僕しか知らないクリスマス

クリスマスに、近くの教会でやっていた声劇をもとに、お話を一個書いてみました!暇つぶしにどうぞ笑
【僕しか知らないクリスマス】

「はぁ、今日も疲れた。」
誰に言ったわけでもないのに言葉が漏れてしまった。
今日は夕方からバイト。クリスマスだって言うのに特に華やかで過ごせたわけでもない。
それどころかクリスマスのせいで僕の仕事が増えたと言っても過言ではない。
別に冴えないクリスマスだからって僻んでいるわけではないが、うちの店にきてどんちゃんやっていた人たちを見ると、何か違和感を覚えていた。
まるで「自分はむなしくない。」そう誰かに言ってほしいかのようにクリスマスを楽しんでいるように僕には見えた。
もしかしたら僕自身がそうやってすごそうとしていたのかも知れないな。
クリスマスはイエスキリストの誕生日って聞いたことがある。果たして誰が誕生日を祝っているというのだろうか。
神様なんて、遠い存在で、僕には関係ないし、僕も神様に覚えていてもらえるほど偉大な人間じゃあない。

実はクリスマスの予定はあったんだ。しかし、先週、一緒に過ごすはずだった彼女と別れたのだ。
6月初めからつきあっていて、初めてのクリスマスになる予定だった。
(なんで別れたのか、最後まで教えてくれなかったな。)
友達からの噂で聞くには、先月から他の男からアプローチ受けててたらしい。早い話が飽きられたのだろう。
別に悲しくはなかった。大学初めの頃からなんとなく仲が良くってLINEでこっちから告ってみた。二人で会える時間も結構大事にしていたつもりだった。
まぁ、もうどうでも良いか。

「ん?」
一人思案にふけった帰り道。目先の広場に一人の男の人が座っているのが見えた。
背はそれなりに高そうで、白いコートを羽織り、一点を見つめて物思いにふけっている。僕は、その男の人がなんだか気になった。
(あんな薄着で、寒くないのかな)
良く見るととてもきれいな顔をしていた。自信に満ちているわけでもないが決して弱々しくもない、まっすぐな目をしていた。
その表情はどこか悲しげであるかのようにも見えるが、ほほえんでいるようにも見える。その表情に吸い込まれそうになる。
僕はふと、この人に声をかけたくなった。しかし何を話せば良い?そう思いながらも彼に近づいた。
どちらにせよ帰り道はこの先なので男の人を横切る必要があったからだ。
やっぱ無理と思ったら電話していたふりを装えば良い。

「あの」
『やぁ、待っていたよ。』
彼は優しくほほえむとそれがさも自然であるかのような受け答えをする。
もしかしてやばい人かも知れない。そんな考えが脳裏をよぎった。
「え、僕を待っていた、、、ってことですか?」
『おや、これは失礼。驚かせてしまったかな?ずっとこちらを見ていたので、話しかけてきてくれるのかなと思ってね。』
「ああ、そういうことですか。」


本気でやばい人かも知れないと思ったがそうではなかったらしい。僕の目線に気づいていたってわけか。

「あなたはここで何をしていたんですか?」
『考えごとをしていたんですよ。君と同じでね。』
「僕が考え事しているってわかったんですか?」
『なんとなく、顔を見ればわかるよ。今日も大変な一日だったなって顔をしているからね。』
お兄さんはそう言うとにこっとほほえんだ。その表情は正解を言い当てた子どものような無邪気さと、努力を慰労する上司のようなおおらかさが入り交じった不思議な笑顔だった。

「はは、バイトが大変でして。」
『そうだね。クリスマスだからね。』
「そうなんですよ。なんなんでしょうね。みんなこの日だけは前々から予定を立てたがる。」
『ふふ。君だってその一人だったんじゃないのかい?』

この人は本当に不思議な人だ。あったばかりなのにまるで何年も前から仲の良かったかのように話しやすい。
と言うか。僕の調子に完全に合わせて、一番話しやすい受け答えをしてくれているような感じだ。
まさかそんな超人がいるのか?と思いながらすぐにその予感を否定した。
意識的にこんな会話をしているならこの人が今日という日に独りで広場になんか座っているはずがないからだ。
・・・ちょっと失礼なことを考えてしまったのでなかったことにする。

『...君は、今日がどんな日か知っているかい?』
男の人は少し間を置いてから僕にそう問いかけた。慎重に、焦ることなく、しかしその言葉の柔らかさは崩れない。

「...クリスマス、ですよね。日本人なら誰でも知ってますよ。」
『そうだね。』
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
『実は今日は、誕生日会に呼ばれていたんだ。しかしドアを開けて中に入っても、誰も私のことなんて気づかないんだ。』
信じられない。こんなに存在感のある人なのに。
「なぜ誰も気づかなかったのでしょうか」
『なぜだろうね。』
また再び、この人は悲しそうに笑った。
『みんな楽しそうにしていたんだけど、誰とも会話をすることができなかった。だからプレゼントだけそっとおいて帰ってきたんだよ。そうして、この広場にいたってわけさ。』
「...プレゼント、おいていかなくても良かったんじゃないですか?」
『そういうわけにはいかないよ。私は彼らのことをとても大切に思っているからね。』
「はは、なんだかサンタさんみたいですね。」
『ふふ。そうかも知れないね。しかし、やはり悲しいものだね。どこに行っても祝ってもらえないというのは。』
『今日はわたしの誕生日だって言うのにね。』
「...え?」
一瞬で思考回路が混乱した。
「でもさっきプレゼントを渡してきたって。それに、どこに行ってもってどういう...」
『混乱させてしまったね。わたしのことを祝ってもらえるパーティーを探していたんだよ。でも、どこもなかった。』
「友達がそんなに沢山いるのにですか。どうして、祝ってもらえない人のことを友達って呼べるんですか?悲しいじゃないですか。」
『そうだね。でも、彼らのことが、止めどなくいとおしく思えて仕方がないんだよ。勿論、君もね。』
本当によくわからなくなってきたが、僕の中で浮かんでいた仮説がほぼ間違いない1つの答えを弾き出そうとしている。

「僕もですか?どうして?」

『君の誕生日はいつかな?』
質問に質問で返された。なんでそんな関係のないことを。しかもよりによって...
「・・・6/19です。」
『うん?もしかして、聞いてはいけないことだったかな』
実は友達にはあまり誕生日の話はしないようにしていた。

「少し抵抗がありますね。」
『君は・・・』
その後この男性から言われた言葉から僕は恐怖さえ感じた。
『誕生日の前にお母さんを亡くしているんだね。』
何でそんなことまでわかるんだろうか。
僕の表情とか、そういったものから当てられる話じゃないだろう。
そう思いながらも、心のどこかで、この人なら知っていてもおかしくないのかなと思いもした。

「死んだわけではないですよ。出て行ってしまったんです。」
『辛かったね。あの日から、心の底から笑わなくなってしまったんじゃないのかな?』
「父は寡黙な人間で、あまり自分の話をしない人でしたから、気がつけば自分もそんなに感情を表したりしないようになってしまったのかも知れません。」
『うん。わかるよ。でも、そうしていると、疲れてしまうだろう。もしかして、恋人にお母さんの面影があったんじゃないかな。』
「あなたは、何者なんですか?どうしてそんなことまでわかってしまうんですか?僕ですらわからなかった僕のことをそんなに言い当てるなんて。」
『ずっと見守ってきたからだよ。君が風邪で寝込んでいる時も、お父さんを迎えに駅まで出かけたときも、初めての部活の試合の朝の電車の中、緊張しながら電車に乗った時も、私は君のことを見ていたんだよ。』
「そんなわけないと思いたいけど、、、あなたは、神様なんですか?」
その人はまた、暖かさと穏やかさの満ちた顔でにこっとほほえむと
『わたしの名前はね―――』


『覚えていてほしい。君が幸せに生きれるように、君のことをいつも思い、君のことを愛していると。』
「自分が忘れられていたとしても?」
『たとえ死ぬまで祝われなかったとしても、君たちのことがいとおしくて、大切なのに変わりはないよ。わたしはそのために生まれたんだからね。』
『君のことをより理解できるために、君たちの痛みを理解できるように。わたしは生きていたんだ。だからこれからは沢山笑っておくれ。辛かったら、涙を流して良いんだから。』
きがつけば僕の目からは涙があふれていた。いなくなった母のこと、笑ってくれなかった父のこと、確かに母の面影によく似た彼女のこと、そして空虚に過ぎる毎日とその亡骸さえ、この人が全部受け止めてくれる気がしたから。
心の中が暖かくなるのを感じていた。泣きながら僕自身も、この人に誕生日を祝わなかったことを謝り、お礼を言った。この方は優しく頭をなでてくれた。
泣いたら心なしか、真っ暗な広場も煌々とする街灯の明かりもなぜだか澄んで見えた気がした。
『また話を聞かせておくれ。いつでも待っているから。』
そう言って神様は姿を消してしまった。
良く見ると、両手の手のひらに傷があった。本当に僕の痛みを知ってくれている証拠だった。

帰り道を歩きながら、自分が、明日をなんとなく楽しみにしていることに気がついた。別に何か環境が変わったわけではないのに。
そういえば帰り道に教会が1つあったことを思い出した。近くを通りがかってみると賛美歌が歌われているのが聞こえた。
あの人の名前を思い出した。
『私の名前はね。沢山あるんだけど、今日はこう呼ばれていたよ。』

「イン・エクシェルシスデオ」

『呼んだかい?』そんな声が聞こえた気がした。きっととても近くにいるんだろうな
 
ーメリークリスマス。イエスさま、誕生日おめでとう。ー


(ちょこっと解説)
クリスマスはイエスキリストの誕生日です。キリストはその生涯を通じて神の愛を完全に表していました。
人を愛し、宗教よりも神の愛を説き、本来人が背負うべき苦しみまでその身に十字架という形で追われました。神である方なのでそんなことをする必要はなかったのです。
しかし、神は人と愛し合う関係を築きたいと願っていました。だから人間と同じ姿でこの世に生まれたのです。私たちの痛みを、悲しみを理解し、より深く愛し合うため。
何よりも、苦しみもがき、自堕落に苦しむ私たちがもたらした罪を帳消しにするために十字架で磔にされました。なにも悪いことをしていなかったのです。
それは私たちが本来生うべき罰だったのです。
「人がそのとものために命を捨てるという、これよりも大きな愛は誰も持っていません。」
「神は実にその一人子をお与えになったほど世を愛された。それは御子を信じるものが一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
キリスト教の神髄は愛です。人を愛すること、大切にする事。何よりも私たち自身もそのように神様に大切にされているのです。
インエクシェルシスデオとは「グローオオオーオリア、インエークシェールシースデーオ」って曲聞いた事ありません?
ラテン語で「天のいと高きところには神に栄光あれ」という意味らしいです。クリスマスなると街中でかかってますよね。
あなたもその素敵な愛を体験することができますように。

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