞台の打ち上げの前にぼーっとオレンジ色の街灯が並ぶ池袋の路地を眺めていた時間があって、その時にこんな話をしたことを思い出した。

「夏の暑さってあんまり好きじゃないんですけど、このモワッとした空気感とか、汗で自分の肌に服が貼り付く感覚ってやっぱり刹那的で、今より寒くなればもう体感出来なくなる。また来年にならないと味わえない。だからこれも夏のひとつの風情みたいなものなんですかね…。」

奥の通りから歓声と大きなみこしが見えてくる。
親子三代夏祭りでは、千葉中央公園の通りをみこしや山車を担いだ人々が渡り歩く(渡御と言うらしい)のが醍醐味である。

彼らはきっと、みこしや山車の重さ、そして暑さと戦っているのだ。
ただ担いでいるだけでなく、ひとりでは決して担げない大きな対象を一致団結し、掛け声を揃え、暑さにも負けずに勇ましく前進していく様が、周りにいる人々を波紋のように掴まえるのだ。そう感じた。
悲劇では高貴な人が葛藤している様を美しいと捉えるそうだが、ここでは何か見えないものに対して全力でぶつかっていこうとする人々の思いや刹那的な様に、美しい…とは違うが、確かに惹きつけられるものがあった。

バイト帰りのほんの数分、去年ならすぐ家に帰りたくなって足早にこの場を去ろうとしていただろう。
でも今日はもう少しだけ、この光景を目に焼き付けていたいと思った。

大好きな冷やしパインを買って、地べたに座った。
このパイナップルを食べ切るほんの数分は、今目の前にあるものをただ見つめていたい。

そう思って、久々に贅沢に時間を使った。
無駄に時間を浪費してしまうのとは違う自由さがあった。

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